氷帝学園文化祭。
3日間連続で開催される、2学期目玉のお祭り。

「…………先輩、お願いしたいことがあるんですが」



Act.40  2期目玉の、お祭り騒ぎ



「すみません、先輩はいらっしゃいますか?」

お昼休み、お弁当を食べ終わったころに教室のドア付近から聞こえてきた声。
ん?と思ってそちらの方を見れば、廊下側の席の子に話しかけている若がいた。

「若?どしたの?」

顔をそちらに向けて、少し大きな声を投げかけた。

先輩」

こちらに気付いたらしく、微かな笑みを浮かべた若。
さすがに3年生の教室に入ってくるには抵抗があるみたいなので、私は席を立った。
……彼が昼休みにやってくるなんて珍しい。
景吾と侑士も顔を見合わせていた。

廊下に出てみると、若はスッと持っていたプリントを差し出した。

「?」

「……先輩、お願いしたいことがあるんですが」

「ん?」

まずはこれを、とプリントを指し示す。
私は指示されたプリントにざっと目を通した。
なになに……各部活むけ文化祭要項……?

「どしたの?運動部はエキシビジョンマッチでしょ?」

「えぇ。……跡部先輩にも言った通り、3年の先輩方にも出ていただくことになってるんですが」

「うん〜。みんな張り切って練習してるよ」

「実は、それ以外にもお願いしたいことがありまして」

「……へ?」

若が指差したのは、3日目のところ。
『部活対抗コンテスト』?

「これがどうかしたの?一応、劇をやるってことで話は進んでるんでしょ?」

景吾たちに付き合って部活に顔出してる時に、2年生の子たちが『先輩、聞いてくださいよ〜』って言ってきた。……ものっすごい嫌そうに。

「えぇ。……なんですが、誰もやろうとしなくて何も決まらず……」

「何も決まらず……って、もう文化祭まで1カ月ないじゃん!」

「はい。さすがにマズイと思って、緊急に2年同士で話し合いをした結果……」

「結果?」

「…………3年の先輩方に、ご協力願えないかと思いまして」

「………………ハイ?」

全く意図が読めず、若の顔を凝視した。

「有志の方だけで構いません。先輩方の中には、内部試験で忙しい方もいらっしゃるでしょうし」

「あー……」

氷帝学園では中等部から高等部へあがる際、一応内部試験を経て入学することとなっている。レギュラーたちはテニス推薦でそのまま高等部への入学が決まっていて、他の生徒も成績優秀者や個人で功績を残した人は推薦が決まっている(かくいう私も生徒会の実績でおこぼれを頂戴した)。
まぁ、ほとんど落ちることはないといっても……やっぱりそれなりにみんな必死だ。推薦が決まっている人も一応受けるけど、その必死差は比ではない。外部進学する人も少ないけれどいるし。

「となると、元レギュラー陣……?」

私の質問に、若が小さく息をつきながら答える。

「3年の先輩方は、こういった目立つことが得意、かつ大好きでしょう?」

「えーっと……」

……あながち否定できない……!
景吾はもちろん目立つの大好きだし、ジローちゃんやがっくんもお祭り騒ぎは大好きだ。亮も熱血だからみんなでワイワイやるの嫌いじゃない。唯一、侑士だけはこーゆーの苦手だけど……なんだかんだで面倒見がいいので加わってくれる。ともすれば違う方向へ突っ走るみんなに冷静なツッコミを入れ……最終的には逃げられないところまで巻き込まれる。

「……それで先輩にお願いしにきたんです。3年生に声をかけていただけませんか?」

「え?」

「俺が声掛けるよりも、断然効果が見込めますからね。……後、出来れば先輩にも参加してほしいです」

「わ、私!?」

コクン、と頷いた若は、幾分以前より落ち着きを増した態度で、余裕を持った笑みを浮かべた。

先輩も生徒会の実績とかで推薦出てますよね?」

「う、うん……一応……」

「男子だけだと目を配れない部分もあるだろうし……先輩のサポートがあるととてもありがたいです。……甘えてるのは重々承知ですが」

若の声は決して大きいとは言えないけれど、しっかりと耳に届いてくる。
……私の力を必要だ、と言ってくれるのだ。嬉しくないはずがない。

それに、と若が続けた。

「……先輩にとっては最初で最後の中等部の文化祭、ですよね。……だから、ぜひテニス部ででも参加していただきたいんです」

ズキューン、と胸を射抜かれた。
な、なななななんていい子なの、若……!私のことを気にかけてくれるなんて……!

「…………そ、そうだよね……最初で最後の文化祭なんだよね……クラスで模擬店はやるけど、試験の子たちがいるから大したことはやらないし……ちょっと寂しかったんだよね」

3年A組の模擬店出店に関しては、10月に入ってすぐに決められたけど―――クラスの大半の子は入学がかかった試験を控えている身なので、結局簡単な喫茶店に落ち着いた。
喫茶店と言っても、高級な紅茶やコーヒーを飲ませる高級喫茶。その代わり、お茶菓子は事前に購入した出来合いのものや、シェフが作ったものを出すので、当日に調理したりする必要はない。紅茶やコーヒーも、仕入れをちゃんとして手順さえ押さえとけば、そう手間取らない。

当日もそんなに当番に入らないし。……唯一の不安があるとすれば、当番が景吾&侑士と一緒だということ。2人が揃ったときに、女の子がどっと押し寄せてこなければいいんだけどね……!

でも、そのわずかな当番の時間以外―――私は文化祭に関わることはない。
事前準備なんてほとんどないようなものだし、事実、当日パッと来て仕事をして、後はぶらぶら見て回るだけだと思っていた。

でも。

運動会の時、『準備することが楽しい』ということを知ってしまった。
あのワクワク感は、きっと、何物にも代えがたい。

「……うん、よかったら、私にも協力させて?」

もう一度、あの準備している時のワクワク感を、味わいたい。
―――最初で最後の、中等部の文化祭で。

若が静かに微笑んで頷いてくれた。
私も笑って頷いた。

「じゃ、みんなには私から―――「面白そうな話してんじゃねーか、あーん?」

右肩に軽い重み。
ハッとして横を見れば、私の右肩をひじ置きにしている景吾。

「ちょお跡部、ちゃんに何してん。さっさとその肘のけんかい」

そして、その後ろには侑士が立っていた。

「詳しい話を聞こうじゃねーの」

侑士の言葉を華麗に無視して、どこまで聞いてたかわからないけれど、なんだかやたら楽しそうな景吾が笑った。
この笑顔を見て、私は確信した。
―――景吾はきっとこの話に賛同するだろう、ということを。

「…………一気に手間が省けたね、若」

そう若に言ったら、

「計算通りですよ、先輩」

ニヤッとした笑みが返ってきた。
…………順調に、氷帝部長の血筋は受け継がれてるみたいで。




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