侑士が運転する車に乗り込み、車で30分ほどの自然公園へ。

「うわー……なんか、同じ東京なのに空気が違うねぇ」

さわやかな空気を、めいいっぱい吸い込む。
綺麗な空気がおなかいっぱい入ってきて、気分がいい。

「あっちに池があるってよ。そっちまで向かってみようぜ!」

がっくんの先導に、うん、と頷いて歩き出す。
3人とも、私のペースに合わせてくれるので、ゆっくりゆっくり歩いてくれた。
途中、少し休憩を入れながら、池までたどり着く。

「コイ〜、あ、サギもいる」

「おいジロー。コイのエサ、売ってるぜ」

「マジマジ?ホントだ〜。50円だし、やってみる〜?」

「おう!」

あぁ、本当にチビーズはいつまでも和む……!これ、すごい胎教効果になると思うんだけど……!

ちゃん、そこにベンチあるで〜。座っとき。飲み物買うてくるわ」

「あ、ありがとー」

ほわーっとしていたら、侑士が微笑しながら手を引いてくれた。
ベンチは池のすぐ近くで、ジローちゃんやがっくんも見えるので、そこに移動する。

ゆっくりとベンチに腰を掛けて、一息つく。

楽しそうに池にエサをばら撒くがっくんたちを見ながら、お腹に手を当てた。

うー……やっぱり少しお腹張る〜……軽く痛い……。今日は、お腹が張る回数多いなぁ、予定日近づいてるからかなぁ。
出産の前には、おしるしやら前駆陣痛もあるって言うし……まだまだだとは思うけど、こんな調子だったら、出産の時はどうなることやら。
痛くて意識失いそうだって言うしね……で、でもでも頑張らなきゃ……!

ちゃん?」

「わっ、侑士!?」

いつの間に戻って来たのやら、侑士が目の前に立って、両手に缶を持っていた。

「りんごジュースとオレンジジュース、後は炭酸系やけど、どれがえぇ?」

「えーっと……りんごジュース!」

「ほな、これな。……岳人たちは、飽きたらこっち来るやろ」

隣に座りながら、りんごジュースを渡してくれた。丁寧にプルタブまで開けてくれて。

「ありがと〜」

コクリ、と一口飲むと、水分が体に行きわたる。
はぁ……お腹が大きくなってから、少し歩くだけでも大変になった。夏は汗ばかりかいていた気がする。その度に、景吾に『着替えろ』とか『体冷やすな』とか色々言われて……まぁ、ようやく涼しくなってきたから、少しはいいけどね。

「ホンマ、もうすぐやんなぁ……そろそろ出て来ぃ。みんな待っとるで」

侑士がお腹に向かってそう言ったので、思わず笑ってしまった。

「どうしたん?」

「景吾と同じこと言ってる。……景吾も、今日、そんなこと言ってたんだよ」

「跡部と同じか……あんま嬉しゅうないけど、まぁ、早く出てきて欲しいっちゅーのは本音やしな」

侑士が、ゆっくりとお腹を撫でてきた。
たくさんの人に、これだけ誕生を待っていてもらえるなんて、なんて幸せな子なんだろう。

「どんな子になるんだろうねぇ……」

「それより先に、男か女か、やろ?……俺は、断然女の子希望やけど……!」

「……侑士の中じゃ女の子なんでしょ。あんな大量に服買ってきちゃって。初孫喜ぶおじいちゃんみたいだよー……」

「せやかて、ホンモンのじいちゃんたちは、もっとすごいんやろ?」

「あぁ……景吾ママと景吾パパ……?なんだか、ブランド物の服とか靴とかすごいよ……?私、本気で目が飛び出るかと思ったもん。何年経っても、あの金銭感覚にはついていけない……!」

「ついていけるちゃんなんて、見とうないわ」

侑士が少し苦笑する。……私も、あの金銭感覚についていってる私なんて見たくない。景吾と一緒に『グッチの鞄は色を全部そろえて―――』とか言ってる私は……ちょっと……いや、かなりヤダッ!

「侑士、!そろそろ他のところ行こうぜッ!あっちには、小さな牧場もあるみたいだしっ」

「わかったから岳人、そんなにはしゃぐなや。お前も立派な社会人やろ?」

「いいだろ、別に〜!」

もう、なんてこの子は可愛いんだろう……!
社会人になろうがなんだろうが、可愛いっていうのは変わらない。
というか、永遠に変わらないで……!氷帝チビーズ、フォーエバー……!(何)

、うさぎもいるんだって」

ニコニコ笑うジローちゃん。
もう、うさぎよりも君が可愛い……!(怪しい)

「うん、じゃ、そっち行ってみようか」

ゆっくり立ち上がって、ジローちゃんたちの方へ行こうとして、気付いた。
……あれ?ベンチが、濡れてる……?

先に立って、手を引いてくれようとしていた侑士が、動こうとしない私を、不思議そうに見てきた。

「どないしたん?ちゃん?」

足の間を、つぅっと何かが落ちていった。
……こ、これは、も、もしかして……ッ!

「……ちゃん?」

「ゆ、ゆゆゆゆ、侑士……!」

「どないしたん?」

「……は、ははは、破水、した、かも……」

……

……………

……………………………間。


「(覚醒)…………えっ!?は、破水ッ!?」

「お、おい、侑士、破水って……!?」

バタバタとがっくん&ジローちゃんが駆け寄ってくる。

「と、ととと、とにかくちゃん、もう1回ベンチ座り……!」

頷いて、ベンチに座り込む。
ペトペトと下着が張り付いてきた。ど、どうして今まで気づかなかったの……!?

っていうか、思い出して……!ちゃんと、出産の手順を思い出して―――!(軽くパニック)

「マ、マジマジ!?」

「は、破水ってもう産まれんのか!?病院、病院!救急車、救急車ー!!(混乱)」

「落ち着け岳人!まだ産まれへん!……えーっと、ちゃん、陣痛はあるか?」

「ううん、今のトコ痛くはな……くない、あれ、これ……イタッ、イタタッ」

自覚したとたん、猛烈に襲ってきた痛み。
うわ、生理痛を何十倍にしたみたいに、どうしようもなく痛い……!

!?ど、どうすればいいんだよ、侑士〜〜〜!」

「大丈夫や……!お、落ち着け、俺……!……岳人にジロー、ちゃんの腰、少しさすってやり。痛みの波が収まったら、車乗って病院行こ」

「うん……イタタッ……あ、と、とりあえず電話―――あぁぁ、ココ、圏外だッ!」

「見るからに電波なさそうな場所やしな……でも、ココ出たら電波繋がるやろ。大丈夫やて」

侑士が、落ち着いていてくれて助かった。
散歩中に1人だったら、絶対パニくってた……!

ジローちゃんやがっくんがさすってくれるおかげで、少し痛みはマシだ。

しばらくそこにいると、痛みが徐々に治まってきた。

「侑士、痛くなくなってきた……」

「ほな、俺、先に行って車の準備しとくわ。2人はちゃん支えてやり。ゆっくりでえーからな。焦る必要はないで。……あぁ、それに、時間計っとき」

うん、と頷き、携帯で時間を確認して、ゆっくり3人で駐車場へ向かう。
一応出かけてくるときにタオルやなにやら用意しておいたから、侑士は後部座席にそれをひいていてくれた。

「ジローが前に乗って、岳人は後ろの端っこ座って、ちゃんの頭、膝に乗せてやり」

「おぅ!、大丈夫か?乗れるか?」

「うん、大丈夫……今は痛まない……よっと……」

車に乗り込んで、恐れながらもがっくんの膝の上に頭を下ろす。

「病院まで30分強か……少し、休みながら病院向かうか。……とりあえず、病院に電話やな

以前に流産しかけたこともあるし、陣痛が始まったらすぐに連絡しなさい、とお医者さんにも言われた。本当なら、10分間隔になってかららしいんだけど……。

「う、うん……えと、携帯携帯……」

、俺が取るから、動かなくていいって!……はい、携帯」

「ありがと、ジローちゃん」

ポチ、と操作して、登録してある病院の番号を導き出す。
繋がったと同時に、状況を説明する。

やっぱり、『すぐに病院に来て下さい』と言われた。

「侑士、やっぱりすぐに病院だって」

「ほな、病院向かうで。ちゃん、陣痛始まったら言うんやで。停まるからな」

「ありがと。……あ、景吾にも連絡……」

ポチポチ、と操作して、景吾の番号を表示させる。
すぅ、と1回深呼吸をして、ボタンを押した。

プルルル、プル……プッ。

早ッ!

コール音1回半で取りましたよ、景吾さん!

『……?どうした?』

「あ、け、景吾……?今、平気?」

『あぁ、構わない。で?何かあったのか?』

「あの、ね……実は……破水、しまして」

……

…………

また、長い長い間。

『………………………は?』

「えーっと、だから……破水して、陣痛来た。……から、病院向かってる」

電話の向こうで、ガタガタガタッと大きな音がした。

「け、景吾!?」

『すぐに向かう!お前、今ドコだ!?』

「えっ、今!?……わ、わかんない……お散歩しに、みんなと新しく出来た自然公園に来たんだけど、そこで破水して……」

『あぁ……ってことは、そこに忍足がいるな?替われるか?』

「い、いるけど、運転ちゅ……イタッ……イタタタッ」

再び襲ってきた、腰をかなづちで叩かれているような痛み。
思わず声を漏らしてしまった。

!?』

ちゃん?痛み、また来たか?」

電話の先と、運転席から同時に声が聞こえる。
がっくんが慌てて腰をさすってくれた。

「う、うん〜……イタタ……ッ」

「ちょお止まるからな」

車が道の脇にずれて、ゆっくりと停止する。

、大丈夫か?……忍足と替われ』

「う、うん…………侑士、景吾が替われって」

携帯を差し出すと、侑士が手を伸ばしてそれを受け取る。

「……替わったで、跡部」

『今、どこにいる?』

「自然公園出て、国道走っとるトコや。病院までは……そやな、20分ちょいくらいで着くと思うで」

『わかった。……俺もすぐに向かう。今、出先だから少し時間がかかると思うが……それまで、のこと頼んだ』

「……了解。まかせとき。……早くせぇよ、跡部」

『言われなくても、わかってる。……もう1度に替われ』

「あぁ。……ちゃん」

会話を終えたらしく、侑士がまた私に携帯を差し出してくる。
痛みで脂汗をかきながら、それを受け取った。

「……け、景吾?」

『すぐ向かうから。……それまで、頑張れよ』

景吾の声が、心地よく耳に響く。
少しだけ、痛みが軽くなった気がした。

「……うん!が、頑張る……!」

『……よし。じゃあな、また後で』

プツリと電話を切って、携帯をしまう。
お腹は痛いけれど、それでも幸せになった。

景吾の言葉で、頑張れる。
みんなもいるし。

…………が、頑張れ、私!




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