※跡部、ヒロイン以外の第3者視点です。
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今日は女の子にとっての1番大事な日。
聖バレンタインデー。

憧れの景吾くんにチョコを渡そうと持ってきた。
……一応、幼稚舎からの付き合いだし、毎年チョコ上げてるし……覚えてくれてるよね。
景吾くん、って呼んでるのは、幼稚舎から一緒だからだし。

今年は少し特別。
いつもは高級チョコだったけど、今年は初の手作りチョコ。

受け取ってもらうんだから!





授業と授業の合間に、あたしは、景吾くんがいる教室に行った。

中を覗き込んで、キョロキョロと姿を探す。
……あれ?景吾くん、いない…………?
近くにいた子に聞いてみたら『あー、保健室行ったと思うよ』と言われてしまった。
保健室……?どこか具合でも悪いのかな。

どうしよう、と思ってると、あたしの脇をすり抜けて入って行く人影。
それは窓際の後ろから2番目の席に、ドカリと座った。

「お、跡部。ちゃん、どやった?」

「寝てた。……やっぱり寝不足だったらしいな」

「……まさか、原因はお前やあらへんやろな?」

「…………今回は、違ぇよ」

「……今回は、ってトコが気になるわ……ッ」

同じテニス部の忍足くんと席が近い。
なにやら話していた。
でもあの席いいなぁ……窓際の1番後ろで、景吾くんと忍足くんに囲まれて……ずるい。あたしなんて、景吾くんと同じクラスになっても、せいぜい同じ列にしかなったことがない。隣に座る子が、いつも羨ましくて……だって、なにかと理由をつけて、話しかけられるから。あたしは、特にそんな接点もないから、話す機会が本当になかった。せいぜい、クラス委員だった景吾くんに、プリントを提出するときぐらい。

でも、今日は堂々と景吾くんに話しかけられる。
さぁ、いざ踏み込んで―――

「けい「跡部さんっ、これ、受け取ってくださいッ」

…………………………先、越された…………………。
あたしと同じく、年1回のこの機会を逃しはしないという女の子は多いみたい。
ドドドッと教室内に女の子が雪崩れ込んでいった。

はぁ、とあたしはため息をついた。
………これは、時間がかかりそうね…………。





結局、放課後まで渡すことが出来なかった。
休み時間になると、景吾くんがどこかへいなくなってしまう、っていうのもあるし、他の女の子が近づきすぎてて渡せない、っていうのもある。

でも、放課後渡せなかったら、一生懸命作ったこのチョコは無駄になる……ッ。
今度こそ渡そう、と思ってチョコを握り締めたまま、景吾くんの教室へ。

……もう、部活行っちゃってるかな。

テニスコートに向かった方が早いかもしれない。でも、一応教室も見て行こう。

ひょいっと教室を覗いたら。

……なんてグッドタイミング、景吾くんが1人でいた。

これはラッキー!神様はあたしの小さな恋を応援してくれてるわ!

景吾くんは、放課後の教室で本を読んでいた。部活があるはずなんだけど……どうしてこんなところにいるんだろう。だけど、まぁいいわ。肝心なのは、景吾くんがここに1人でいるってことだもの!

景吾くんが、ペラリとページを捲った。
……それがまた、たまらなくカッコイイ。

あぁ、どうしよう……ッ、チャンスなんだけど、やっぱりいざとなると、勇気が湧かないよ……ッ。

扉の影から、景吾くんを覗くこと、約15分。

ようやく決心が湧いた。
ぎゅっ、と拳を握る。

「け、景吾くんッ」

裏返り気味のあたしの声に、景吾くんの目が本から離れて、向けられる。
強い力を持った瞳。
だけどあたしには、その瞳の力は強すぎる。思わず視線を逸らしてしまった。

「ひ、久しぶり……っ……あ、あのさ、これ……受け取って!」

さっと近寄って、頑張って、後ろ手に隠した包みを差し出した。
景吾くんは、動かない。

そろり、と顔を上げてみた。

景吾くんが、困ったような視線を向けていた。

「?」

「……久しぶり……って……そもそも、お前……誰だ?」

なっ……!!
幼稚舎からの付き合いで、同じクラスになったこともあるのに、覚えられてないっ!?
そ、そんな……っ。

「えっ、あの……景吾くんとは幼稚舎から一緒で……」

「?景吾?……馴れ馴れしい態度で、気安く名前呼ぶんじゃねぇよ」

うっ……た、確かに……幼稚舎の時以来、名前で呼びかけたことなんてなかったけど。
でも、確かテニス部のマネージャーさんは、名前で呼んでる、って噂で聞いたんだけど……ッ。

カサ、と小さな音が鳴った。

景吾くんが、はっと音がした方に視線を向ける。

「……あ」

小さく呟かれた声と、慌てて荷物を引き寄せたのか、ガサガサッという音。
どうやら、扉の影に隠れてたみたいだけど、荷物が壁に触れて音が鳴ったみたい。

景吾くんが、ばっと動き出す。
あたしの横をすり抜け、扉の横を覗き込んだ。

「……

「け、景吾……」

…………あれ?名前で呼んでる。
ってことは、噂のテニス部マネージャー……?
姿が見えないから、なんとも言えない。扉のところに景吾くんがいるから、女の子の声だけが聞こえる。

「と、取り込み中じゃ……」

「バカ、んなことはどうでもいいんだよ。…………お前、ここにいつからいたんだ、手が冷たいぞ」

「え、そんな長い時間は……」

「質問にちゃんと答えろ。いつからいた」

「………………えーっと、およそ15分前から」

15分。
あたしが景吾くんに話しかけようか迷っていた時間からだ。
でも、扉の影にいたのはあたし……あぁ、柱の影にいて、あたしが中に入ったのと同時に、扉の影に移動したのかな?

あれ……もしかしてこの子、あたしが景吾くんにチョコ渡そうとしてるのを見て、景吾くんに声がかけられなかった……?

「バカヤロウ。お前、体調良くないのに、なんでこんな寒いトコで立ちっぱなしになってんだよ」

「だ、だって、取り込み中……あわわ、ごめんね!?邪魔するつもりはなかったんだけど……ッ!」

扉の影から現れたのは、大柄な女の子。
すまなそうに視線を向けてくる。

「バカ。さっさと行くぞ。部活、始まってるだろうからな」

景吾くんが、女の子の手を引っ張った。
女の子が、慌てて私に顔を向けてくる。

「ご、ごめんね、ホントに!」

「何、知らないヤツに謝ってんだよ。まずお前が謝らなきゃならねぇのは、俺様だろ?」

「あぁぁ、お待たせしたのは申し訳ないと思ってますけど〜……」

「悪いと思ってんなら、お前……」

ゴニョゴニョ、と景吾くんが女の子の耳元に口を寄せる。
そのとたん、女の子の顔が真っ赤に染まった。

「景吾!」

「あーん?……オラ、さっさと行くぞ」

景吾くんが、女の子をズルズルと引っ張っていく。

「あぁぁ、本当にごめんねぇ〜……」

廊下の奥へ消えていく女の子の声。
1人取り残されたあたしは、自分がまだチョコを持ったままだったことにようやく気付いた。

…………でも、あんな景吾くん見た後で、渡せないよね…………。

バリッ、と包装を破って、バクンとあたしはチョコを丸かじりした。



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