あまりの疲労感に

これから起こることに対する緊張とか

全部すっとばして眠りに入ってしまった

それでも

この騒ぎに目を覚まさないほど、鈍くはない。



Scene.3  った温もり



ドーン……ッ……!
何か大きなものが倒れる音がして、目が覚めた。
一緒の部屋で寝ていたトリスとケイナも起きたようだ。

「な、なに!?」

「ちょっと!なにか燃えてるわよ!?」

ケイナの言ったとおり、窓の外に見えるのは紛れもない、炎だ。
それも、焚き火程度のものじゃない。あれは、火事……だ。

ドンドン!

「おい、トリス!?起きてるか!?」

「お兄ちゃん!?」

「…………開けるぞ!?」

「う、うん!」

慌ててみんなで服を整え、寝癖気味の髪の毛を手で梳く。
どやどやとネスティ、マグナたちが入ってきた。後ろでレシィがしくしく泣いている。

「なんで村が燃えてるの!?」

「アグラお爺さんたちは?」

みんな動揺しているので、情報を求めて様々な質問が飛び交う。
いち早く荷物を整えたトリスが、マグナに向かって聞いた言葉を耳にした。

「いないみたいだ。ロッカたちも見当たらない」

支度できた私たちは、すぐにアグラ家を出る。
―――家を出てすぐに感じたのは、すさまじい熱気。
真っ赤になって村を焼き尽くす炎。

みんな、唖然として最初は声も出なかった。
そして、臭ってくる『異臭』

「…………た、助けてくれぇ!…………ぎゃあぁぁぁぁ!!!」

遠くから、叫び声が聞こえる。普通の叫び声じゃない。
これは。

断末魔の、叫び、だ………。

「何よあいつら……無抵抗の人たちになんてことしてるのよ!?」

涙でにじむ視界で、あたりを見回す。

「なにやってるの!?早く……!」

ケイナに手を握られて、私は走り出した。
頬を掠める炎、身を焦がすような熱風。

ところどころに、倒れる……人間。

「……あ……ッ……」

中に見知った顔を見つけて―――、私は立ち止まろうとした。
昨日、一緒に話していた人だ。

ぶわっと出てきた涙。
駆け寄ろうとしたら、ネスティに思い切り手を掴まれた。

「バカか、君は……ッ!」

「でも……ッ……」

「もう、死んでる……君まで、死にたいのか!?」

「…………ッ…………」

死にたくない!
―――そう、叫びたかった。
でも、それを1番感じていたのは。
まぎれもない、この人たちだろうに。

初めて、『憎しみ』というものが湧いた。

ゲームをして、ルヴァイドたちの苦しみとか、そーいうの、わかってたつもりだった。

でも。

…………こんなの……ッ、許せないッ!!

立ち上る黒い煙の中から、見える人影。
小さい影はアメル。その他のは……旅団兵だ!

「連行しろ」

「いやぁ!」

アメルの悲鳴に反応するように、トリスたちが飛び出した。
ギィン!と金属のぶつかりあう嫌な音がする。

「……アメル、大丈夫!?」

「トリス……さん……。……あなたは……?」

近い位置にいたアメルを、私は引き寄せて、兵士から隠すようにした。
アメルとは初対面だけど、味方ってことはわかっているみたいなので、素直に私の影にいる。

「女の子を力づくでどうこうしようって根性、気にいらねェなぁ」

「どういうつもりか知らないけど、この子は渡さないんだから!」

「……アメル……後で挨拶なり何なりするから、とりあえずは私から離れないで!」

「は、はいっ!」

すぐに、周りにいた兵が散開する。
慌ててこちらも、戦闘体制に入った。

ケイナが弓で上から兵士を1人倒す。
フォルテとマグナが弓兵を力づくで倒した。
固まってみんなが降りると、待っていた兵士をネスティが召喚術で、バルレルが槍で止めをさした。
レシィは震えながらも、必死に私とアメルの前に立って、迫ってきた兵士を倒してくれた。
召喚兵が放ったロックマテリアルにふらふらになったフォルテを、アメルが聖女の力で癒し、最後は、マグナの一撃で、戦闘は終了。

「いったいなんなのよ、この連中!」

「わからん……だが、そこにいる彼女を狙っていることだけは間違いあるまい」

「アメル、無事か!?」

不意に聞こえた声に、アメルが反応する。
炎の影から現れたリューグはすぐに私たちの方へやってきた。

「お前たちが、この連中からアメルを守ってくれたのか?」

「まぁ、一応はな」

「そうか……」

リューグが、お礼を言いたいような、複雑そうな顔を見せる。

「ねえ、リューグ。村の人たちは……みんなはどこにいるの?……みんな、ちゃんと逃げられたんでしょう?そうなんだよねっ!?」

「…………」

私も、アメルと同じような幻想を抱いていた。
もしかしたら……って。

それでも、返ってきた沈黙は、その考えが甘かったことを意味していて。

「うそ……」

「あいつら、1人残らず殺しやがった……女も子供も、病人でさえも!」

ザッ……と大きな黒い影が現れた。
漆黒の……ドクロを思わせる、大きな兜。

「ほう、こんなところに隠れていたのか……ずいぶん手間がかかるとは思ったが、まさか冒険者ごときに遅れをとっていたとはな」

スラリと抜かれた剣が、炎の光を浴びて、妖しく揺らめく。

「無駄な抵抗はよせ。抵抗しなければ、苦痛を感じるまもなく全てを終わらせてやろう」

ゾクリ、と悪寒を感じたのは、私だけじゃない。恐怖に足がすくんだ。
…………レベルが違いすぎる。
かないっこない。
それでも、リューグが動いたのは、彼の憎しみが恐怖を上回ったからだろう。

「ふ……ふざけんじゃねぇ!」

斧を振りかぶって襲い掛かったリューグ。それでも、ルヴァイドはすっと片手を動かしただけで、リューグを跳ね飛ばした。

「リューグ!?」

「なんて野郎だ…片手で、あの小僧の斧をはじきやがった……」

「くっそぉっ……!」

「我々を邪魔するものには、等しく死の制裁が与えられる。例外は、ない」

ギラリと光った剣。熱で乾燥した肌がチリチリと痛む。
ゆっくりと近づいてくるルヴァイド。

「うおぉぉぉぉお!!」

ガキィン!

突然、躍り出た影。

「なに!?」

「アグラおじいさんっ!」

「無茶だ!」

おじいさん!と叫んで、アグラ爺さんの方へ駆け出そうとするアメルを、私たちは必死でとどめる。
この小さな体にどこにそんな力があるのか―――いや、彼女のお爺さんへの想いの力か―――私とトリスはそれこそアメルの両手を思い切り掴んでいた。引きずられるような力の強さ。

「……離して!お爺さんが、お爺さんが……!!」

「わしの家族を殺させてたまるものか…命の重みを知らぬ輩に、好きにさせてたまるものかあぁぁ!!」

ギィンっ!

「ぬぅ……!」

「みなさん、早く逃げてください!」

「ロッカ!?」

「あいつは僕たちがここで食い止めます。ですから……アメルを!その子を連れて逃げてください!」

「あたしはいやです!おじいさんたちを置いて逃げるなんてできません!」

「聞き分けのないこといわないで!あなたが逃げなくちゃ、あの人たちがしたこと全部が無駄になるってわからないの!?」

ケイナの説得に、ロッカが優しく笑ってアメルに言い聞かせた。

「大丈夫だよ、アメル。ちょっとお別れするだけだから。必ず迎えに行くから、先に行っててくれ」

「おい!お前!そこの女!」

リューグの声。それがどうやら私を指しているらしいことに気づく。

「わ、私!?」

「絶対に生き延びやがれ……アメルを連れて!……オレは、テメェの名前すら知らねぇんだしよ!」

自己紹介、してなかったっけ……?
間抜けな疑問を頭から振り払い、私はアメルの手をぎゅっと握った。

「……だよ!今度会ったとき、名前呼ばなかったら、怒るからね!」

リューグがにや、と笑った気がした。

フォルテがこっちだ、と呼ぶ声がする。

「行けぇ!」

リューグの声に弾かれるように、私は、アメルを連れて走り出した。

「ロッカ!リューグ!おじいさぁぁん!!」

アメルの悲痛な叫び声が、心に突き刺さった。




NEXT