10月9日。 予定日まであと1週間。 早めのランチを食べ終わった、土曜日の午後、私は眠気に耐え切れずに昼寝をしていた。 お腹が大きくなって、寝返りもまともにうてないから睡眠時間が減って、もう、眠い眠い。 景吾は書類作成で隣の部屋だし……やることも特にないので、お昼寝タイムに。 ソファに腰掛けて、うつらうつらと夢の世界をさまよっていた。 ふと、シュル、とネクタイが擦れる音で目が覚めた。 なんてことない小さな音。もっとドアが開く音とかあったはずなのに、なぜかネクタイの音で目が覚めた。 「……起こしたか?」 ネクタイを今まさに締めようとしている景吾が、起き上がろうとした私に気付いて、ネクタイを結ぶ手を止めて近寄ってきた。 いつの間にかかかっている、ブランケット。きっと、景吾がかけてくれたのだろう。 「ありがとー……」 「あぁ。……悪い、ちょっと会社に出ることになった。書類、届けてくる」 ……ネクタイ結ぼうとしてるところからして、出勤なんだなー、とは思ってた。 まぁ、お仕事なんだから、仕方ない。 「うんー。気をつけてね」 「……気をつけるのはお前だろ」 どこまでも心配性な景吾に、少し苦笑しながら、ちょいちょい、と景吾が放りっぱなしのネクタイを引っ張る。 景吾が少しかがんだ。 そのまま手を動かして、ネクタイを結び、きゅっ、と形を整える。 景吾はキチンとネクタイを結ばないってのがポリシーらしいので、少し緩めに。 「…………サンキュ」 ぽん、と景吾の手が頭に乗っかる。 数回髪の毛を梳かれた後、お腹を少しさする手。 ……このお腹とも、あと少しでお別れかと思うと不思議な感じだ。……というか、お腹が大きくない頃の生活が、なんだか思い出せない……! 「……そろそろ出て来いよ、なぁ?」 景吾が小さくお腹に向かって呼びかけた。 その仕草がなんだか異様に真剣だったから、思わずクスクスと笑いが漏れてしまう。 「……なんだよ」 「ううん。……本当に、そろそろ出てきて欲しいよね」 どんな子なのかな。 最後の最後まで性別を聞かなかったから、全く想像がつかない。 ……名前も、結局まだ決まってないし。 そこまで考えて、ふと思い出す。 「あ、そういえば、侑士が今日来るとか言ってなかった?」 「………………確か、そんなこと言ってたな」 ちっ、と景吾が舌打ちをした。 タイミングよく、コンコン、とドアがノックされる。 「はーい?」 「景吾様、様、忍足様たちがお見えでございます」 「……なんでこういうときだけは、タイミングがいいんだ……」 小さく景吾が呟くと、私の手を引いてくれて隣の部屋へ。まぁ、寝室に招くって言うのもなんだしね。 私をソファに座らせた後、景吾は1人部屋を出て行く。 ぼーっとしながら、少し待っていると、話し声が聞こえてきた。 この声は……。 「―――!元気〜?」 「よぉ!調子はどうだ!?」 「ジローちゃんにがっくん!」 バンッと扉を開けては行ってきたのは、ジローちゃんとがっくん。 2人とも家のお仕事を手伝っているから、時々しか会えないけど……でも、変わってないなぁ。 「2人とも、久しぶり〜!今日、お仕事は?」 「俺は親父に休み貰った!」 「俺の家も、バイトの子いっぱい入れて、なんとか休んだよ〜。が入院する前に、会っておきたかったし」 …………さすが自営業。でもいいのかな、こんな勝手にお休みとか作っちゃって。 というか、たまのお休みに来させてしまって申し訳ない……! 「……ちゃん!体調はどうや?」 最後に部屋に入ってきたのは侑士。その後ろで、景吾がしかめっ面をしている。 「侑士も、久しぶり!お腹重くて寝にくいくらいで、体調はすこぶる良好だよ!」 「そらよかったわ。寝にくいのは、もうしばらくの辛抱やな……っても、生まれたら生まれたで、色々大変やろうけど」 「ん。でもお屋敷の人もいるし……他の人に比べたら、ず〜っと楽だよ〜」 「…………なんや、ホンマちゃんの笑顔見ると、ホッとするわー……」 これ土産、と侑士が可愛いお花をくれた。……ホント、侑士はマメなんだよなぁ。 景吾がそのお花をひょいっと受け取って、窓際に置く。 「なんやねん、跡部。……ってか、なんで自分背広着てるん?」 「……今から会社に行かなきゃいけなくなったんだよ」 「……ホンマか?いやー、そりゃけったいやなー。あー、可哀相になー。ほな、ちゃんは俺らと過ごすわけかー(棒読み)」 「あからさまに嬉しがるな!」 「そんなことあらへんって(ニッコリ)……ほな、行ってき。ちゃんの傍には俺らがいたるから」 侑士がヒラヒラと手を振る。景吾のこめかみがピクリと動いた。 何か言おうと思ったら、ジローちゃんとがっくんがソファに座って話しかけてきたので中断。 「16日だよな〜。後1週間か……でも、初産って、予定日より少し遅れるってホントか!?」 「そうだねぇ。そう言われてるかも。でも、少しお腹張ってきてるし、意外と予定通り生まれるかもね」 「早く会いたいC〜……絶対絶対抱っこさせてね〜?」 いつまで経っても変わらないこの2人の可愛さに、思わずお腹が大きいのも忘れて思いっきり抱きつきそうになってしまった。危ない危ない……! 侑士となにやら言い争っていた景吾が、ちっと小さく舌打ちをしてこちらを向いた。 「……、なにか体調悪くなったりしたら、そこにいる医者のはしくれに頼れ。少しは使えるだろ」 「……なんやねん、その言い方は」 「少しはテメェも使えるだろって俺様が言ってやってんだ。ありがたく思え。…………じゃ、行ってくる」 「うん。行ってらっしゃい〜」 「……お前ら、ちゃんと見てろよ、コイツが無茶しそうになったら、必ず止めろ」 ……………………。 ……信用ないんだなぁ、私ってば。 景吾がドアを出る寸前、もう1度念を押すように『無茶するなよ』と言い置いて、出ていった。 侑士が振り返って、満面の笑みでソファに座る。 「さて、邪魔者もいなくなったな……ちゃん、今日はどないするん?なんややることあるなら手伝うで」 「んー、特にやることはないんだけど……あ、じゃあさ、お散歩付き合ってくれる?動かなきゃいけないんだけど、午前中お昼寝しちゃったからさー……お腹も張ってるし、やっぱり少し動いとかないとね」 「えーよえーよ。お安い御用やて」 「あ、そしたらさー、新しく出来た自然公園行こうよ〜。今日お天気もいいし」 「あぁ、えぇな、それ」 「でも、歩いていける距離じゃないよね、確か……」 「俺ら車で来とるから、公園までは車で、公園内散歩すればえぇんとちゃう?」 のんびりと侑士がそういうので納得。 確かに、そこまで歩いていく必要はないし……あの公園は大きいから、十分お散歩になる。 「うん、そうだね〜!最近、お屋敷内とか近所しか歩いてないから、いい気分転換になるかも!」 「よしっ、じゃあ行こうぜ!あ、荷物どれだ?持つぞ〜」 「あ、そのクローゼットの横に置いてあるカバン〜……あ、ありがと〜」 がっくんが鞄を持ってくれて、侑士が立つのを手伝ってくれた。 そんなこんなで、公園へ行くことに。 宮田さんたちも、侑士たちがついていてくれるなら、と送り出してくれた。 少し張っているお腹に手を当てて、車に乗り込む。 さぁ、目指す先は、自然公園だ! NEXT |