「いたっ……ちょ、バルレル、そんなひっぱんなくても歩くって」

強引に腕をひっぱるバルレルに、私は抗議の声を上げた。



Scene.28  ってきた優しさ



空いている部屋に入るなり、バッタンッと大きな音を立ててドアを閉める。
よ、夜中だよ!?

バルレルは、私の腕をきつく握り締めたままだ。
うぅ……痛い……けど。
そんなこといえるような雰囲気じゃない(汗)

「ば、バルレル?」

「……………………

「は、はい」

「……………………

「な、なんでしょう?」

バルレルはそれっきり何も言わない。

「………………あのー、バルレル……腕が……痛いんですが……」

バルレルは私をじっと見ると、ゆっくりと腕の力を緩める。
私は解放された腕で、そのままバルレルの頭を撫でた。

「なっ……なにすんだよ!」

「だって、バルレルがしゃべってくんないんだもん……せぇっかく、久しぶりに2人っきりなのにさ」

「んなっ……」

「………………心配かけてごめん」

いっぱい心配かけて、ごめん。
そういうと、しばらくじぃっと私を見ていたバルレルが、くしゃくしゃっと自分の頭を掻くと、ったく、と呟いて、私をベッドまで連れて行った。

「ほら、さっさと寝ろよな。疲れてんだろ?」

「……バルレルも」

「あぁ、寝てやるよ。…………テメェは意外と甘えただからな」

しょーがないじゃない。今日はいろいろあって、心身ともに疲れてるんだもん、1人で寝てたらどっか飛んでっちゃいそうで、怖いんだから。

それを知ってか知らずか、バルレルはバサッと毛布を捲って、奥に入れ、と促す。
私は素直に奥の方に寝転がると、バルレルはその横に身を横たえて毛布をかぶった。

「…………ねぇ、バルレル」

「あぁ?……さっさと寝ろよ。明日はまた大騒ぎだぜェ?あいつら人が良すぎるからな、またあの騎士についていくとか言うぜ?」

「そ、それはそうかも…………でもね、バルレルには話しておこうと思って」

「……………………なにをだ」

「…………私、黒の旅団ですごい待遇受けてたの」

バルレルが、はぁ?とこっちをみる。
なんて言ったらいいかわかんないけど……黒の旅団が、いや、ルヴァイドたちが私を『ただの人質』としては扱ってないことは、わかっていた。
人質、というものが本来どういった扱いなのかは知らないけど……少なくとも、将軍のテントで寝泊りすることはないと思うし、あんな上級な治療を受けはしないと思う。それに、私のことに関しては、聞くな、と言ったこと。

つたない言葉ながらも、私は一生懸命そのことをバルレルに伝えた。
バルレルは、私の言葉を聞き終わると、ぼそっと呟いた。

「………………アイツもライバルかよ……」

「え?何て言ったの?」

「……なんでもねェ。だが、気になるなァ、そいつは。確かに待遇が良すぎらァ」

「……だよね?私も奇妙だったんだけど……最初はアメルと交換するためにかな、と思ったんだけど。それだったら別にある程度まで治しただけでいいと思うし」

「だが、真意はわかんねェな。結局」

「…………うん」

ルヴァイドたちの目的がなんだったのか。
それは想像すらできないことだった。

「……ん、聞いてくれてありがと、オヤスミ」

、なんで俺に話したんだ?」

「え?」

なんでって…………。
バルレルには、話しておこうと思ったから。
今はまだ私のことは言えてないけど、これはバルレルに言っておきたかった。ルヴァイドが私にしてくれたこと。
隠しておくなんて、考えもつかなかった。

「…………えぇっと…………な、なんでだろ……そうするのが当然みたいに感じてたから、改めて聞かれると…………」

そういうと、バルレルは満足そうにニヤリと笑った。

「な、なに?」

聞くと、ハッと気づいてぷいっと顔を背ける。
私の視界にはバルレルの背中しか映らなくなった。

「…………なんでもねェ。さっさと寝ろ。どーせ、空元気出してたんだろォが」

なんだか、呆れているようなその声を聞いて、なぜだか酷く安心して、わたしはゆっくり目を閉じた。




話を終えて、すぐに聞こえてきた規則的な寝息。
それをしばらく聞いてから、バルレルは身体の向きを変えた。

ちょうど、こちらを向いて寝ているの寝顔が見える。


久しぶりに見た、寝顔。

安心しきったその顔。


暗がりの中で、バルレルは、ほんの少しだけに近づいた。


少しだけ伸びた髪。

伏せられたまつげ。

わずかに開けられた口。




全てが、愛しい。



悪魔にこんな感情はあっただろうか。
血を分けた親と子でさえ争うことのある悪魔に、こんな感情が―――?



たった一人の人間がいなくなってから、自分はずいぶんイライラとしていた気がする。
それが、コイツが戻ってきた今は、嘘のように拡散している。
ゆっくりとまわりを見回す余裕が―――人のことを考える余裕が戻ってきた気がする。


手を伸ばした。


起こさないように、そっと、そっと―――。


少年から青年へ変わる過程での、少し骨ばっている手は、まず髪に触れ―――ゆっくりと肩に下がった。
すがり付いてくるように、無意識に服を掴んでくる手。
痛々しい紅い傷痕。



起きる気配がないのを確かめてから―――抱きしめ、その傷に口付けをした。



それは、神聖な儀式のようなもの。

彼女と共に生きれた今日の証。

―――この手に、彼女という優しさが戻ってきたという証拠。




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