「台本は俺の知り合いの脚本家に頼んで、明日までに用意させる。今日のミーティングは以上だ。明日は昼休み、屋上に集合だ」

「「「「「「ウィース」」」」」」

…………明日までに用意って、景吾さん、脚本家さんの都合はまるっと無視なんですね……(涙)




Act.42  発されし、小さな不安



翌日。

脚本家さんが徹夜で頑張ったんだろう。朝方にしっかりとデータで送られてきた台本を印刷、昼休みに屋上で配布となった。

「ナレーションは舞台に出ていない人間が交代で担当する。ま、これはあくまで一例だ、読みにくかったら改変を重ねるぞ」

…………徹夜で頑張った脚本家さんの頑張りをまったく無視する方向の景吾さん。脚本家さん、ごめんなさい……!(小市民)

「それじゃ、配役を決めようぜ。各自、やりたい役を言ってくれ」

「あ、私、月からの使者「帝は俺様だぜ、かぐや姫?

しっかりと最初に釘を刺されてしまったので、なにも言えなくなってしまった。
……自己主張、させてください……(涙)

「そーか、跡部が帝……ほな、俺は竹取の翁をやったるで」

「なんだよ、侑士。お前のことだから、『余ったもんでえぇわ〜』とかいうのかと思った」

がっくんの発言に、私も思わず自分のことを忘れて頷いた。
侑士はほんの少し、口元をあげた。
…………眼鏡がまた、不気味な光を帯びている。

「俺は全身全霊を持って、かぐや姫を嫁に出さんようにする。迫真の演技が出来そうや」

「…………………………………あーそー……」

……がっくんが、ゲンナリした顔で相槌を打った。

「……まぁいい。それなら、他のヤツらは難題に挑戦をする5人の男と月からの使者、だな」

「自分、使者、やります……」

ボソリと漏れた樺地くんの言葉に、みんな驚愕しながら振り返る。

「樺地、お前が自ら言うなんて珍しいな」

「……ウス」

「なんだ、よっぽど月からの使者に思い入れがあるのか?」

「ウス。……使者というのに、自分が重なり、ました」

「なるほどな。…………よし、それなら話は早い。後は5人で話し合って、それぞれの配役を決めろ」

ということで。

配役が決定。

竹取の翁:忍足侑士
帝:跡部景吾

5人の男
石作皇子:鳳長太郎
車持皇子:芥川慈郎
右大臣阿倍御主人:日吉若
大納言大伴御行:宍戸亮
中納言石上麻呂:向日岳人

月からの使者:樺地崇弘
かぐや姫:

「よし、じゃあ、各自自分のパートを読みこんでこい。セリフは最小限にしてあるからすぐに覚えられるだろう。……これから毎日昼休みは台本の読み込みをする」

うーす、と返事をしたみんなは、それぞれ台本をパラパラとめくっている。
そこでチャイムが鳴り響いた。






「ふぅ〜……」

家に帰ってきて、ドサリとベッドに腰を下ろした私は、そのまま倒れ込んだ。
なんだか……目まぐるしく1日が過ぎていった気がする……。

目を閉じて、少し頭を落ち着かせた後―――むくりと起き上がって、手早く着替えを済ませた。
着替えが終わった後、貰ったばかりの台本を鞄から出す。
先生の目を盗みながら授業中にもパラパラ読んだけれど、もう1度じっくりと読みこむ。脚本家の人が大分配慮してくれたらしく、私の出番はあまり多くない。裏でマイクを使って言うセリフや、顔を隠したままで一言二言言うだけで終わる。

「………………よし……これならばれない……!」

後は、着物の中でちょこっと足を折って身長をごまかせば、誰も私だってばれないはずよ!
大丈夫、なんとかなる……はず!

ゴロン、とベッドに寝っ転がて台本を読み込み始めた。

、入るぞ」

そんな声が聞こえてきたのは、読み込みを始めて数分が経った頃だった。
許可を待つことなく、入ってきた景吾さん。
景吾も制服から着替えて、ラフな格好になっていた。
ストン、とベッドに腰を下ろした景吾は、私の手元をちらりと見た。

「台本、読んでたのか?」

「うん。かなり配慮してもらったから、出番もセリフも少なくてうれしいよ」

「普通は逆なんだがな」

景吾に苦笑された。
……私に至ってはこれが喜ばしいことなんです!!
ふと見ると、景吾の右手にも台本が握られていた。

「なんか、久しぶりに竹取物語をじっくり読んだ。こんな話だったっけ」

「お前、古典の授業とかでやらなかったのか?」

「ずいぶん前の話だもん。きれいさっぱり」

「忘れるなよ」

コツン、と頭を小突かれた。

「配役決まったのはいいけど、衣装とか小道具、それにセットとかどーしよっか?」

「衣装や小道具は大体、若の家から借りることになりそうだな。うちにも着物はあるからそれを着てもいいだろう。着付けの講師も呼ぶことにした」

「…………さすが、なんでも揃ってるね、跡部家」

「セットに関しては、演劇部に聞いてみる。ま、なくても知り合いの映画監督なんかに頼めばなんとかなるだろ」

もはや何も言えずに、私はパチパチと拍手をした。
……景吾さんがいれば、舞台でも映画でもサクッと作れるんじゃなかろうか。

「BGMは適当な曲を数曲見つくろって編集すればいい」

「あ、じゃあ、たろ……じゃなくて、監督に相談してみよっか?」

「あぁ、そうするか」

「じゃ、明日相談しに行ってくる」

朝休みはつかまらないかもしれないから―――昼休みかな。
台本の読み合わせにはちょっと遅刻しちゃうかもしれないけど、ま、出番は少ないし大した支障にはならないだろう。
後は、舞台の広さ測って、音響や照明の確認。それと当日それをやってくれそうな人を探して―――……

「……楽しそうだな」

「え?」

「顔、笑ってる」

景吾に指摘されて、私は自分がにやけていることに気付いた。
……うわ、カッコ悪。

「……あはは、私、こーゆー準備とか好きだから」

「お祭り好きなヤツだぜ」

「景吾だって」

お前にゃ負ける、と言って景吾が顔を近づけてきた。
―――軽く触れ合った唇。

感触がなくなったあと、至近距離で合わさった視線に妙な気恥ずかしさを覚える。
……きっといつになっても、この美麗な顔を近くで見ることに慣れることはないんだ。

……」

「え、ちょ、ちょっと……」

景吾が体勢を変え、覆いかぶさってくる。
触れ合うだけではないキスを幾度も重ねて、

「景吾……っ……ご飯もあるし、この辺で……!」

ご勘弁を〜、と告げれば、景吾は喉の奥でクツクツ笑った。……その笑い声は、酷く色っぽい。
トサリ、と隣に倒れ込んできた景吾は、そっと頬に手を伸ばしてきた。
指で軽く頬をこすってくる仕草に、ドキドキ度は半端ではない。
なんなの、この人は、

私の心臓を壊す気ですか……!!

過剰に働きすぎた心臓が過労死する……!

「け、景吾、さん……?」

景吾は静かに何度か私の頬をこすった後、ゆっくりと抱きしめてきた。
ヒィ……!心臓の音が伝わってしまう……!

「……台本、読んだか?」

「よ、読ませて、いただ、きました……!」

いっぱいいっぱい過ぎて、妙な息継ぎを入れた返答になってしまった。
あ〜〜〜、また面白おかしくつっこまれる〜〜〜、と覚悟した。

のだけれど。

「………………」

景吾さんからの返答はなく。
黙ったまま腕の力だけ少し強めた景吾に、心臓の音の激しさを飛び越えて、何かあったのかと心配になった。

「……景吾?」

私の声に、ハッと我に返った景吾は、しばらく私の顔を見た後、

……フッ、と笑った。

「……すげー心臓の音だな。俺にまで伝わってくる」

「わー!はーなーしーてー!」

いつものようにクツクツと笑い始めた景吾は、しばらくそのまま私を離してくれなかった。






真っ赤になったの頬に手を伸ばすと、指先を通して伝わってくるあいつの熱を感じた。
愛しくて愛しくて、どんなことをしても離したくない。守りたい。
その気持ちはいつまで経っても変わらなくて。

―――を腕の中に閉じ込めるように、抱きしめる。

指先だけで感じていた熱を、全身で感じる。
腕になじんだ感触。柔らかな体は、俺にぬくもりと安心感、そして癒しを与えてくれた。
変えようのない幸福感。
ゆるやかに全身を包むそれに身を泳がせていたら、視界の端に台本が移り込んだ。

俺の心に、一筋の影が差す。

竹取物語。
竹取の翁によって見つけられ育てられたかぐや姫が、やがて月へと帰っていく物語。

それは、否が応でも俺に連想させた。
―――異世界からやってきた姫が、いずれ元の世界へと帰っていく、という物語を。

「…………台本、読んだか?」

「よ、読ませて、いただ、きました……!」

返ってきたの答えに、俺はがこの物語に関して、特に何も感じていない事を思った。
は、竹取物語に自分を重ねて見てはいない。
いずれ、自分が帰っていくかもしれない、なんてことを考えてはいない。

―――だったら、今、俺の連想したことをに言うのは、逆に不安を与えてしまうことになる。

「……景吾?」

そっと漏れ聞こえたの声に、俺はハッと我に返った。
……は、黙りこくってしまった俺をきょとん、と見ていた。

―――黙っていよう。
作り話に触発されたくだらない不安など、心の中で消してしまえばいい。

俺の顔を少し心配げに見つめるに、笑いかけた。

「……すげー心臓の音だな。俺にまで伝わってくる」

肌を通じて伝わってくる確かな鼓動。
―――絶対に失くしはしない。



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