Scene.32  町の喧騒


トライドラでの悲しい出来事を越え―――私たちは、ファナンへと帰ってきていた。

初めて見るファナンは、なんというか……とにかく、活気に溢れていた。
ものすごい勢いで、野菜を売っているおっちゃんとか、はたまた、それと同じくらいすごい剣幕で値切っているおばちゃん。
どけどけどけ〜〜〜!と、荷馬車を疾走させている兄ちゃんに、笑顔ながらも、手だけはすごいスピードでチラシを配るお姉さん。
道は花などでキレイに飾られ、店のところどころに色々なポスターが貼ってある。
歩いている人たちの顔は、みんな輝いていて。ゼラムよりも、人々が生き生き生活している気がした。

「うわぁ〜…………すごいねぇ〜」

思わず、呆けて、値切り競争をしているおばちゃんたちを見つめてしまった。

「あぁ、そうか……はファナンは初めてだったな」

「うん…………わぁ〜……あんなところでも値切ってるよ……」

「ファナンでは珍しくない光景だよ。さ、あたいの家はこっちさ」

モーリンについていきながらも、私はところどころ目を奪われた。
みんなが話しているのを聞いていれば……どうやら、もうすぐ祭りらしい。
豊漁祭かぁ……私も絶対行こうっと♪

「そう言えば、。キミ、召喚術が効かないってどういうこと?」

ルウの疑問に、カイナやカザミネさん、モーリン、レナードさんたち、私がさらわれて以降に会った人たちが同調した。

…………でも。
どういうことって言われても……説明できないんですが(汗)

「んー…………よくわかんない……ん、だけど……」

困っていると、ネスティが助け舟を出してくれた。

「……半魔の水晶の強化版みたいな能力だろう。…………元々、は名も無き世界からの召喚獣だからな」

え?とみんなの表情が固まった。

「そうなの?

「あ、うん……でも、誰が呼んだのかわからないんだ。…………んで、マスターを探すためにも、マグナたちと一緒に旅させてもらってるの」

「そうでござったか…………しかし、名も無き世界から来たとは……まさしく、サイジェントの殿と同じでござるな」

「サイジェントにいるさん、って方も名も無き世界から来たんですか?」

「えぇ」

にぃっこり笑うカイナさん。
…………ん〜?召喚獣なのかなぁ。誓約者じゃないだろうし…………。
あの、と口を開きかけたところで、レナードさんが驚いてタバコを落としながら、私の肩をガックンガックン揺さぶった。

「ってことは、なんだ。お前さんも、名も無き世界から来た召喚獣だって言うのか?…………つーことは……ロス……アメリカのことも知らねぇか!?」

ガックンガックン揺らされてるから、まともに答えられないっつの!!!

「れ、レナー、ドさ……は、はな………し……」

「お、おぉ、すまねぇ……」

私は、深呼吸をしてから、レナードさんに向き直った。

「アメリカなら知ってますよ。私は、日本から来たんですもん」

レナードさんが、くぅぅぅぅ、と拳を握った。

「ようやく対等に、向こうの世界のことを話せるヤツが!日本っつったら、フジヤマだな!」

「アメリカって言ったら、自由の女神ですね!」

おぉぉぉ、となにやら感動して、私の頭をグリグリなでる。

「盛り上がってるトコ、悪いんだけどね。さ、着いたよ」

「へ?」

気がつけば、馬鹿でかい門の前。
うおぉぉぉぉ!!!
祝☆モーリン宅にだーいせーんにゅーう!(大潜入)

「えへへ…………ただいま〜!」

アメルやトリスが嬉しそうに、門をくぐっていく。
家というものを持ったことのない、トリスやマグナ。そして……家というものを失ってしまった、アメル。
2人にとって、ここは新しい家なのだろう。

でも、まだ私にとっては初めまして、な家。門を潜り抜けて、小声で、お邪魔します、と呟いた。

「えーっと……トリスたちはこの前の部屋で……他はどうすんだい?」

「シャムロックは俺の部屋でいいんじゃないか?」

「カイナちゃんは、私の部屋に来ない?」

フォルテとケイナさんの言葉に、シャムロックさんもカイナさんも頷く。特に、カイナさんは嬉しそうだ。

「それじゃ、ルウさんは私の部屋に来てください♪」

アメルの申し出に、ルウも嬉しそうに頷く。

は…………」

「コイツは俺の部屋でいい」

当然のように言ったのは…………やっぱり、バルレル。

「…………えーと…………部屋はあるんだし、別々でもいいんだよ?」

モーリンの言葉はすっごーく、もっともだと思う。

一般常識的に…………そろそろ年頃の男の子(っつっても、中身の年齢は大したものらしい悪魔だけど)と、まぁ、一応年頃の女の子(私のことよ!?)が一緒の部屋、というのは考えられないことなんだろう。

「いや、一緒でいい」

頑固に譲らないバルレル。

もそれでいいのかい?」

「あ、うん。私はいいよ。ずっと一緒だったしね」

「最初のころ、バルレルが、マグナたちのあまりの寝相に、逃げ出したんだったな?」

ネスティの言葉に、トリスとマグナが、むぅ、と唇を尖らせた。

「じゃ、とりあえずは荷物を置いて…………各自自由行動でいい?」

マグナの言葉に、反対する人がいるわけもなかった。



部屋に戻って、まず、ベッドに飛び込んだ。

「つ、かれた〜〜〜…………」

「ケッ、体力なさすぎなんだよ」

「剣士たちと一緒に、か弱い乙女が歩いてるだけですごいって誉めてほしいわ……」

フォルテとかシャムロックさんとか……ほんっと、歩くの速いんだから。
なんだかんだいって、トリスやミニスとか召喚師も体力もあるし、アメルは森育ちだから、歩くのには慣れてるらしい。
………………やっぱり、私も体力づくりとかしようかな…………(汗)

「……イ。オイ!きいてんのか、!」

「へ?」

バルレルの怒鳴り声に、一気に現実へと引き戻させられた。

「……聞いてなかったな……」

「あぅ……スミマセン…………」

「……一休みしたら、出かけるぞ」

「?なんで?」

「テメェ、自分の格好見てみろ!色んな染みがついてて、汚ねぇにもほどがあるぞ!?」

マジマジと、自分の服装を見る。
…………確かに、泥の汚れが抜けきってないし……リゴールさんの微かな血の染みとかついてて、本当なら白いはずの服が、なんとも微妙な色になっている。

「…………おぉう。すごいな、こりは」

「ニンゲンどもも、行くところがあるみてェだし、それに便乗するぞ」

「んー、いいのかな?」

「いいんだよッ!〜〜〜だー!!!休む気がねェんなら、このまま行くぞ!!」

ぷんぷん怒って、部屋から出て行ったバルレルを追いかけて、慌てて部屋を飛び出した。




トリスたちは、シャムロックさんを連れて、金の派閥へ行くらしい。
私は、思いっきり部外者なので、遠慮したんだけど…………黒の旅団に捕まってたから、という理由で、一応連れて行かれることになった。

「ねぇ…………ホントに、私が入っていいの?」

「いいのよ。はデグレアの件の、重要な証言者だもの」

ミニスの言葉を聞きながらも、やっぱりビクビクとおびえながら、私は派閥本部へ入った。
あぁ…………きらびやかなロビーが、一般Peopleの私を拒んでるわ!!!

「よく来てくれましたね。…………さぁ、こちらに座って」

ファミィさんは、私たちを見ると、にこにこ微笑んでソファーを勧めてくれた。

「あなたが、ちゃんね?」

「あっ!は、はじめまして、です!」

慌てて頭を下げた私に、ファミィさんも丁寧に頭を下げてくれる。

「はい、はじめまして。ファミィと申します」

「私のお母様なのよ」

ミニスが自慢げに言う。…………改めて、2人を目の前にして見ると…………似てるなぁ〜。ふわふわの金髪とか、色素の薄い金色の瞳とか。

「さぁ、少しお話を伺ってもいいかしら?」

「え、あ、ハイ!私にわかることだったら……」

「ふふ……そんなに緊張しなくてもいいのよ?そうねぇ……」

ファミィさんは、黒の旅団について、数個、質問をしてきた。
どれくらいの人数だったか、とか、どこらへんに留まっていたか、とか。
でも、ハッキリ言って、私にはわからないことばかりだった。
大体、ルヴァイドのテントにいたか、もしくは、軍医さんのテントにのみいたからね。
兵士たちは訓練とかに行ってて正確な人数は把握できなかったし、どこに留まってた、って言うのも、地理に疎い私には、全然わからないこと。

申し訳ない気持ちでいっぱいになって、何度も何度も謝ってると、いいのよ、とファミィさんがにこやかに言ってくれたので、少しだけ気持ちが軽くなった。

だけど、ふと思い出したんだ。

キュラーとガレアノ……そして、その前にはビーニャが、どうやら『私』に対して敬語を使っているということを。

「あの……」

「なぁに?何か思い出した?」

「大した、コトじゃないのかもしれないんですけど……あの、ガレアノとかキュラーとか……が、私のこと、どうも、知ってるみたいで……あぁ、なんて言ったらいいのかな……なんか、敬語……使われてるんですよ、私」

「……そう言えば、キュラーもガレアノも、あの時『この方が』とか言ってたわ」

トリスの言葉に、私も頷く。
……それがなんなのか、と聞かれれば答えようが無いけど、どうにもひっかかる。
黒の旅団で捕まっていた、ということが、仮にあの悪魔たちに知られていたとしても、決して敬語の対象にはならないだろう。たかが小娘1人。彼らは、私の何に対して敬語を使っているのだろう。

「まぁ……確かに、それはちょっとおかしいわねぇ……でも、今の段階ではどうとも言えないし……しばらく、様子をみるしかないでしょうねぇ」

気になるといっても、私たちがここで何を考えても仕方が無い。
私は、ファミィさんの言葉に頷いた。

「じゃあ、ちゃんへの質問はこれで終わりにして……シャムロックさんは、会議室へいらしてくださいな」

「承知いたしました」

シャムロックさんが、違う部屋へ消えていくのを見送って、さぁ帰ろう、ときびすを返したところに、ファミィさんから声がかかる。

「そうそう。……ミニス。ケルマちゃん、まだあなたのこと狙ってるみたいよ?」

「えぇぇぇぇ!?」

「もしも、戦うようなことになったら…………マーン家の名に恥じない行動をとること。わかった?」

「ハ、ハイ…………………」

「それじゃ、また」

パタン、と扉を閉めたファミィさんを、今度こそ見送って。

「うぅぅぅぅぅ〜!!!、トリス、マグナぁ〜〜〜。どうしよぉぉぉぉ」

「はは、はははははは…………」

私たち3人は、顔を見合わせて笑うしかなかった。




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