俺の名前は近藤忠昭。
アクション俳優として、大分名を上げてきたところだ。
だが、撮影中にちょっとしたことで、足を骨折。
入院することになったのだが―――
そこで、運命の出会いをした。





始めは、腰に手を当ててヨロヨロ歩く子がいる、と思っただけだった。
病院のVIP室が集まる最上階。ここに泊まるのは、芸能人や社長だったりするわけで。
まぁ、その中でも若者の数は決して多くない。
珍しく同じ位の年齢の人間を見つけたものだから、目をやってしまった。

芸能人なんかをやってる以上、俺は美人を見慣れている。
別に、その子は特別美人ってわけでもないんだが―――とにかく、笑った顔が可愛かった。
ナースや医者がその子に声をかけると、にこにこ笑う。この間も、この階の主である、どこかの社長に菓子をもらっては、にこにこしていた。
結構どす黒い面もある芸能界では、こんな笑顔をする子はいない。

一目惚れ、と言ってもよかったかも。

雑誌を読むフリをしながら、その子が帰っていく病室をチェックする。
もちろん、今度訪ねるために。

その子が入った病室を見ていたら―――1人の男が入っていくのが見えた。
ココのところ、毎日見かける男。

芸能人泣かせのルックスを持つ、テニスプレーヤー、跡部景吾だ。

その名前は、俺たち芸能人の中でも有名で、この間共演した女優もファンだと言っていた。

知り合いか?
だが、あの子と跡部景吾がどうしても結びつかなかった。

…………あの男、いっつも朝早くに来て、夜、面会時間が過ぎてもいる。
どういう関係かはわからないが、かなり親しそうだ。

会うんだったら、あの男がいない場所で、あの子に会った方がいいな……。

直感でそう思って、俺はあの子と話す日を、翌日の朝、朝食が来る前に決定した。
朝食前なら、あの男も来ていないだろう。
それにあの子、朝食前に、部屋を出て歩く練習をしてるみたいだし。起きてないことはないはずだ。

よし、明日の朝、お菓子を持って行ってみよう。





翌日、朝早く目覚めた俺は、昨日のうちに買っておいた菓子を手に持って、あの子の病室へ行ってみた。
病室にかかっている名札は、真っ白。名前が書かれていない。
……まぁ、VIPだからそれもアリか。

コンコン、とノックをした。

「はい?」

よく通る声。
喉の奥で小さく咳払いをして、声の調子を整えた。

「あ、あのー、俺、同じ階の近藤って言うものなんだけど……」

「近藤……さん?……えーっと、どうぞ?」

きょ、許可が下りた!
ワクワクドキドキしながら、ドアをスライドさせる(スライド式のドアだ)
ベッドの上で、あの子が少し体を起こしてこっちを見ていた。
病室には、たくさんの花やフルーツなどが置いてあり、なぜかソファまであった。
……俺の病室とは大違いだ。

「あ、あの、さ……この階の人って、同じくらいの年齢の人がいなくって……それでつい、君を見かけて話したくなって」

「あぁ……確かに、この階はご年配の方が多いですよね」

にこっと笑った顔が、すごく可愛い。

「あ……どこかで見たことある……」

俺の顔をじーっと見てくる子。
そして、思いついたように少し目を大きく開いた。

「あっ、お正月にやってたドラマに出てました?」

「一応、ね。脇役だったけど、ちょこっと」

「あ〜!私、あれ見て感動して泣いちゃったんですよ。……って、すみません、入り口のところで立たせて……足怪我してるのに。……え〜っと……あの……よかったら、どうぞ?」

彼女が勧めてくれたのは、豪華なソファ。
…………コレは、誰が持ち込んだんだろうか。

「ありがとう。…………腰、痛そうにしてたよね。ヘルニアか何か?」

椎間板ヘルニアって、動けなくなるって誰かが言ってた。
彼女も、ここに来てしばらくは寝たきりだったみたいだし―――。

「えーっと……まぁ、そんなトコです」

小さく苦笑しながら、笑う。
そこで、俺は手に持っていた菓子の存在を思い出した。

「……これ、もらい物だけど、食べる?」

持ってきたお菓子を渡せば、『ありがとうございます』とまたにっこり笑ってくれた。
お菓子を渡すついでに、ベッドについている名前を、確認。

『跡部

そこにはそう書かれていた。

跡部……ってことは、やっぱり跡部景吾と親戚かな?
とりあえず、恋人じゃないな。同じ名字ということは。

「跡部さんって言うんだ」

「あ、はい……」

「あのテニスプレーヤーの跡部景吾、よくここに来てるよね?……彼の妹さん?従妹さん?」

「え?……あー、いえ、あの、景吾とは……」

「景吾って呼び捨てってことは……お姉さんだったり?……え、ちょっと待って、そんな年に見えないけどなぁ……」

「いえ、あの……」

「あぁ、年子とか?それだったら……」

俺の話の途中で、ガラ、と扉が開いた。

、今日は林檎を―――誰だ?」

話の中心である、跡部景吾だった。
手に紙袋を抱えてやってきた男は、本当に芸能人泣かせの男前。
…………これなら、女優が惚れる理由もよくわかる。

「はじめまして、俺、同じ階の近藤忠昭って言います。お姉さんとは―――」

「あーん?……姉?」

「け、景吾……」

「え?お姉さんじゃないの?……あ、でも確かに君、『』って呼び捨てに―――」

「…………は、俺の妻だが?」

………………妻?
………………………え?

ちゃんを振り返ると。
苦笑してる姿が。

跡部景吾は、紙袋を抱えたままベッドサイドまで近寄っていく。
紙袋を置くと、ぽん、と親しげに頭の上に手を乗っけた。

、何の話だ?姉って」

「いや、えーっとね…………あの、近藤さん……そういうわけなんです」

「え……と………………夫婦?」

「夫婦だが……妻に何か用か?」

威圧的に睨んでくる跡部景吾。
…………ちょっと待てよ。俺、新聞とかあまり読まなかったけど……確かこの前、跡部景吾の妻が、刺されたって―――。

「…………ねぇ、腰押さえながら、歩く練習してたのって……刺されたところ庇って?」

「あっ、ちょっ…………」

「……歩く練習?」

あちゃー……とちゃんが手を顔にやる。
……もしかして俺、言っちゃいけないことを言ったのかな……?

「跡部景吾の奥さんが刺されて―――……ちょっと待てよ、跡部景吾の奥さんって……」

妊娠、してなかったか?
ちらっ、とちゃんのおなかに目をやれば。
…………かすかに、膨らんでいる、気が、する。

………………………ショックだ。
せっかく運命の出会いだと思ったのに。

「…………あー……ごめんね、朝早くに。……それじゃ、また」

俺は、早々にここから立ち去ることにした。
…………アデュー、俺の小さな恋……。






今日は、会社の取引先から届いた林檎を持ってきた。
青森の高級品で、実は小さいが1口食べたら、美味かった。 も喜ぶだろう。つわりが終わって、以前のように食欲を取り戻しているから。
楽しそうに食べるの姿を想像して、少し口元が緩む。

宮田やメイドが『様にどうぞ!』と、たくさん詰め込んだ紙袋を抱えて、俺はいつものようにの病室のドアを開ける。

、今日は林檎を―――誰だ?」

の病室にいたのは、知らない男。
ソファに座って、なんだかペラペラとに話していた。

「はじめまして、俺、同じ階の近藤忠昭って言います。お姉さんとは―――」

「あーん?……姉?」

「け、景吾……」

が困ったような顔で俺を見ている。
…………何を勘違いしてるんだ、この野郎は。

「え?お姉さんじゃないの?……あ、でも確かに君、『』って呼び捨てに―――」

「…………は、俺の妻だが?」

『妻』を心持ち強調して言うと、そいつの動きが止まった。
ゆっくりを振り返っている。

俺はに近づくと、紙袋を置いて、いつものように頭の上に手を乗っける。

、何の話だ?姉って」

「いや、えーっとね…………あの、近藤さん……そういうわけなんです」

「え……と………………夫婦?」

「夫婦だが……妻に何か用か?」

下心がはっきり見えていたのだが、ここは敢えて何も聞かずにおく。
睨みつけると、しばらくじっと考え込んで、そいつが口を開いた。

「…………ねぇ、腰押さえながら、歩く練習してたのって……刺されたところ庇って?」

「あっ、ちょっ…………」

「……歩く練習?」

の方を見れば、は『あちゃー』と顔に手をやっていた。
…………コイツ、俺の目を盗んで、歩く練習してやがったな。
じっとを見れば、明らかに俺から目を逸らしてやがる。
…………どうしていつもいつもコイツは無茶をするんだ……。

「…………あー……ごめんね、朝早くに。……それじゃ、また」

小さくそう呟いて、そいつが去っていったのを見た後、俺はベッドサイドに置いてある椅子に座った。

「…………

「…………ハイ……」

「歩く練習ってのは、何のことだ?」

「えーっと………あのー…………」

「俺に隠れて、歩いてやがったな?」

「…………………ちょっとだけ」

「ちょっとだけ、じゃねぇ!まだ傷口、抜糸も終わってねぇだろうが!第一、1人でふらふらすんな!俺がついてるならまだしも、1人でふらふらしてるから、あんなヤツに絡まれるんだぞ!?大体な、お前、自分が動けないのに男を病室に入れるな!」

「あぁぁ……返す言葉もないです〜…………」

の肩をぐっと掴んで、キスをする。
口内を丹念に舐めて、蹂躙して。

「…………今のお前は、誰にこうされても抵抗出来ないんだぞ」

「…………ごめんなさい…………」

のしゅんとした顔。
……俺がこの顔に弱いのを知ってるのか知らねぇのか。

とにかく、俺がこの顔に敵わないのも事実で。

はぁ、と息を大きく吐くと。

「ったく……歩くんなら、俺がいるときにしろ。手伝ってやるから」

俺の言葉に、ぱぁっとの顔が明るくなった。
……だから、こういう顔が他の男が寄り付く原因に……!

「ただし、俺が一緒の時だけだからな。今度1人で歩いてたら、退院まで病室から出ることは許さねぇ」

ぽん、とその頭に手を乗っければ、にこにこ笑う
…………ったく、こいつには敵わない。






夕方。
夕焼けが窓から望む時間帯。
俺は洋書をベッドサイドで読んでいて、はぼーっと外を見ていた。

ふ、とが不思議そうな顔をする。

俺は、読んでいた洋書から目を外した。

「どうした?」

「えっと…………あ、れ……?」

が、眉を寄せながら腹部に手をやる。

「……痛むのか?」

「ううん、違…………あっ!」

「どうした!?」

の声に、反射的に本を閉じて立ち上がる。

「う、動いた……!」

呆然と腹部に手をやりながら呟く
…………動いた……?

「景吾、赤ちゃん動いた!」

が目を大きく開いて俺を見上げた。
……動いたって、子供が腹の中で動いたのか?

思わず、俺もの腹に手を当てるが―――何にも変化がない。

「…………本当か?」

「本当だってば」

しばらく腹に手を当ててると。
ピクピクッ。
軽い、衝撃。

「あ、ほらっ!ね!?」

俺は、衝撃があった手を、呆然と見つめた。
…………なんで、俺、感動してるんだ?

生まれる前から、大概の親バカだな……。

小さく苦笑しながら、を抱きしめる。

「元気に育ってるってことだな……お前に頑張れって言ってるんだ」

「うん、早く退院して、シェフたちのご飯、いっぱい食べたいしッ!」

「あぁ、レストランもまだ行ってねぇしな」

「安定期に入れば、スポーツもしていいって言ってたしね」

「…………オイオイ、まだスポーツはやめとけよ?お前、ケガ人なんだからな」

「あ……じゃあ、散歩行こう」

「それくらいなら、いいかもな」

退院後は、忙しそうだ。
でもまぁ……のためなら、なんてことはないだろう。

もう1度、腕の中の大事な存在を2人分、抱きしめた。



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