Scene.6  し事と約束


ハルシェ湖畔に近づくと、桟橋付近でぼんやりとしている女の子を見つけた。
…………ビンゴ。
かなりの落ち込みようだ。見てるこっちまで辛くなる。
…………そりゃそーよね。自分を狙った奴らのせいで、村が壊滅してしまったんだから。
たった1日村にいた私でさえ、あの光景には涙が出てくる。
昨日眠った後にも、何度も炎の熱さと人の死ぬ姿が夢に出てきて飛び起きた。そのせいで、寝坊したって言うのは言い訳だけどさ。
私がそうなんだ、アメルの方がもっと辛い。
きっと、夢にも出てきただろう。泣き叫ぶ村人の姿が。

少し遠くから、アメルに声をかける。

「やっほー、アメル。もう用事はすんだのかな?お隣空いてるかしら?」

はっとしてこっちを見るその顔は、今にも泣きそうに―――あるいは泣いていたように、目が潤んでいた。
それでも、すぐににこりと笑う。見ているこちらが痛々しい笑顔。
私はふっと息を吐き、アメルの隣に行く。

「……アメル……こんな時に、笑わなくっていいんだよ?」

「えっ……?」

「悪い癖だよー?アメルはどんなときも笑おうとするんだもん。大丈夫だよ、みんなアメルが1番不安なんだってわかってるから」

段々と―――段々と、笑顔が失われ、今にも泣き出しそうに眉が顰められる。

「そりゃね、笑顔見せてれば元気になるときもあるけどね?……それじゃ、もう元気になれないくらい、辛い出来事だったでしょ?……たった1日あの村にいた私でさえ、辛かった。……アメルが辛くないわけないじゃん」

「……あたしは、みんなが辛い目に遭った分の10分の1、ううん、100分の1も味わってないんです。みんな……みんな、あたしのせいで……!」

「…………アメル、違うよ……アメルのせいじゃない!」

「でも!」

「…………アメルを連れ去りたいだけなら、他にも方法はあったはず。それでも、あいつらはあんな方法を選んだ。……たとえ、どんな理由があっても、それは許されることじゃないよ。……月並みな言葉しか言えないけど!1日しかいなかった私に言えることじゃないかもしれないけど!……それでも、私に優しくしてくれた村の人たちを殺したあいつらが、憎いよ……」

そして、それを告げることが出来なかった自分が、憎くてたまらない。

―――どうして、ルヴァイドたちの凶行を止められなかったのか。
いや、止められなかったとしても、せめて、あと1ヶ月……ううん、1週間前にでも私がこの世界に来ていたのなら。
村の人たち全員が殺されることなんてなかったかもしれない。少しの人は私の言葉を信じて逃げてくれたかもしれない。
生まれてはじめて、私は本当に、自分自身が憎い。

それでも。

「私は、アメルが生きていてくれて嬉しい。生き残ってくれて嬉しいよ。それはきっと……亡くなった村の方も、1人残らずそう思ってるはず」

ハッとアメルがこちらを見た。

「みんな、アメルを助けたことを後悔なんかしてない。これから何が起ころうと……アメルが生き残ったことが嬉しい、ってのは変わらないはず。私になにが出来るかわからないけど……もしかしたら何にも出来ないかもしれないけど。できる限りのことはしてみせる。だから、さ……もうちょっと、自分を大事にしてあげて?」

……さん……」

「えへへ……こんなことしか言えないけど……ね」

アメルが、少しだけ笑った。微かに唇が上がる。
これがきっと、今の彼女に出来る、精一杯の笑顔。
……本当の、笑顔。

「……帰ろう?みんな、待ってるよ」

そして、アメルにとって、いいことが待ってるはず。

「は、はいっ!」

元気に返事をしたアメルの手を握って、私は屋敷へと足早に戻った。




屋敷の数十メートル手前で、ケイナが慌てたように走ってくるのが見えた。
あれ?とアメルと2人で顔を見合わせる。

「どうしたんでしょう。なんだか慌てているみたいですけど」

「ちょっと2人とも、急いでお屋敷に戻って」

リューグとロッカが帰ってきたんだ!
そのことを知っている私は、嬉しさに顔が緩みそうになったけど、なにも知らないアメルは疑問符を浮かべる。

「どうしたんですか?一体」

「いいから早くっ!」

半ば引きずられるように、ケイナについていく。

「帰ってきたわよ!」

扉を開けて叫んだケイナ。その声に反応して、出てきた顔が2つ。

「心配をかけたようだね、アメル?」

「よぉ……」

「ロッカ、リューグ!?よかった……2人とも無事だったのね?」

「ケガしてるみたいだけど、元気そうでよかった!!」

そう話しているときに、タイミング良くトリスたちが帰ってきた。ロッカとリューグの姿を見て、目を丸くする。

「無事だったんだね〜!……でも、2人ともよくここがわかったね」

フォルテが現れて説明を始めた。

「再開発区のあたりをうろついてたら、偶然出くわしたんだよ。見つけたときは、俺ら以上に、ひでぇ格好になってたんだぜ」

「うるせぇな。なりふりかまってなんかいられるかよ」

「正論だな」

「でも、よくあの連中から逃げられたわね」

ケイナの言葉に、ロッカが笑って答えてくれる。
傷だらけの顔が、痛々しい。

「運がよかったんです。風向きが変わって、火があいつらに向かってくれたから。その隙をついて逃げられたんです」

「はっ、テメェらで放った炎でまかれてりゃ、世話ねぇぜ」

リューグがそう言ったときに、アメルがはっとしたように周りを見渡した。

「ねぇ、2人とも、おじいさんは?」

「村を脱出するときに、僕らとは別れ別れになってしまったんだ。うまく逃げられたとは思う、多分……」

「そう、なんだ……」

「……すまねぇ」

申し訳なさそうにいうリューグに、アメルは2人が無事だっただけで嬉しいよ、と笑顔で答えた。

「大丈夫だよ、アメル。アグラお爺さんならきっと無事だって!!あのムキムキ筋肉はだてじゃないよ!」

「……えぇ、そうですよね!」

「感動の再会は終わったかしら?」

居間のほうから、ミモザが顔を出す。

「積もる話もあるだろうケド、そこの2人はけが人なんだから、続きはまた後で。いいわね?」

そう言ってリューグたちを部屋に導く。アメルたちも、各々の部屋へ戻り始めた。
リューグがふっとこちらを向く。

「よぉ、ちゃんとアメル連れて生き延びやがったな」

「そういうリューグだって、ちゃんと生き延びたじゃん!」

「あぁ…………礼、言うぜ。

「!!!ちゃんと覚えててくれたんだ、名前!」

「…………すぐに忘れるほど、馬鹿じゃねぇよ」

「そっか!…………んふふふふ……」

リューグに名前呼んでもらった〜!!!なんだか、アイドルに名前呼んでもらった気分だわvv←思考的にヤバイ。

「なんだよ」

「なんでもない♪」

ルンルン気分で部屋に戻ろうとする私の耳に、

「……変な女」

リューグの呟きが聞こえた。…………うん、聞かなかったことにしよう♪(超勝手)



しばらくして。
部屋にこもっていた私のところに、バルレルがやってきた。

「どしたの、バルレル」

「呼んでもいねぇお客さんが来たんだってよ。とりあえず、集まれだとさ」

あぁ……イオスが来たんだ。
すっと立ち上がって、居間に行こうとする。
それをバルレルに遮られた。

「?なに?」

「なんでテメェおどろかねェ?」

「え?」

「同じ知らせを聞いたニンゲンは驚いてた。……なのに、テメェはまるで来るのがわかってたみたいだ。…………昨日から気になってたんだ。……テメェ、なにを隠してやがる?」

「隠すって……」

「ごまかすな!」

怒鳴られて、思わず身をすくめた。
バルレルがつかつかと寄ってきて、ぐいっと私を無理やり正対させる。

「…………どーも気になるんだ、なんなんだテメェは」

「なんなんだ、って言われても……」

「本当に、召喚されてきたのか?あの場所に?あのタイミングで?」

「……そうだよ?なにが言いたいの、バルレル」

「テメェも、あいつらの仲間なんじゃねェのか?」

「ッ……本気で言ってるの!?バルレル!」

今のは、傷ついたぞ!?
そして私に怒鳴られたバルレルは、ちょっとつまったように言い放った。

「……じゃあ、テメェはなんなんだよ!」

今度は私がつまる。
……なんなんだよ、と言われても。
むしろ、私がそれを聞きたい。
なんのために、誰が私を呼んだのか。
それがわからない限り、私はこの世界において、ただの(と言っていいかわかんないけど)『未来を知る異邦人』だ。

「だ―――!!!ちきしょう、なんなんだよ、これは!なんでオマエがこんなに気になるんだよ!……それもこれも、オマエが変なニオイだからだ!」

「へ、変なニオイ!?」

私の素っ頓狂な声に、バルレルは我に返ったらしく、はっとした表情を見せる。
ちっと1つ舌打ちをすると、目線を下に落としてぽつりと言った。

「…………オマエのニオイは……少しだがニンゲンのものじゃねェ……異質のニオイがする。それでいて、俺をひきつけるニオイ。……悪魔をひきつけるニオイだ……このニオイ、俺は昔、サプレスで嗅いだことがある」

「…………えぇぇ!?私、あいにくただの召喚獣で、向こうの世界では、ただの人間で、なおかつサプレスなんて行ってませんが!?」

「当たり前だ!ただのニンゲンがサプレスにいてたまるか!……だから、妙だって言ってんだよ」

「あー、そりゃ人違い。人違いだよ、バルレル。気にしちゃいけない。私はただの、ニ・ン・ゲ・ン

「……にしちゃ、変なニオイなんだよ。だから、俺がこんなに悩んでんだろうが!テメェ、なにを隠してやがる!?」

「………………んー、バルレル、私が隠してることは……今は言えないんだ」

「……あ?…………『今』ってどーいうことだよ?」

「……いつか、きっとバルレルには言う。けど、もうちょっと待っててくれる?……今はまだ、私は私自身が許せなくって、気持ちの整理がついてない。それに……私の言葉一つで変わってしまうことがあるんだ。だから、言えない。……っていうか、こんな勿体つけて、私のことを知っても、何の得になるかわからないけど」

バルレルは、私の顔をじーっと見つめると、はぁ〜……とため息をついた。

「……わぁったよ。待っててやる。…………ったく、その時までにくたばんねーよーに、オマエ、俺の傍を離れんなよ。ふん」

「ん。……ありがと、バルレル。ついでに、テメェとかオマエじゃなくて、だからね?固有名詞じゃないと区別つかないくらい、人数増えたし」

「…………わぁったよ、!おら、さっさと行くぞ!」

そう言って背中を向けて走り出す。それでも、速度は私がついてこれる程度。私は、なんだかこの悪魔がとっても可愛く思えてしまった。



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