追いかけられる恐怖感。
あのルヴァイドの殺気が、忘れられない。



Scene.4  夜中の逃走劇



転がるように街道を走り抜けて、少し高台になったところで、私たちは一旦腰を落ち着けることにした。
みんな肉体的にも精神的にも疲労はピークに達していたし、休んでいても、上からなら追ってくる敵を見つけやすいから選んだ場所だった。
アメルは泣きつかれて眠ってしまった。
トリス、ケイナ、レシィもうとうとしている。というか、レシィはすでに微かな寝息を立てていた。
かくいう私は、兜の中から見えたあのルヴァイドの目が忘れられず、こうして起きている。
フォルテが火の中に木を放り込みながら、優しい声音で語りかけてくる。

、寝ておいた方がいいぞ。しばらくしたら、また歩くからな」

「うん………でも、寝れなくって」

微かに笑うと、フォルテがそうかと言って、また木を投げ込んだ。

「……お前も、そうとう運が悪いよなぁ〜……なんでまた、あの場所にあのタイミングで召喚されたんだか」

あう。それを言われると……。
それでも、生きていられるだけでも運がよいと思わなくちゃ。起こっちゃったことを思ってもどうしようもないし。

「もう、起こっちゃったことはしょうがない。……後は、どうするかだよ。……ところで……さ。うやむやのうちに私くっついてきちゃったけど……いいの?」

私の言葉に、ネスとフォルテが顔を見合わせる。

「……あのな」

「え?」

「もしも僕たちが『よくない』とでも言ったら、君はどうするつもりなんだ?」

「ぐっ……ネス……ティってば、するどく痛いところをつくわね……」

思わず『ネス』って言いそうになったわ……。
なんだか『ネス』って、トリスたち以外が呼んじゃいけない気がするのよね。

「他に行くところ、ないんだろ?」

マグナの、優しい声。
行く場所、とどまる場所……何もかもない私は、ほろりと涙が零れそうになった。
あまりにカッコ悪すぎるので、すんでのところでそれをとどめる。

「…………うん」

「………………っだ―――!!!おい、ニンゲン!!」

「うぁっ。ハイ!」

「オメーはなぁ、俺たちと一緒にいりゃいいんだよ!」

と怒鳴ったところで、ボカッとネスにロッドで殴られる。

「バルレル、静かに」

バルレルは、頭のてっぺんを押さえて悶え始めた。
でも、そんな楽しい光景を見るよりも驚いたこと。

「…………バルレルに、そんなこと言われると思わなかった」

主人であるマグナも苦笑する。

「俺もビックリした。……バルレルが、まさか一緒にいろ、なんて言うと思ってなかったし」

その言葉に、顔を赤くしたバルレルが反論する。

「っだー!!!なんだよ、ニンゲン!たしかになぁ、俺は普通はこんなこと言わねぇよ!ただ……」

「ただ?」

「…………特別なんだよ!コイツはよ!」

みんな、目が点。
さきほどよりも顔が真っ赤なバルレルを除いて、はてなマークが宙を舞う。

「特別?私が?」

「…………はっは〜ん……さては、お前さん、に惚れたんだろ?」

フォルテの言葉に、バルレルが尻尾で横っ面をはたく。ぐぽぉっと変な声を上げるフォルテ。

「アホか!違ぇよ!」

「なーんだ、違うのか……」

「って、テメェもがっかりするんじゃねぇ!」

私の方向に尻尾が飛んできたので、慌てて体を後ろにずらす。
やだなぁ、冗談だよ、冗談。

「ニオイが、な」

「え?臭う!?……って、みんなも同じ格好か」

「だから、違ぇって!……なんつーか……オマエ、変なニオイだ。この世界のどんなものでもないニオイ」

「?……まぁ、バルレルが知らない世界から来たんだからねぇ。この世界のどんなものでもないけど」

「っだー!!!俺がいいてぇのはそういうことじゃ……」

ボカッ!

「バルレル。静かに。寝てる人もいるんだからな」

ネス……え、笑顔だけど、目が笑ってないよ……。

「寝てる人っつーけど、お前らもそろそろ本当に寝ないと、マジでそのまま歩くことになるぞ?オレたちが見張りしてるから、安心して寝ちまえ よ」

「……うん……そーだね。倒れたら、迷惑かけちゃうし」

なにより、そうなったときにはきっとネスが怖いし(本音)

「後、どれくらいで出発?」

「そーだな……夜明け前には出発するからな」

ってことは……ホントに少ししか寝れないな。

「でも寝ないよりは少しでも横になった方がいいぜ」

「うん、そーする。……じゃ、オヤスミ」

「あぁ」

地面に無造作にしかれたシートみたいなものの上に私は寝転がった。
寝れないとは思っていたけれど、体が感じていた疲労はそうとうなものだったらしく。
案外あっさりと私は眠りに落ちたのだった。




「…………もう寝息たててやがる。はえぇな」

フォルテがを見て呟いたあと、むっつりと黙り込んだバルレルを横目に見た。

「そんなにが寝ちゃって嫌なのか〜?」

「うるせぇ!ニンゲンごときになにがわかる!」

「そのニンゲンを『特別』って言ったのは誰だぁ?」

ぐっ、とバルレルがつまった。

(……召喚されたんだろうが、あれは紛れもないニンゲンだ。名も無き世界から来たニンゲン。本来なら気にもかけない存在……のくせに、なんだ?このひっかかりようは。アイツから放たれる嘘のニオイか?……少しだが、確実にアイツは嘘をついてる。でも、仕方なくついてる程度の嘘だ。それくらいのレベルの嘘で、こんなに俺が違和感を感じることはねぇ)

「だ―――!なんなんだよ!」

「……バルレル……まだ、わからないようだな?」

ネスティがちゃき、とロッドを構える。
マグナがひそひそとバルレルに耳打ちした。

「ネスって、怒るとちょーこえぇから、静かにしろって」

マグナの言葉を無視して、バルレルは思考を続ける。

(何百年も前に……似たようなニオイを嗅いだことがある気がする。どこでだ?こんな不思議なニオイ、忘れるハズがねぇ……)

ぐしゃぐしゃと自分の髪の毛をかきむしる。
フォルテは、処置なし、と両手を肩まで挙げた。

「…………バルレル、何に悩んでるかわかんないけど……とりあえず、寝てみたらどうだ?スッキリして、案外解決するかもよ?」

「…………テメーはお気楽でいいな、ニンゲン」

「どーいう意味だ?」

それに答えることもなく、バルレルはの隣にバタッと横たわった。

「もう寝るぜ。んじゃーな」

言うと同時にいびきをかき出す。

「…………なんだかんだいって、の隣に寝るあたりが、怪しいよな」

フォルテが誰にでもなく呟いた。





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