Scene.29 森の中の一軒家
「〜、バルレル〜、そろそろ起きて〜」 バルレルは、扉の向こうから聞こえる声に、意識を覚醒させた。 ぼんやりと目を開いて、目の前に少女の寝顔があることを確認すると、知らず知らずのうちに吐息が漏れた。 頬に張り付いた髪の毛をそっと外してやりながら、ゆさゆさと肩を揺さぶった。 「オイ、……」 寝起きのあまりよろしくない彼女は、うっとおしそうに眉を寄せて寝返りを打った。 そんな仕草すらも、懐かしくて愛しくて。 だが、その幸福感に酔いしれているわけにもいかない。 窓から覗く太陽は、もうすでにかなり高い位置にまで上っていて、今が一般に『朝』と呼ばれるような時間帯ではないということを示していた。 戻ってきた安心感に加え、度重なる疲労感からか、ついつい寝過ごしてしまったらしい。 「オイ……」 彼にしては、珍しく。本当に珍しく、優しく呼びかけた。 「オイ、そろそろ起きろ……」 コロン、と寝返りを打って、もぞもぞと布団にもぐりこむ。 「……んー?…………ルヴァ……ド、もー……ちょっと……先、起きてて……いいから……」 ピキ。 バルレルの額に青筋が浮かんだ。 次の瞬間、盛大に布団を捲り上げて(正確には蹴っ飛ばして)怒鳴った。 「テメェ、今までどーいう状況で寝てやがったァ!?」 「んぁ?…………あー、バルレル……おはよう……そしてオヤスミ」 「オイ、コラ!起きやがれ!」 寝起きでボーっとする頭を抱えながらも、はバルレルが怒っていることに気づいたらしい。ぱちぱちと2、3度目を瞬かせて、口を開いた。 「…………バルレルさん……?…………なにか、怒って……」 「なにか、じゃねェ!…………テメェ、今までどんな状況で寝てやがった!?まさかとは思うが、ルヴァイドのヤロウと寝てたんじゃ……!」 「うっ……あ、あれは……ルヴァイド、がムリヤリ…………」 「ムリヤリもクソも……相手は20代の男だぞ!?ちったぁ、身の危険ってもんを考えろ―――!」 「うっひゃあぁぁ!?な、なにそんなに怒ってるのさー!?大体、バルレルだって性別で言えば男じゃん!?」 「そっ…………れは、そうだが……」 (これは…………意識されてんのか?) ドキドキと激しい動悸をはじめた心臓。 「ちびっ子だけど」 ブチィ。 「テメェェェェ!!そのちびっ子に甘えまくってんのはどこの誰だァァァ!?」 あはははは、と笑う。 毒気を抜かれて、ため息をついた。 「バルレル?」 「…………ハァ……オマエ……ほんっと、危機感ねェのな…………」 「は?」 間抜けな顔に、バルレルはイタズラを思いついた子供のように唇の端をクッと上げた。 をトンッ、とベッドに押し倒して、手を拘束した。 「ば、バルレル?」 「こーされたら、どーするツモリだ?」 「えと……?」 困った顔。 バルレルは、ククク、と実に悪魔らしい笑顔を浮かべ。 チュッと音を立てて額にキスをした。 「☆%#$+@*!?」 ケケケケ、と意地悪く笑うと、ピョンとベッドから飛び降りた。 「バールーレールー!?」 「さっさと起きろよ、ニンゲンたちが呼んでるんだからな」 「だったら、こーゆーコトするんじゃなぁぁぁい!!!」 あぁ、ビックリした。 バルレルが触れた額が熱い。 …………ガキだチビだと思ってたけど…………。 成長早いのね!!!(なんか違) っていうか、なんか、思春期突入の微妙な時期で、お姉さん、扱いに困るわ!(君の扱いが1番困る) 乱れた髪を直して、ルウに貸してもらったパジャマから、いつもの自分の服に着替える。 それから洗面所に行って、身支度を整えて―――居間へ急いだ。 途中、部屋から出てきたトリスに出会う。 「あ、おはよう、」 「おはよう、トリス。みんなは?」 「居間にいたけど……今は、シャムロックさんの部屋にいるよ。ようやく意識が戻ったみたい」 「そか……よかった」 そう呟くと、あわわわわわわ、とフォルテの声がして、部屋の外にみんな追い出されてきた。 「なによ、あいつ、身勝手ねぇ…………あら、。おはよう」 「おはよう、ケイナさん」 「よーやく起きてきたか、寝坊ヤロウが」 「うっ……リューグのバカァ……」 リューグは、クッと喉の奥で笑った。 「相変わらずだな、寝起きがよくないのは」 「…………ほっといて下サイ……」 リューグは、わしゃわしゃと私の髪の毛を乱す。 イヤ―――!!!せっかく寝癖直したのに―――!! 案の定、ピョンピョン、と髪の毛があさっての方向へ勝手に動き出す。 「ほら、寝癖が治ってねぇ」 「リューグがくしゃくしゃにするからデショ―――!?(泣)」 慌てて、撫で撫で、と自分の髪の毛を押さえた。 リューグはしばらく笑ってたけど、ふと表情を硬くしてマグナたちに向き直った。 「……で?これからどうするんだ?」 「あてにしてたネタも、これじゃあ聞けそうにもねえだろうし」 「それ以前に、デグレアが本格的に侵略行為を開始したことが問題だ。砦を落としたのは、トライドラと全面戦争するためだろう。そうなれば、今までのように旅を続けることはできなくなるぞ」 「え、でも今までだってデグレアは、何度も聖王国の領土に攻めてきたけど、すぐに追い払われちゃったじゃない?」 「今までとは状況が違う。砦が落とされてるんだ」 う……なんか話が難しくなってきた。 私が口を挟む暇もなく、次々と会話が展開されていく。 「しかし、戦の準備がそれなりに時間が必要でござろう?」 「それが、唯一の救いといったところだな」 「それまでに応戦の準備が整えられるってワケね」 「そのためにも、伝令が必要なんです……」 イキナリ聞こえた声に、みんなの視線が一気に張本人に向く。 「シャムロックさん!?」 鎧をかろうじて着込んではいるものの、顔色はまだ悪く、疲労と憔悴の色が濃い。 後を追うようにフォルテが出てきた。 「無茶ですよ!」 「無茶でもやるしかないんです!私が急使として走らねば、トライドラどころか、聖王国が危険にさらされる……」 「お前さんじゃなきゃ、ダメなのかい?」 「騎士である私の言葉だからこそ、遅滞なしに領主まで伝わるのです」 剣を携えたシャムロックさんの顔は、もはや決意を固めた顔。 「……そういうことなら、止められないわね」 「もうひと頑張りできるかい?アメル」 「えぇ、もちろんです!」 「も、疲れてるだろうけど、大丈夫か?」 「大丈夫だよ」 え……?とシャムロックさんが視線を投げかけてきた。 「私たちがトライドラまであなたを送り届けるわ」 「しかし、あなた方には別の目的が……」 「ここであなたたちに負けられたら、困るのよ」 フォルテがにやりと笑って言う。 「言っただろ?俺の仲間はこうするってな」 にかっと笑ったフォルテに、ありがとうございます、とシャムロックさんが、頭を下げた。 「すぐにでも出発したいところだけど、まずは体勢を整えなきゃね」 「あ、じゃあ私、シャムロックさんの怪我の手当てするよ。アメルもモーリンも疲れてるでしょ?少し休んできてよ。簡単な怪我の処置ならできるから」 「だ、大丈夫です。私の怪我は……」 「シャムロックさん、騎士の方が右腕を痛めたままだと、戦いは厳しいですよ」 え?とみんなが目を丸くする。 あんまり深くない傷だったから見逃していたのだろう。シャムロックさんも、気づいていたけど言っていなかっただろう、傷。 だけどねー、少しの間だったけど軍医助手をしてた私をなめないでね? 痛めた部位を動かすときに、少しだけ緊張した顔をするの、見抜くの得意になったんだから。 誰だって、痛みが出る場所を動かすときには、襲ってくる痛みに備えて、知らず知らずのうちに緊張するもの。 それが微かなものであって、他の人はだませても、毎日何十人と人を見てきた私はだませなかったみたいだ。 「…………すごい、ですね……わからないと、思ってたんですが」 「ははは、まぁ、もと重傷者ですから(シャレにならない)…………さ、部屋に戻って待っててください。薬持ってくるんで。…………あ、それからリューグ、ロッカ、それにカザミネさん。終わったらそっちも治療に行きますからね〜」 ゲッ、なんでばれたんだ、という顔の3人。 ……だーかーら、だませませんよ?さんは。 「俺は、一緒にいていいか?」 「フォルテ?…………うん、別にいいけど……フォルテはケガない?」 「あぁ、俺は大丈夫だ」 「じゃ、手伝ってもらおうかな。…………とりあえず、救急箱、取りに行って来る」 「俺も行くぜ。…………シャムロック、お前は寝てろよ」 フォルテにそういわれて、シャムロックさんはおとなしく部屋に戻る。 私とフォルテは1度居間まで行くと、救急箱を取ってきた。 「…………そーいえば、と2人きりなんて初めてだな」 「あれ?そーだっけ?…………みんなで、ゴソゴソ行動してることが多いからねぇ」 「そうだな。…………でも、。お前さん、ずいぶん表情が柔らかくなったな」 「んな!?な、なにを言い出すんですかね、あなたは!!!」 「いや、最初のころはさ、なーんかいっつもいっぱいいっぱいで会話してるな〜、と思ってお前さん見てたんだよ」 ………………え? …………確かに、最初のころは、下手なことを口に出しちゃいけない、とか、表情に出しちゃいけない、とか色々考えてていっぱいいっぱいだった気がする。 今は―――この生活になじんでいて。 というかね。 未来は知ってるけど、私にも知らないことが色々出てきてるし。 それに、なにより私がこの世界に来てから、もうずいぶん経つ。ゲームの記憶は段々となくなっていって…………大まかな内容は覚えているけど、どのタイミングでどんなイベントが起こったか、とかそーいうのは、もはや曖昧だ。 だから、私の反応も、より自然なものになってるんだと思う。 今まで作ったような表情で接していたのが……デグレア軍との『ゲームシナリオにない』生活で、一気に本来の自分の表情を取り戻したんだと思う。 「へへ…………そーかも。…………私、やっぱりフォルテ好きだな♪」 「へっ!?」 素っ頓狂な声を出したフォルテに、私はぶふっと噴出してしまった。 「な、なにそんな驚いてるのさー!私、やっぱりフォルテのその兄貴っぷり大好きだってこと!」 「…………あ、そっちね…………………なんか、あれだな。なかなか懐かなかった野良猫が、やっと自分の手から飯を食うようになったような、気分だぞ、今」 「む!聞き捨てならないな、それは。………………そーいえばね♪デグレア軍にいるときに、ちょこっと噂を耳にしたのよ」 「は?なんの噂だ?」 「……………………聖王国の王子(ボソリ)」 グッ…………。 フォルテがむせて、目を白黒させた。 「お、おおおおおお前、それ…………」 「そういえば、フォルテにもいっぱい秘密がありそうねー♪」 「な、ななななな、なにを…………」 「別に私、王子様とフォルテが関係あるとは言ってないけど―――?」 「……………………はぁ、まったく……敵わねェな、お前さんにゃ」 「くすくす…………ま、噂はあくまで噂……ってことでいいのかな?フォルテさん?」 「…………そーしといてもらえると、ひっじょーに助かるな」 「そか。…………じゃ、フォルテ!シャムロックさんの治療に行こ♪」 へいへい、とフォルテが苦笑しながら私の後を付いてきた。 NEXT |