「跡部はまだ来ないのかよ!?」

がっくんがウロウロと病室内を歩き回っていた。
ちらり、と時計を見れば、もうすぐ8時。
…………景吾、お仕事中だったからなぁ……時間かかってるのかな。

小さく息をついたところで、また襲ってくる痛み。

「……つっ……イタタタッ」

「わー!だ、大丈夫か!?」

歩き回っていたがっくんがすっ飛んできて、腰をさすってくれる。
転寝をしていたジローちゃんもハッと覚醒して、慌てて腰をさすってくれた。

「うぅぅ〜……」

段々と痛みが激しくなってきている。
昼間から感じていたお腹の張りは、どうやら陣痛の一環だったらしくて―――今現在の陣痛の間隔は、かなり短い。
病院に入ってきたのが、5時半ごろ。
そのとき、すでに陣痛の間隔は5〜6分間隔だった。

一応、自力で歩いて(みんなに支えてもらってはいたけれど)LDRという部屋へ。
LDRというのは、陣痛、出産、出産後の回復を全部いっぺんに行える部屋。ペンションの一室みたいな豪華な部屋で……ちょっとはしゃいでしまった。だって、すっごい広いし、冷蔵庫とかテレビとかついてるし、ベッドだってダブルベッドで豪華だった……!

出てきた豪華なご飯を、少しだけ食べて(吐き気が出てきて、食べたくなかったんだけど、侑士に食べろって言われた)、みんなと話をしていたんだけど。
…………どうやら、お腹の中の子は早く出たいみたいで、初産だというのに、経過が早いらしい。

「イ〜タ〜イ〜……ッ」

「が、頑張れ!な!?もうちょいで跡部来るからよ!」

「う、うん〜……いたっ」

せ、背中がつる〜〜〜!
骨を直接かなづちで叩かれてるような痛さが、だんだん腰からお尻のほうへ降りてくる。

「……っ、いつつっ……」

じわじわと涙が浮き出てくる。

…………景吾〜……っ。

ここにいないとはわかっているのに。
それでも、景吾の名前を呼びそうになった。

ぎゅっ、と拳を握り締めて、痛みの波を過ごそうとする。
少しでも痛みを誤魔化すために、がっくんに向かってしゃべりかけようとしたら。

バンッ、と大きな音を立てて、ドアが開いた。

「……っ、!」

飛び込んできたのは……スーツを翻した景吾。
みんなが一瞬、その光景に目を見開いて―――私の隣にいたがっくんが、まず反応した。

「跡部!なにやってたんだよ、遅ぇよ!」

はぁはぁ、と景吾が荒い息を吐きながら、駆け足でこちらへやってきた。

「……悪ぃ、渋滞に巻き込まれて―――大丈夫……なワケねぇよな。すまない、遅れて」

景吾の言葉に、ぶんぶん、と首を振る。

「お仕事、ご苦労さ―――イタタタッ!」

ご苦労さまなんて、余裕ぶっかましてる場合じゃなかった!(泣)
い、1番ご苦労さまなのは、もしかして私なのかもしれないよ……!

、腰か?」

「う、うん……うぅ〜……」

「…………岳人、ちょっとどけ」

「へっ!?あ、跡部……!?」

景吾が、がっくんがいた場所に立つと、両手を腰らへんに当ててきた。
何する気なのかな―――と思ったら、腰に心地よい圧迫感。
ぎゅ、ぎゅ、と指圧してくれてるらしい。
……こ、これ……っ。

「こ、これ……気持ちいい……っ」

そうか、と景吾が呟いて、更に続けてくれる。
うわ、痛みが和らいでいくよ……!なんだこれ、景吾の手、マジシャン……!?

「あ、跡部すげぇ……っ、なんでそんなん出来るんだよ……っ」

「バーカ。俺は、父親になる人間だぜ?勉強した」

ぎゅー、と景吾が腰を押してくれながら、がっくんに答えを返す。
そういえば、2人で読んでた育児書にも、陣痛のときのマッサージ法とか書いてあったなぁ……あれ、景吾ちゃんと読んでたんだ……!うわ、感動……!

景吾のマッサージの効果もあって、痛みが少し薄らぎ、しばらくして、ようやく波が収まる。
キョロ、と景吾があたりを見回す。

、荷物は?」

「お屋敷に電話して、持って来てもらったから、大丈夫」

そうか―――、と呟いて、景吾がドサリと椅子に座り込んだ。

「……はぁ……ったく、驚いたぜ。予定日までまだ1週間あるっつーのに―――」

「確かにね……景吾と侑士が、立て続けに今日『早く出て来い』って言うから、対抗意識燃やしたんじゃないの?」

景吾と侑士が視線を交し合って―――お互いに、ふい、と目を逸らす。
中学時代から変わらない2人の行動に、くすりと笑いが漏れた。

…………大丈夫、みんながいる。

お腹に手を当て、この中で頑張っている子にも、元気を送る。
もうすぐ出会える、私と景吾の子供。

頑張ろうね―――。

お腹にいる子にそう話しかけて、隣に座る景吾の手を、ぎゅっと握った。





午後11時ごろ、ようやく本格的な出産に入った。
今までは、普通の寝室だった場所に、カーテンが出現したり、ベッドが分娩台に変わって―――あっと言う間に、分娩室になってしまった。

「ご主人様は、立ち会われるんですよね?」

「もちろんだ」

景吾が助産師さんの言葉に、間髪なく答える。
手を繋いだままだったから、その瞬間少し景吾の手に力が入るのがわかった。

「で、お前らは、帰らなくていいのか?」

景吾が、カーテンの向こう側に移動しようとしている、侑士たちに聞いた。
侑士たちは当たり前のように、カーテンの外側にある椅子に腰掛けようとしていたのだ。

「明日、仕事あるんだろ?」

「俺は明日休みや。仮に学校あったとしても、行ってる場合やないっちゅーねん」

「俺、父さんに連絡してあるから大丈夫だC〜!」

「ぜってー赤んぼの顔見るまでは帰らねぇからな!」

「…………ったく」

呆れたように呟く景吾の顔は、少し緩んでいる。もっとも、それを見ることが出来たのは、私だけだろうけど。

「ありがと、みん……いたたたたたっ!」

「わー!、が、頑張れよー!」

「頑張るんやで、ちゃーん!」

「マジマジ、応援してるCー!」

みんなの声が聞こえる。
けど、もはや返事を返すことすら出来ない。

ぎゅっと目を瞑りそうになったら、助産師さんに、『目を瞑らないでね〜』といわれてしまった。
……無理だよ!(絶叫)

「うぅぅ〜……」

「ほら、。深呼吸しろ、深呼吸」

「う、ん……っ……」

景吾に言われるままに、深呼吸を繰り返す。

「落ち着いてるわね。じゃあ、そのまま呼吸法に切り替えて―――」

落ち着いてるように見えるのは、気のせいです!(泣)いっぱいいっぱいですよ〜!
それでも、なんとか、呼吸を例のラマーズ法に切り替える。

少し痛みも治まって、今までの疲れからうとうととしていたら、また痛みで起こされる。

「いたたたたっ(泣)」

「落ち着け。……ちょっと手ぇ離すからな」

手を離して、景吾が腰をさすってくれる。
少しは痛みがまぎれるものの―――完全に痛みが治まるわけじゃない。

もうそろそろダメだ〜、と思ったら、助産師さんから、『いきんでください』とのお声が。
その声を待ってたんですよ!!!

子宮口が全開になっていないと、いきんじゃいけないらしくて、今まで必死に我慢してた。
この我慢してる時間が、辛い……!

「……っ、はぁ……っ」

「はい、息吸って〜。ダメよ、気、失っちゃ。頑張って頑張って!」

何度も意識が吹っ飛びそうになるのを、痛みがなんとか留めている状態。
もう、お願いだから誰かこの痛みをなんとかして〜!
痛みで涙が溢れてくる。景吾の手がそれを拭ってくれた。



差し出してくれた手に、縋りつく。

「景吾〜……いったぁ〜!……うぅ、あ……ご、め……いたぁいっ!」

景吾の手に、爪が食い込むのがわかって、握るものを脇にあるバーに替えようと思ったら、そのままぎゅっと景吾に握られた。

「いいから握ってろ」

「うっ、んっ……いたぁ〜!」

「はい、いきんでー。もうちょっとよー。赤ちゃんの頭、見えてきたからねー」

!がんばれ!!!」

ちゃん、きばるんや―――!」

「頑張れ、―――!」

がっくんたちの声が聞こえる。

うぅ〜、と唸りながら、何度目かのいきみをしたとき。
腰の辺りを、ズルッと通っていく感覚。

「……あ……っ?」

?」

「通っていくの、わかった?もうちょっとよ、はい、いきんで!」

「ん〜〜〜っ」

この痛みを最後にしてやる〜〜〜!
そう思って、力いっぱいいきんだ。

助産師さんの声に合わせて、その後、何度かいきむと―――。

「もう赤ちゃん出るからね!」

そんな声がして―――すぅっ、と痛みがなくなった。
同時に聞こえる、元気な声。

「オギャーッ!オギャー!」

「元気な男の子だ〜。綺麗な顔してるわねぇ」

…………生ま、れた……………。

1度、お腹の上に乗せられ、すぐにまた産湯のために助産師さんの手へ。じっくり顔をみる余裕もなかった。

ただ―――今までお腹にあった重い感覚がなくなっていて、不思議な気分だ。それでも、終わったということで、ほっと体の力が抜ける。
私の体の力は抜けたけど―――手には、力強い感触。

力いっぱい手を握ってきてるのは、景吾だ。
体を動かすことは出来ないので、顔だけを向けると。

私の手を両手で握り締めたまま、顔を伏せている景吾。

「?……景吾……?」

何か言ってくれないのかな―――と思っていたら。
ふと手に感じる、温かい雫。

「……え?け、景吾……?」

私の言葉には答えず、ぎゅーっと手を握ってくる景吾。
カーテン越しに、侑士の声が聞こえてきた。

「跡部、感動して泣いとるんちゃうんか……っ?」

「……うるせぇ……っ……お前だって、絶対泣いてんだろうが……!声震えてんのが、丸わかりだ……っ」

顔を伏せたまま、そう怒鳴ると、1度強く手に顔をこすり付け、まっすぐ視線を向けてきた。
少しだけ潤んだように見える目に、優しい笑顔。

こつん、とおでこに、自分のおでこをぶつけてきた景吾。

「……、ありがとよ……」

景吾の言葉を聞いたとたん、ぶわっ、と涙が溢れてきた。

「うわぁん……っ……」

ぎゅうっとまた、景吾の手を握り締めた。
ぽんぽん、と頭を撫でてくれる景吾の手が、とてつもなく愛しかった。

「い、命ってすげぇ……!、頑張ったな―――っ!!!」

「スバラC―――!!!、跡部、おめでと―――!!!」

がっくんとジローちゃんの声が聞こえた。
それで更に涙は加速する。

にじむ視界で、助産師さんが赤ちゃんの処置を終えて、抱き上げるのが見えた。

「はい、元気な男の子よ」

「……け、ご……抱いてあげて」

嗚咽で、なんとも情けない声が出た。
景吾がゆっくりと私の頭を撫でた後―――助産師さんから、赤ちゃんを抱きとった。

フギャー、フギャー!と元気な声を出して、泣いている子。
景吾が、枕元に赤ちゃんを寄せてきてくれた。

「……

「……け、景吾にソックリだ〜……」

改めて間近で見る赤ちゃんは、ビックリするほど、景吾にそっくりだった。
自信たっぷりに見える眉、色素が薄くて細い細い髪の毛。
小さいのに、ちゃんと爪があるのに感動した。

「……ちゃんと爪があるね、すごいね……」

「あぁ、本当だ。…………すげー小せぇ」

「……そだね。……あ、侑士たちにも……」

「あぁ」

景吾が、赤ちゃんを抱いて、カーテンを捲る。
うわー、とがっくんたちの歓声が聞こえて―――

「跡部そっくりやん!」

「ホントだ、どっからどーみても跡部の子!」

「マジマジ、すっげー!」

わいわいと騒ぐ声に、くすりと笑みが漏れた。
くすくす笑っていると、助産師さんが微笑みながら寄ってきた。

「跡部さん」

「あ、はい」

「午前3時5分誕生ね。体重は2968グラム、身長は50センチよ」

「50センチ―――うわー……樺地君の約4分の1だ……」

本当にちっちゃい……でも、生まれてきてくれた命。
失いかけたこともあるけど―――それでも、こうして無事に生まれてきてくれた。



景吾が赤ちゃんを抱いて、もう1度中に入ってくる。
少し手を伸ばして、赤ちゃんを受け取った。

……あったかい。

「……よろしくね」

小さく呟いて、大切な存在をぎゅっと抱きしめたら。

「……ご苦労さん」

大事な存在に、抱きしめられた。




NEXT