ちょっと部屋に戻っている間に、は静かに寝息を立てて寝ていた。 肉体疲労も、精神疲労も限界に来ていたのだろう。 ……何せ、警察沙汰になってもおかしくはない、事件だった。 パン、と小さく手を鳴らして、電気を消す。 薄手の布団をにかけ、俺もその中に潜り込んだ。 しばらく、眠るの髪の毛を梳いているうちに、気付いた。 ぷくり、と頭の一部が膨れ上がっていることに。 ゆらゆらと揺れ動いていた意識が、何度か頭を撫でられる感触で、はっきりとしてきた。 いつもだったら頭を撫でられるのは、気持ちがよくて逆に眠気を誘うのだけど―――今日はなんだか、妙に気になる。 眠気を強引に収めて、ゆっくりと目を開ける。 ちょっと前の私の記憶とは違って、部屋は闇に包まれていた。その暗がりの中で、こちらを見ている景吾と目が合う。 「……悪い、起こしたか」 「ん……へーき。ごめん、寝ちゃってた……電気、ありがと」 「いや……それより、お前……頭……」 景吾がそう言って、私の頭に触れる。 何かを探るように手が動き―――ある一点で止まる。 と、鈍い痛みが頭を走った。 「……つっ……」 「っと……悪い。痛かったか?」 「ちょっと……あー、たんこぶだー……まぁ、散々暴れたからなぁ〜……いつやったんだろ」 自分の手でも、そのたんこぶを確認する。 ……おぉ、ぷっくりなってる。たんこぶなんて作るの、いつぶりだろう? さすさす、とたんこぶをさすっていると、景吾がぎゅっ、と抱きしめてきた。 頬のあたりに、サラサラの髪の毛が当たる感触がする。 …………暗がりでラッキー。相変わらず、景吾に抱きしめられたりすると、照れてしまうから。 だって、この世の美しさ全てをつぎ込んだような顔が、ごくごく近くにあるんだよ!?いつになっても、慣れるはずがない。……ごまかしだけは、うまくなったけど。 「……なぁ、」 「(耳に吐息が……!いや、平常心平常心)……なに?景吾」 「…………ずっと、聞こうと思ってたことがある」 「…………え?」 「……俺と一緒にいたら、また、今日みたいな事件に巻き込まれるかもしれねぇ」 「……景吾?」 微かな声は、耳元で景吾らしくない言葉を紡ぐ。 背中に回された腕に、ゆっくりと力が込められていた。 「もしかしたら、もっと酷いことが待ってるかもしれない。たんこぶじゃ済まない怪我だってするかもしれねぇ。……それでも……一緒にいて、くれるか?」 聞こえた言葉に、少し驚いた。 だけど考えて見れば―――当たり前の言葉なのかもしれない。 景吾は、まだ、中学生なんだ。 私より大きな手も、鍛えられた筋肉も……まだまだ、発展途上のもの。 事実、出会ったころよりも少し、身長が伸びていた。 胸板を、軽く押し返す。 体が離れた分―――景吾の顔を、見ることが出来た。 暗がりに目が慣れたことと、かなりの近さということで、存外はっきりと景吾の顔が見える。 闇の中で、唯一光を伴っている瞳。 いつもは、強さと自信に満ち溢れているそれが、珍しく、不安げに揺れている気がした。 しっかりとその瞳を覗き込んで―――笑いかけた。 「……バカだなぁ。そんなの、とっくに覚悟してるよ」 景吾と一緒にいると決めたときから。 私の中で決められている覚悟は、ちっとも揺るがない。 さきほど景吾が私にしてくれたように、今度は私が、景吾を抱きしめる。 「私を誰だと思ってんのさ。世界さえ乗り越えてきちゃった人間だよ?」 遠い遠い世界からやってきたのは―――偶然ではなく、必然だったのかもしれない。 跡部景吾、と言う人物に出会うための、確かな運命。 そんなことを言ったら、きっと景吾は笑うだろうけど。 「景吾と一緒にいるためなら、どんなことだって、どんと来い、だよ!」 言ってから、すごく恥ずかしいことを言ったと、我に返った。 照れ隠しに、ちょっと離れようかな、と思ったら。 「…………」 景吾の手が、額をすべり、耳の辺りに到達する。 ゆっくりと顔が近づいてきて――― 「……ん…………」 唇が、触れた。 触れるときと同じくらいの速度で、顔と顔が離れる。 と、ぎゅっと景吾が力を込めて抱きしめてきた。 「……お前、最高だぜ」 クツクツ、と耳元で笑う景吾。吐息が耳をくすぐる。 言ってしまった言葉の恥ずかしさと、言われた言葉の恥ずかしさに、のたうちまわりそうになりながら―――諦めて、景吾の首にぎゅっとしがみついた。 「景吾は私が守るから、任せてよ」 「なんだそれ。そりゃ、俺のセリフだろ?」 「私だって景吾くらい守れんだから」 「くらいってなんだ、くらいって」 軽口の応酬の後、ぴん、と軽く耳が引っ張られる。……お気に障ったらしい。 その後に、たんこぶのあたりを、優しく撫でる手。 少し細められた瞳。……私がたまらなく好きな目だ。 「…………守ってやる。お前は俺が、絶対に」 ………………そしてまたこの人は、どうしてこんなに恥ずかしいセリフを、照れもせずに言えるのだろう。 本当に今が、暗くて良かった。……頬の火照りだけは、誤魔化せないけど。 「……守られるなんて恥ずかしいから、一緒に戦ってみせるとも!」 「……バーカ」 笑いながら、景吾がまた顔を近づけてくる。 ――――――何度か、唇を重ねて。 息が続かなくて、ギブアップを告げた。 …………くそぅ……っ……どうしてこの人は平然と息を吸える……!? 「もうギブアップか?」 心底面白そうな笑い声を、密かに低く発している景吾。 このエロボイス魔人め……!私の心臓を守るためにも、一瞬でいいからお口にチャックをしてやりたい……! 「…………っ……もう、寝る……!眠い……!」 子供がすねるのと同じような口調になってしまった、とは思いつつも、心境はまさしく同じようなものなのだから、仕方がない。 「クッ……ま、今日は疲れたからな……」 「もう、今日あった出来事なんて、この数分間のおかげで遠い過去のような気になってるよ……」 「バーカ。…………おやすみ、」 「……ん。おやすみ、景吾」 世界で一番、安心できる腕の中で、私は眠りについた。 NEXT |