Scene.38 走り続ける理由 村を出たのはまだ日が暮れる前だった。 だけど、街道を走る私たちを包むのは、闇。 男2人が急ぎ足で駆けていくのを追いかけるのに、精一杯な私。 ともすればカクンと倒れてしまいそうになる足に、ぱちん、と渇を入れながら息を荒くして後を追いかけた。 「少し……休もうか?、疲れただろう?」 ロッカの言葉に、プルプルと頭を振る。 一刻も早く着きたいのは、彼らなのだ。 ただでさえ、私がいることで大幅に時間がかかっている。 これ以上迷惑はかけたくない。 「大丈夫だよ。ファナンについたら、めいっぱい休むから。それに、もうすぐ着くだろうし」 だから、走ろう?と促すと、ドッと何かに突き当たった。 痛む鼻を押さえて、私はぶつかった障害物―――リューグを見上げた。 「リューグ?」 「…………ちょっと、着くのが遅れそうだな」 斧を構えて、リューグは私をかばうように前に立つ。 ロッカもいつの間にか槍を持って、私の背後に立っている。 「あと、少しだっていうのに……」 闇の中から出てくるのは、その闇に溶け込むくらい、真っ黒な軍団。 …………黒の旅団だ。 「…………村の生き残りとは……しぶとい奴らもいたもんだぜ…………」 先頭に立ってるのは―――いつぞやの、いけすかない脳みそ発酵した兵士。 「人質の女も一緒か…………まぁ、いいか……人質の1人や2人、殺しちまっても支障はねぇだろ……」 あまりにもその声音が冷たかったら……不覚にもぞくりと背筋があわ立ってしまった。 リューグとロッカが後ろ手に回した手が、柔らかく体を包む。 私は、少し安心して―――戦いに身を備えた。 生憎だけど……ポケットに入っていた木の実は、すべてアグラお爺さんに渡してしまった。 武器なんて私は扱えないし。 ……………出来ることは、リューグたちの邪魔にならないように逃げるだけ。 「…………絶対、オレらの傍から離れんなよ」 斧を振るいながら、リューグがそう呟く。 相手は10人ほど。リューグたちが攻め込むまもなく、向こうから襲いかかってくる。 その場に足止めされたまま、リューグとロッカは闘っていた。 なにか……私にも出来ることは……ッ! ハッ……といつもとは違うポケットがふくらんでいることに気づいた。 『これなら君にも扱えるだろう』 ネスティの声が蘇る。 「………………あっ!」 ポケットを探って、出てきたものが、予想通りの透明な石であったことに安心し―――そして、自分の能力を思い出して、不安になった。 私の能力は、召喚術を無効にするもの。 …………もしかしたら、召喚術自体、発動させることが出来ないんじゃないのかな? でも、迷ってる暇は無い。 私は覚悟を決めて、後ろの方でニヤニヤ笑っている、いけすかない兵士を睨みつけた。 口の中で、ブツブツと呟く。 呪文の詠唱は、ネスティやミニスが言う言葉をそのまま真似した。 「…………が命じる、ロックマテリアル!」 ぶわっと大きな岩が空中に現れて、ドンッと砕け散りながら兵士を直撃する。 破片がパラパラとこちらに飛んできた。 「!?」 「は、はは……発動できた…………っ……」 すごく……疲れたけど。 「…………リューグ、このまま少し人数を減らしたら、町に向かって走るぞ」 「……あぁ、町に入れば、こいつらだって追ってきやしねぇだろ。……、わかったか?」 「うん、わかった……私も、もう1発、やってみるね……っ」 召喚石に握り締め、もう1度集中する。 呪文を唱えながら、1番効果がありそうな相手を探す。 町の方向で、なおかつ召喚術に弱そうな、いかにも直接攻撃型の兵士に狙いを定める。 ちょうど、リューグとロッカの2人が周りの兵士を払いのけた。 「……ロックマテリアル!」 ドンッと岩が落ちてきたのを見て、私たち3人は走り出す。 「追え!逃がすな!」 後方で、兵士の声がする。 私は、走りながら、途切れ途切れにもう1度詠唱をする。 息が続かないから、唱えるのにちょっと時間がかかったけれど、それでも唱え終えると同時に振り返って、私たちのすぐ後ろ―――誰もいないところへ放った。 鈍い音がして、地面がえぐられる。 土煙がたち、向こうの姿が見えなくなったので、きっと向こうからも私たちが見えなくなったことだろう。 これで、少し時間が稼げる―――。 褒めるように、ぽん、とリューグの手が頭に乗っかる。 私は、透明な召喚石を握り締めたまま、ひたすら、走り続けた。 どれくらい走っただろう。 ファナンの灯りが大分大きくなったところで、突然カクンと膝の力が抜けた。 ザザッと膝から地面に転がる。 「!?」 「いたた……っ……だ、だいじょぶ……ッ……」 立ち上がろうとしたところで、ふわっと浮く感覚。 気がつけば、ロッカの顔が目の前にあった。 こ、こりは……お姫様抱っこ!? 「ろ、ロッカ!?」 「すみません、無理させてしまって……街までもうすぐです。このまま行きましょう」 このままって。 お姫様抱っこのままですか――――――!!!(大絶叫) 「いや、でも重いし!大丈夫!まだ走れるから〜〜〜!!!」 「膝、血ぃ出てんぞ。……いーからここは、ロッカの野郎に甘えとけ。……コイツ、見かけによらず、結構力あるから」 それは知ってるけども〜〜〜!! 「もうすぐファナンだ。それまで辛抱しろ」 辛抱って何にですか!? ケガにですか? 疲労にですか? ロッカのアップに萌えることですか!? 辛抱できるか、不安だぁぁぁぁぁぁっっっ!!! 「……待てッ!」 街まで後、ほんの数百メートルってところで、後ろからかかる声。 ……追いつかれたみたいだ。 リューグが斧を構えて、私とロッカの前に立つ。 そっとロッカが私を地面に下ろした。 「しつけー奴らだなっ!」 リューグが切りかかるけど……無謀すぎる。 ここは下手に応戦するより、逃げたほうが無難だ。 「リューグ、下がって!」 持っていた召喚石を握り締める。 だけど。 ふとロッカの手がそれを押さえた。 「ダメです……ッ……それ以上召喚術を使うと、極端に疲労します!下手したら、命に関わる……!」 ……今、私がもしもゲームに出ていたら、まさしくMP0の状態なのだろう。 ゲームでは、MPが足りなかったら召喚術が行えないけど……今の私は、少し無理をすれば行えるんだ。 それが、現実。 ロッカもリューグと一緒になって、槍を振るうけど、2人ともところどころ痛めているのがわかる。 回復手段がないんだ。今、まともに戦えて、致命傷を負っていないことだけで、奇跡に近い。 でも、このまま戦い続けたら、危険だ。 「ロッカ……倒れたら、ごめん……ッ」 倒れた後は、まかせた。 「さん!?」 「…………ロックマテリアル!」 ドカンと大きな音が鳴って、先ほどより大き目の岩が落ちてきた。 そこまでで、記憶は途切れてる。 NEXT |