Scene.37  しき故郷


「久し……ぶりだな……」

リューグが、生い茂る草を掻き分けながら呟いた。
かつては多くの人が行き交いしていた道―――……今はもう、微かに残る獣道のような、道なき道を私たちは通っていた。

こんな山道に入って、もうずいぶん経つ。
そろそろ…………着くころだろう。

道が、開けてきた。
草が若干、姿を消していく。
そして―――。

「………………え?」

ロッカが不思議そうに声を上げた。
村が一望できる場所に来た私たちは―――村の中が、キレイに整理されているのを見て驚いた。

火事で焼けた家こそそのままだけれど、無惨に殺された村の人の姿が……1人も、見えない。

リューグがまず、走り出した。
ロッカが私の手をひっぱってそれを追った。

向かう先は、焼けずに残っていた、アグラ家。


「…………ッ……ジジィ!」


リューグの叫び声が聞こえた。
まだ、私の位置からは、おじいさんの姿が見えない。
ロッカと一緒に、リューグの声がしたほうへ。

そして―――。

「………………おじいさん」

痛々しげに、その身体に見える傷は、相当な数。
きっと動くたびに激痛が走るはず。
でも、おじいさんはその身体を酷使して、石を運んでいた。

「…………お前たち…………」

レルムの村の生き残り―――アグラおじいさんは、

確かに、そこに、いた。




アグラ家へとりあえず行った私たちは、今まで起こった出来事をかいつまんで説明した。
アグラおじいさんも、黒の旅団との戦いのことや、村に戻ってきてからのことなどを教えてくれた。

旅団を振り切って、この村へ帰ってきたこと。
満足に動くことができなかったが、埋葬を始めたこと。
いつかリューグたちがこの村に立ち寄るだろうと、待っていたということ。

ひとしきり話し終えたところで、アグラおじいさんは、大きく息を吐いた。

「………………そうか…………やはり、ワシ1人では引き付けきれんかったか……にも苦労かけたな」

「そんな!アグラお爺さんがいたから、無事にゼラムまでつけたんだと思うし!」

「そう言ってもらえると、ワシとしても気が楽になる」

アグラお爺さんはフッと笑い、そして、大きく大きく息を吐いた。

「………………ところで、あの子……アメルはどうしておる?」

「元気ですよ。……お爺さんのこと、とても心配してます」

ロッカの言葉に、お爺さんは「……あぁ」と顔を伏せた。

「…………ワシは……ワシはあの子に心配されるような人間ではないというのに…………」

「…………どういうことだ、ジジィ」

ややキツめのリューグの言葉。
ピリピリとした雰囲気に、私は所在なく立ちすくむことしかできなかった。
―――やがてお爺さんは、絞り出すように………喉の奥から、小さな声を発した。

「…………………あの子は、ワシが………………ワシが拾ってきた子なのだ……」

「なっ!?」

「ワシはあの子の祖父などではない…………むろん、親などどこにおるのかもわからぬ」

ヒュッ……とロッカの息を呑む音が聞こえた。

「………今まではそれを隠してきた。……だが…………もはや、それもできまい」

村が襲われた理由。アメルの持つ『聖女』の力。
……アメルの出自を隠し通しながら、それらを語ることはいまや不可能だ。

「…………アメルに……話すんですね……?」

私の呟きに、アグラお爺さんは1度目を見張り……そして、肯定した。
突然の告白に、リューグとロッカも、信じられないといった表情だ。
長いこと、この家で暮してきた家族。…………リューグやロッカとはまったくの赤の他人だったアメル。
それが、この祖父とも他人だったとは。

「…………いつかは言わなければ……と思っていた。だが、こんな形で知らせることになるとは…………」

そこで言葉を切ると…………お爺さんは自らを嘲り、笑った。
そしてポソリ、と

「ワシの、これまでの行いの所為かもしれぬな……」

「おじいさん…………」

うつむいたお爺さんは、絞り出すように声を紡いだ。

「…………お前たち、すまぬが1度街に戻って…………あの子を……アメルをここへ連れてきてはもらえまいか?」

「え?」

「…………ワシはもうしばらく村の片づけをせねばならぬ。…………それに、あの子の生い立ちを話すのには…………この村……この場所で……」

彼女が育ってきたこの村で。
彼女のこれからを変える―――運命を告げることになるのだから。

「そうですね…………」

「本来なら、ワシが行ってあの子を連れて来たいのだが……」

「お爺さん、これ以上、無理しないでください。…………その傷じゃ、歩くのも本当は辛いくらいじゃないんですか?」

私の言葉に、お爺さんは目線をそらした。
身体を酷使してるからだと思う。お爺さんの身体に巻かれた包帯は、ところどころ血がにじんでいる。傷が治るまもなく、無理なことをするから、傷が開くのだろう。
…………経験上語れば、治りかけの傷が開くほど、痛いことはない。

「お爺さん、ここは僕たちに任せてください。…………リューグ、。出発しよう」

腰を浮き上がらせたロッカに、だが、とリューグが静かに外を見ながら言った。

「今からこの村出たんじゃ、街に着くのは真夜中だろ?夜に外に出るのは危険だ。それよりも、今日はここに泊まった方がいいんじゃねぇか?」

「確かに……黒の旅団の見張り兵も、まだウロウロしてるかもしれないし」

「でも…………なるべく早くあの子に知らせてやらなければ。……なら、リューグたちはここに残っていて、せめて僕だけでも街に……」

槍を持ち、支度を整えるロッカ。それを見たリューグも立ち上がって、斧を手に取った。

「…………しょーがねぇな、そこまで言うんなら、付き合ってやる。…………、お前はどうする?ここに残るか?」

私は、リューグの言葉に首を振る。

「私も戻るよ。みんなに何にも言わずに出てきちゃったし」

「よし。…………そんなわけだ。ジジィ、行ってくる」

「あぁ、すまないな。……くれぐれも、気をつけてな」

「はい。…………さぁ、行こうか」

足早に家を出て行くロッカとリューグ。
それを追う前に、私はアグラお爺さんに、向き直った。

?」

「あの、これ……」

私は、ずっと持っていたものを渡す。

「…………これは……」

コスモスに似た、ピンクや白の花。
村へ来る途中に、花が群生しているところを見つけて、摘んできた。

「途中で摘んできて…………ずっと持ってたから、ちょっと萎れちゃったんですけど。…………村の人たちに」

アグラおじいさんはゆっくりと微笑んでくれて。
私の手から花を受け取ってくれた。

「ありがとう」

それから、と私はポケットをゴソゴソ漁る。
着の身着のまま来てよかった。ちゃんと、入ってる。

「これ、キッカの実です。少しでも、傷が癒せれば」

ポケットに入っていた全ての木の実(それでも3個しかなかったけど)をお爺さんに渡した。

「優しい子だな、は。…………ありがたく、使わせてもらおう」

受け取ってもらえたことに私は、安堵の息をつく。

「よかった。…………それじゃ、行ってきます」

私は、扉の外で待ってるだろうリューグたちを追って、急いで家を出た。



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