昼休みまでに、なんとか保健室でマフラーを完成させた。 でも、最後の処理がわからなかったので、ここまで協力してもらったついでと言わんばかりに、保健室の先生に手伝ってもらうことにした。 「け、景吾、私ちょっと保健室に用あるから、先に部活行っててくれる?」 HRが終わって、部活に行こうとしている景吾にその旨を伝えると。 「待ってる」 あっさり否決(泣) えぇぇ、待つって……! 「で、でも部活……!」 「なんだ、そんなに時間かかんのか?」 「いや、そーゆーわけじゃないんだけど……」 「じゃ、待ってる」 ………………こりゃ、猛ダッシュで行って帰ってくるしかないね……ッ。 まぁ、さっき寝たし、体力はいつもの……とまでは行かないけれど、戻ってきてるし。 「……じゃ、行ってきます」 あぁ、と返事をする景吾の声を聞くや否や、私は保健室へ向かって走り出した。 なにやら、教室から景吾が『走らなくていい』とか言ってきたけど、そんなワケにはいきません。 保健室について、息を切らしながら、先生にお手伝いを頼む。 さすがに学生時代やっていただけあって、鮮やかな手つき。 ……くっ、先生がこんなに詳しいってのを知ってたら、何もわからなかった最初のころに教えてもらいに来たのに……ッ。 「はい、この通り1段編んで、後は糸を切れば終わりよ」 先生に言われたとおりに最後の段を編んで、端までいったところで糸を切る。 ぷつん、と毛糸を切った瞬間、重力に従ってマフラーが私の膝の上に落ちてきた。 「で、出来た…………ッ」 今、出来上がったマフラーは私の手の中に。 あぁぁ、良かったよぉ〜、ちゃんと終わってよかった〜〜〜!!! 今はこのマフラーに頬ずりしたい気分でいっぱいだけども、景吾にあげるものだし、やめておこう。 時間もないしね……ッ。 先生にお礼を言って、マフラーを鞄に入れて走り出した。 はぁ……後は家に帰って、チョコ作って……ハンスにチョコ買って来てもらってあるし、こっちは問題ないだろう。 今年はトリュフじゃなくて、マーブル模様のチョコレート。難しすぎず見栄えがいいの……ということで、ハンスと2人で悩みながら決定した。…………ケーキとか作る時間があるかどうか、わかんなかったしね……ッ。 教室へ向かおうと思ったら、うちの教室を覗いている女の子が1人。 見たことない子だけど……あ、もしかして景吾か……? 女の子が持ってるのは、間違いなくバレンタインのチョコ。 包みが市販のやつじゃない……ってことは、手作りチョコだ。 うーわー……どうするべきかな、これ……。 彼氏に他の女の子がチョコを上げる場面……見たくないといえば見たくないんだけど……でも、女の子だって一生懸命チョコ作ったんだろうしなぁ。うんうん、その気持ちよくわかるよ……ッ! その子は、ウロウロと扉の影から中を覗いていた。 反射的に、柱の影に隠れてしまう。 だって、ねぇ……すごい微妙だよね……。 ここで私が普通に教室に入って、景吾連れてっちゃったら……どうよ、それは。 結局私はその子を見る、ストーカーのように(怪) 中々勇気が湧かないのか、ずっと教室に入ろうかというところで迷っている。 う……こういうのが、乙女ってヤツよね……恋する女の子だわ、本当に……ッ……なんていじらしくて可愛いの……ッ(なんか違) 次の瞬間、女の子が拳を握り締めて、教室へ踏み込んでいた。 ……やっぱり気になる。 柱の影から、扉の影へ高速移動。 覗くのは流石に失礼……終わるまでここで待ってよう。 女の子の声と、景吾の声がボソボソと聞こえる。 なんて言ってるかはわからない。 …………。 き、気になる…………ッ! ……ちょ、ちょっとだけなら……あぁ、ダメダメ、なんて失礼なことを…ッ。 ガサ。 苦悩したついでに、鞄が動いてしまって中の紙袋が擦れる音がした。 「あ」 やばいやばいやばいっ! 慌てて鞄を引き戻して、キョロと辺りを見回して、隠れる場所がないか探す。 仕方ない、隣の教室にでも駆け込…… 「……」 …………見つかった(汗) 「け、景吾……」 うわーん、覗いてたことバレた―――! っていうか、 「と、取り込み中じゃ……」 景吾に邪魔されて、教室内は見れないけども……おそらくそこには、私が15分ほどストーカーをしていた女の子がいるはずだ。 「バカ、んなことはどうでもいいんだよ」 どうでもいいって……コラ! ね、願わくばこの景吾さんの暴言が女の子に聞こえていないことを〜〜!!あぁぁ、可哀相だよ、折角一生懸命景吾のためにチョコ作ったのに……! 景吾が、鞄を持っていないほうの手に触れてきた。 廊下にずっといたから、私の手は冷たくなっていて、景吾の手がやけに温かく感じる。 「…………お前、ここにいつからいたんだ、手が冷たいぞ」 「え、そんな長い時間は……」 景吾がぎゅっと手を強く握る。 「質問にちゃんと答えろ。いつからいた」 「………………えーっと、およそ15分前から」 眼力に負けて、正直に答えてしまった。 景吾の眉が少しつりあがる。 「バカヤロウ。お前、体調良くないのに、なんでこんな寒いトコで立ちっぱなしになってんだよ」 「だ、だって、取り込み中……あわわ、ごめんね!?邪魔するつもりはなかったんだけど……ッ!」 本当に申し訳なくて、私は景吾の脇から顔を出して、中にいる女の子に頭を下げた。 チョコを持ったままたたずんでいる女の子。 あぁぁ、本当に申し訳ないッ! 「バカ。さっさと行くぞ。部活、始まってるだろうからな」 景吾が、今度は手じゃなくて腕を掴んで歩き出した。 私はもう1度女の子に頭を下げた。 「ご、ごめんね、ホントに!」 「何、知らないヤツに謝ってんだよ。まずお前が謝らなきゃならねぇのは、俺様だろ?」 「あぁぁ、お待たせしたのは申し訳ないと思ってますけど〜……」 「悪いと思ってんなら、お前……」 景吾が腕を引っ張るのをやめて、耳元に口を寄せてきた。 内緒話をするかのように、コソコソ、と吐息だけの言葉が耳に。……うわぁぁ、この声反則なんだって!(泣) 「……今日は、お前が俺様へのプレゼントだ。たっぷり、可愛がってやるからな」 な ん で す と ―――!!! 声と言葉とに、自分でも顔が赤くなっていくのがわかる。 「景吾!」 「あーん?……オラ、さっさと行くぞ」 景吾が満足げに、腕を掴んで歩き出した。 必然的に私の足も動き出す。 「あぁぁ、本当にごめんねぇ〜……」 教室の中にいるだろう女の子に、もう1度謝った。 本当に申し訳ないッ!(平伏) ボロボロの状態で家に帰り、景吾がお勉強している隙に、ハンスと示し合わせて、手伝ってもらいながら手早くチョコを作る。 テンパリングも一緒にやってもらい、ハートの型を用意。 ブラックチョコレートの中にホワイトチョコレートを落として、竹ぐしでスーっとそれを引っ張る。綺麗なマーブル模様になった。 それを大急ぎで冷蔵庫へ。 よかった……ちゃんとチョコもプレゼントも揃った……ッ! 今度は景吾がお風呂へ行った隙に、厨房へダッシュ。 出来上がったチョコの型を抜き、あらかじめ買っておいた箱に入れる。 ラッピングは巾着包みみたいなヤツ。最後にリボンできゅっと口を絞って、終了。 付き合ってくれたハンスにお礼を言って、急いで部屋へ戻った。 ドアを開けて、景吾が帰ってきていないことに、安心する。 鞄の中からマフラーを取り出して、こちらは可愛い紙袋に入れる。 紙袋に『Happy Valentine』のシールをぺとりと貼って、全ての準備は終了。 はぁ〜……と脱力した。 あぁぁ、人生いっつも崖っぷち……どんな時でもギリギリだよ……ッ!そろそろこのギリギリ人生をなんとかしなくちゃ……ッ!(切実) でも、後はこれを渡すだけ……ッ。 タイミング……タイミング大事よね……。 なるべく普通に……って、普通っていつよ!(絶叫) コンコン。 ビック―――!!! ノックの音で、反射的に紙袋とチョコをクローゼットに隠してしまった。 あぁぁ、最近、ノックの音と共にマフラーを隠してたから、条件反射……ッ。 「、風呂」 「りょ、了解ッ、行ってきまっす!」 タオルを持って、景吾と入れ違いに部屋を出る。 パタン、とドアを閉めてから、後悔した。 って、なんで隠しちゃったのよ、私―――!!! さっきだったら普通に、『これ、バレンタインの』って渡して、お風呂に逃げ込めてたのに……! あぁぁ、でももう1度部屋に戻って渡す勇気もない…ッ。 はぁ、とため息をついてお風呂へ向かった。 お風呂の中で延々と、のぼせそうになるまで考えて。 結局、いい案は浮かばずに、悩みながら部屋へ。 ドアを開けたら、景吾が目の前にいた。部屋を出ようとしてたみたいだ。 「あ、ごめ……邪魔だね」 脇にどいて、道を譲ろうとしたら、ぽん、と頭に乗っかる手。 「バーカ、お前探しに行こうと思ってたんだよ」 「へ?」 「お前、いつまで経っても出てこねぇから、風呂ん中で倒れてんじゃねぇかと思ったぜ」 うっ……確かにいつもより長かったけれども。 景吾に手を引かれて、部屋の中へ入る。 景吾は読書の最中だったらしく、またベッドに腰掛けて、サイドテーブルに開きっぱなしだった本を読み始める。 私はいつものように、タオルをタオルハンガーにかけた。 ちらっ、と景吾の姿を横目で見る。 …………た、タイミング……うーん…………。 ここで渡したら、その後が恥ずかしい……よね……。 「??何やってんだ?」 立ちっぱなしで考え込んでたら、景吾に気付かれた。 えーっと……いっか。もう、普通にサラッとこう……渡しちゃえ!(適当) 「け、景吾」 「あーん?」 クローゼットを開けて、紙袋とチョコを取り出した。 「バ、バレンタイン、の……です」 うわっ、言ってて恥ずかしくなってきた―――!!! やっぱり、さっき渡して、お風呂に逃げ込んでればよかった!(泣) もう逃げ出したい……ッ! 泣きそうになってたら、景吾が、ひょいっと包みを受け取ってくれた。 とりあえず、ホッ……と安堵の息が漏れる。 景吾が、ポンポン、と自分の隣を叩いた。……座れ、ということらしい。 トスン、と景吾の隣に座り込む。 よ、よかった……!放課後の女の子みたいにならなくてよかった……! 紙袋に貼ったシールを、丁寧に剥がす景吾。 カリカリ、と爪でシールを剥がす仕草が、なんだか酷くセクシーに見える。 やばい……ッ、ドキドキする……ッ。 あぁ、逃げ出したい……ッ、ここから逃げ出したいッ!! 「えーっと、あ、ハンスに用が……」 とりあえず、ハンスのところに逃げ込んでみようかなッ。 立ち上がろうとしたら、グッと掴んでくる腕。 「……行くなよ」 行かせてくださいッ!(絶叫) 景吾が私の作ったヘボマフラーを見た瞬間、私は恥ずかしくて蒸発します! 「わっ……」 ぐいっと手を引かれて、結局ベッドにまた座り込む。 しかも。 景吾が背後から私の前に手を回してきたもんだから、逃げられやしない……ッ(泣) つまり、後ろから抱きかかえられてるという体勢で。 私の目の前には、ちょうど紙袋。 もう、イヤすぎる……ッ!! 肩越しに景吾がそれを覗き込みながら、シールを剥がした。 あぁぁ、とうとう開封してしまわれた……! カサリ、と景吾の手が紙袋の中へ。 ゆっくりと紙袋の中から、私が死力を尽くして編み上げたマフラーが出てきた。 ……あぁ、編み目がガタガタなところ見つけちゃった……。 「………………………」 ………………………ノーリアクション…………? あー……ヤバイ、泣けてくるよ……そうだよなぁ、景吾さん、マフラー持ってるしなぁ……編み目ガタガタのマフラー、わざわざつけるような……。 ぎゅっ。 背後からの力が、強くなった。 「!?け、景吾!?」 「……お前、本当に俺様を喜ばせるの、得意だよな……」 「はっ!?」 振り向こうと思ったけど、振り向けない。 だって、景吾の顔を肩に感じるってことは、振り向いた瞬間、唇が当たるってことでしょ、あわわわわ。 「……ヤベ…………嬉しくて、顔がニヤける……」 「えっ!?」 「…………サンキュ」 ちゅっ、と頬に感じる柔らかい感触。 思わず振り向いたところで、唇を塞がれた。 そのまま押し倒されて流されそうになったけど、慌てて引き止めた。 ま、まだチョコの方を渡してない……ッ! 「け、景吾、もう1個……ッ!」 「……あーん?」 わたわた、とチョコの包みを手探りで探して、景吾に押し付けた。 「チョ、チョコッ!」 景吾がゆっくりと私の上からどいて、包みを開けた。 はぁ、と息をつく。 ガサガサと包みを開けた景吾は、現れたマーブルチョコを手にとって見ていた。 「ほぉ…………」 「ちょ、チョコは時間がなくって、簡単なヤツだけど……」 ぱく、と景吾がチョコを口に入れた。 やばい、心臓の音がやばい……ッ! 1回、目を閉じて、鼓動を落ち着けよう……。 目を閉じて、深呼吸をしようと思ったら、ぐいっと顎を引かれて。 さっきと同じような口付け。 …………と思ったら、舌が入ってきた―――!(汗) 甘いチョコの味が伝わってくる。 そのうち、とろりとした固形物が口の中に流れ込んできた。 景吾が、食べてたチョコを渡してきたらしい。 うぅぅ……どうして、こういう恥ずかしいことを景吾はしてくるの……ッ! チョコを掠めつつ、舌が絡まる。 甘い味。 …………………………………もう無理(泣) チョコが全部なくなったところで、ようやく景吾が離れた。 はー、はー……と肩で息をする。 景吾は平然。……どうしてあんなに空気が少なくて、平然としてられるのか……ッ、なんか技でもあるのか……っ!? 「…………いつ作ったんだ?」 「チョコは、さっき景吾が勉強してる間に。…………マフラーは、1週間前から」 「………………気づかなかったぜ」 「気付かれないようにしてたんだもん。……へへ、驚いた?」 「あぁ、驚いた…………ったく、お前は……」 ぎゅーっと景吾が力いっぱい抱きしめてくる。 痛っ、痛いんですけど!! 「……それで、寝不足……ってワケか?」 「…………まぁ、ね…………でも、間に合ったし」 「バーカ」 くしゃり、と景吾が頭を撫でる。 その後、またぎゅっと抱きしめられた。 …………はぁ〜……どうやら、喜んでもらえたようでよかった……。 「……」 「うん?」 景吾が耳元で小さく呟いてきた。 喜んでもらえた安堵感でいっぱいの私は、きっと顔が緩んでるだろう。 カリ。 「うひゃぁっ!?」 耳噛まれたよッ! 緩んだ顔が、一瞬にして赤くなったことだろうよ! 「け、けけけけけ、景吾ッ!?」 「…………早く寝かせてやりてぇのは、山々だが……悪いな、無理だ」 「へっ!?」 驚くと同時に落ちてくる、熱い口付け。 そのままベッドに押し倒された。 あぁぁ、結局こうなるのか……っ!(叫) 翌日。 「跡部、そのマフラー、手編みか?」 「……が編んでくれた。いいだろ、あーん?」 「なっ……クソクソ跡部!羨ましすぎる―――!」 「跡部ばっかズルイC〜…………」 「はっ……ついでに言えば……本命チョコとあいつも頂いた」 「……………………アイツ、そろそろ本格的に呪いかけたろか……ッ」 「忍足さん……俺も協力しますよ……」 「俺も、一枚噛ませてもらいましょう」 こんな会話が、レギュラーの間でされていたなんて、私は知らなかった。 ネタは景吾さんソング「……みたいなアルケー」から。 あの歌詞に爆笑して、妄想しました。妄想全開で申し訳ありませ……ッ(吐血) 誰が1番不憫かって、2話目の女の子でしょう(笑)名も無き女の子よ、すみません(え) |