散々悩んで見に行った、関東大会決勝。

一緒に合同合宿をした立海。

私たちが戦った青学。

両校の凄まじい闘いに体が震えるほど感動し―――。

『氷帝は負けた』という現実に、胸が押しつぶされそうになった。






関東大会決勝の、シングルス1。
リョーマ対真田くんの試合を見てから、景吾が変わった。

「……、支度できたか?」

「うん。大丈夫だよ」

「行くぞ」

今までは毎日欠かさずに行っていた部活を若に任せて、跡部家が経営するジムに行き始めた。
もっぱらジムでは、筋力トレーニング。
よく飽きないな、と、見てるこちらが思うくらい、何時間もトレーニングを繰り返している。

強いショットを打つのに、1番手っ取り早いのは―――筋力をつけること。
技術やフォームは、コツを掴んでしまえば早いけれど―――それまでが大変だし、じっくりと時間をかけて体に覚えさせないと、それは付け焼き刃に過ぎない。筋力をつけるのにももちろん蓄積が大事だけど、3日、4日でも着実に効果が現れるし、何より確実だ。

車に乗って、数十分。
着いた場所である、跡部スポーツジムは、全国規模の会員制の高級スポーツジム。
お客さんのほとんどがセレブのおばさまだったりするから、私たちはものすごく目立つ。

もちろん顔パスなので、貴重品だけ預けて、受付をせずにさっさとジムへ。
更衣室に寄って着替え、景吾は黙々とトレーニングを始める。

一応私も着替えて、色んな器具を眺めつつ、時々やってみたりする。
ここにあるトレーニング器具のうち、何個かはうちの部室にもあるし……それに、トレーニング機材の使用方法は、覚えておいて損はない。

「あのー……これ使うと、どこの筋力が鍛えられるんですか?」

はじめて見る器具を発見しては、トレーナーの先生に聞いてみる。
何回か訪れるうちに、トレーナーの先生とも仲良くなった。

「あぁ、これは胸の筋肉と……上腕の筋肉だね」

「上腕……こっちの器具も腕ですよね?」

「うん。だけど、こっちは外側の……そう、ここら辺の筋肉。こっちは肩にかけての、ここ」

「はっはぁ……なるほどー……あ、景吾。そっちにポカリ出来てるよ」

1つの器具のトレーニングを終えた景吾が近くにいたので、ベンチに置いてあるポカリとタオルを指差した。
景吾が『ん』と頷いて、そちらへ行く。
それを見届けてから、もう1度トレーナーさんに向き直る。

「後、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど……」

「あぁ、構わないよ」

2、3個、体力や、熱中症などに関する質問をして、その返答を頭の中に叩き込む。
お礼を言ってから、ベンチでポカリを飲んでいる景吾に近づいた。タオルは頭の上に乗せてるだけで、まったく活用されていない。

「汗、ちゃんと拭くー」

「どーせまた流れる」

「それでも今のうちに拭いとく!……あー、もう……」

ポカリを口につけて、一向に汗を拭こうとしない景吾さんの頭の上からタオルを奪い取り、とりあえず頭だけでも拭いておく。
休憩中のちょっとしたケアが大事なのよ……!

わしゃわしゃ、と髪の毛を拭いて(汗かいてるっていうのに、この髪の柔らかさはなんなのか……!)ぽん、と景吾にタオルを戻す。
と、今までまっすぐ前を向いていた景吾の目が、チラとこちらを向いた。

「……?何?」

「……他は拭いてくれねぇのか?……カラダとか」

「……っ……自分で拭いてください……ッ!」

何を言うかね、この人は!!!(絶叫)

ばっ、と立ち上がって、恥ずかしさを紛らわすために、トレーニング器材に手を出す。
クッ……と喉の奥で笑う声が背後からしたのが聞こえたけど、無視無視無視!ガシャンガシャン、と器材を、無駄に音を立てて使用した(ダメです)。

しばらくして景吾が、またトレーニングに戻った。

私もしばらくトレーニングをしてから、ちょっと疲れたので休憩のためにベンチへ。
景吾の飲んでいたポカリ。ボトルを持ってちょっと悩んでから、結局蓋をはずして、私も飲んだ。……景吾は蓋つきで飲んでるから、一応間接ちゅーじゃないのよ……一応、気にして見たり。

「休憩かい?」

ポカリを飲んでいると、さっき話していたトレーナーの先生が隣にやってきた。

「はい。ちょっと疲れちゃいました」

ははは、と笑いながら、ガシャーン、ガシャーン、と音のする方を見る。
……何倍も疲れているはずの景吾は、一向にトレーニングをやめようとしない。

「…………あの、先生。……筋肉疲労を回復するのって……」

「うーん……やっぱり、クールダウンをしっかりやらないとね。後は、ビタミン系やクエン酸を含む食物を取るとか、かな。お風呂でのマッサージは必須!」

「ビタミン系、クエン酸……と。……了解です、ありがとうございます!」

お風呂でのマッサージ……景吾、ちゃんとやってくれるかな〜、と思いつつも、頭の中にとりあえずは、食事のことを思い描く。ハンスたちに言って、一緒に考えてもらおう。

「……景吾さんにトレーナーはいらないな」

「……へ?」

「いや。……しかし、景吾さんもよくやるね……」

「ホントですよね……体壊さなければいいんですけど。ここ来る前に、家でも少しやってましたから」

景吾は朝起きてすぐ、庭を軽く走っていた。
昨日、一緒にフットワークを考えたから、おそらくそれも一緒にやっていたのだろう。

「…………ふむ」

ホント、体壊さないかな〜、などと思っていたら、先生が私を見て、何かを呟いていた。

「あのー……先生……?」

ちゃん」

「は、はいっ……なんでしょう……?」

「氷帝テニス部のマネージャー、やってるんだよね?」

「え、えぇ……まぁ、一応」

なんだろ……と思いながら答えると、先生がふむ、ともう1度頷いた。
何を考えているのか、全然予想できなかったので、こちらからは何も聞けず、先生の言葉を待つしかなかった。……数秒して、ようやく先生が口を開いてくれた。

「……どうかな?ちょっと本格的に、こういうこと勉強してみないかい?君はいいトレーナーになりそうだ。……まぁ、別に今からトレーナーを目指せって言ってるわけじゃないんだけど……もしこれからもマネージャーを続けていくのなら、知っておいて損はないと思うんだけど」

「へっ!?え……そ、それは願ってもないことですけど……でも、勉強って……教えていただけるんですか……?」

「僕でよければ、だけど。週に1回、ジムの会議室で講座を行ってるんだ。主にトレーナーを目指す大学生とかを中心としてるんだけど、君なら十分に基礎知識はあるからついてこれると思うし」

「え、と……でも……その……」

きちんとした講座なら……講座料を払わなければいけないし……。
ジムまでは跡部家から離れてるから、通うのも車じゃなきゃ来れない。

でも、今までずっと習ったことはなかったから……この機会に、もっとしっかりとした知識を身につけたい、と思うのも確かだ。

どうしよう……と迷ってると、

「……、折角だからお前、少し勉強してみろ。今までずっと独学だっただろ?」

いつの間に来たのか、景吾さんが側に立っていた。

「け、景吾……でも……」

「……お前が気にしてることは、全部お見通しなんだよ。それっくらいのこと、気にすんじゃねぇよ」

「……う……」

「それに、お前がここ通うなら、ついでに俺もジムに来るしな。……っつーわけだ、よろしく頼むぜ」

「わかりました。……じゃ、後で詳しい連絡させてもらいますね」

「あぁ。…………、行くぞ」

「あ、うん。……先生、よろしくお願いします」

「うん。君は見込みがあるから、楽しみだよ」

ペコ、とお辞儀をして、先を歩いている景吾の後を追いかけた。

「景吾、ありがと。……受けて見たかったんだ、実は」

「別に礼を言われることじゃねぇよ。お前の知識が多くなれば多くなるほど、俺たちに有利になるしな。……まぁ、独学だけじゃ手に入らねぇことも学んで来い」

「ありがとー!」

ニッ、と景吾が笑って、手を引っ張る。
歩き出した先は、トレーニングルームの出口。

「今日はこれで上がるの?」

「あぁ……これからちょっと、行きたいところがあってな」

「……ふーん…………って!!!」

連れてこられたのは…………『男子更衣室&シャワー室』。

私の手を引っ張っている景吾さんは、当然のように扉を開け、当然のように私を中へ連れ込む。
もう1度言いますが。

男子更衣室&シャワー室』です。

「ちょちょちょ、ちょっと、景吾!こ、ここ男子更衣室……!」

「俺様が使ってるんだ、他に誰も入ってきやしねぇよ」

「そんなー!!捕まる!私、捕まる!(滝汗)」

こんなところで、前科一犯になりたくないっ!!!

「平気だ。……シャワー浴びてくるから、ちょっとそこで待ってろ。ほら、雑誌」

「あ、月刊プロテニスの最新号……って違う―――!!!」

「座ってていいぜ」

「脱がないで!普通に脱がないで!……あーもー!」

ぷいっ、と顔を背けて、景吾さんから目を逸らす。
ホント外出たい……!逃げ出したい……!でも、今ここで逃げ出したら、半裸の景吾さんが追いかけてくるに違いない……!そんなの、耐えられない!(絶叫)
シャワーを浴びてる最中に逃げ出せば、いくらなんでも追いかけてはこないはず……!

シャッというシャワーカーテンを閉める音がしたので、そろそろと後ろを振り返った。景吾さんの姿はそこにはなく、シャワーが出る水音が聞こえてきた。
……よし、シャワーを浴びてますね……。逃げ出すことにしよう。

、ちゃんといるな?」

「うぁっ!はい!ここにおります!」

響いてきた声に、思わず返事をしてしまう。
逃げ出そう計画、出鼻を挫かれてしまったよ……!

「……行く場所があるから、なるべく早く出る」

「あー……うん……っと。景吾、どこ行くつもり?」

「………………立海だ」

「え?」

「ここのジムからだと、立海まで走っていけるだろ」

「走ってって……車で軽く15分はかかるよ!?走ってったら、どれだけかかるか……」

「アップにはちょうどいいぜ」

ザー、という水の流れる音と一緒に聞こえる景吾の声は、シャワー室ならではの響き。
…………あ、と唐突に気付いた。

そか……今日って、もしかして…………。

見たことのあるシチュエーション。
それでも中々気付かなかったのは、それを『見た』のが、もう数ヶ月前になるからだ。

「……わかった。……なら私、ラケット取ってくるよ。車に積んであるよね?」

「……あぁ」

……よし、これで男子更衣室脱出になる。
カタン、椅子から立ち上がった。

「それから。私は走っていくなんて無理だから、自転車借りてくるからね」

「……あぁ」

「…………しっかり拭いて、出てくるんだよ?」

それを言い残して、私は更衣室を出る。
……ちょっとドアを開けて、周りを確認するのを忘れずにね。見つかったら、それこそ捕まるし!

更衣室周辺に誰もいないので、サッと扉を閉めて、何食わぬ顔で歩いた。
……まずは、ラケット。それから、自転車だ。

受付を通り過ぎて、駐車場に止まっている車に近づく。

「ごめんなさい、トランク開けてもらえますか?」

運転手さんにトランクを開けてもらい、ラケットバッグを取り出す。

「どちらへ参られますか?」

「あ……えーっと、景吾と一緒にちょっと行ってきます。また、連絡させてもらいますね」

「かしこまりました。お気をつけていってらっしゃいませ」

運転手さんが丁寧に頭を下げてくれる。
それにお辞儀を返しながら、私は再びジムの方へ戻った。
顔なじみになっている受付のお姉さんに、自転車を借りられないか聞いてみるためだ。結果、今日中に返してくれれば、と言うことで、社員さんの自転車を借りられることになった。

話しているうちに、着替え終わった景吾がやってきた。
……着ている服は、やはりあのパーカー。

「……行くぞ」

そう―――今日は、氷帝のこれからの運命を左右する日。
ずっと、信じ続けてきた。
私が加わったことで、物語に影響がないように、祈り続けてきた。

…………今日、その答えが出る。

景吾は走るから、ラケットバッグは私が背負った。
借りた自転車にまたがり、景吾が走るほうにくっついていく。



今日は――――――全国大会8日前。

開催地が、決定する日だった。




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