Scene.26 流した涙のその理由は
「こら―――!!!バルレル!!いい加減にしなさ―――い!!!」 聞こえるはずのない声。 ずっと、ずっと、探していた声。 聞きたかった声。 攻撃する手を止めた。 逃げる兵士なんてどうでもよかった。 幻でもいい。なんでもいい。 バルレルは、あたりを見回した。それらしき人影はない。 本当に、自分の心が生んだ幻聴か、と思った。 だが、それは頭上から降ってきた。 「ここ!ここだよ!!」 ブンブンと音がしそうなくらい、激しく手をふる人影。 …………やっと、見つけた。 生きてた。 「いったあぁぁああ〜〜!!忘れてた、傷口開いてたんだ―――!!(泣)」 いつもの声。彼女らしいセリフ。 バルレルはやっと、現実に戻ってきた。 「どうして、お前がここに……!?」 「んなことはどーでもいいのよ!さっさとその辺の炎を消しなさ―――い!!身を持って償え!謝れ!兵士さんと森の木々に!!」 「んなっ……ってか、オマエ、そんなに乗り出してると……」 そうしている間に、の身体は前のめりに窓から落ちそうになる。 「おっわぁ〜〜〜!!(汗)」 「アホか!」 言うが早いか動くが早いか。 バルレルは槍を放り出して、の落下地点にすばやく移動しようとした。 その時。 ひょいっとを引き上げる人間が見えた。 ピタリ、と足を止める。 それは、敵の総指揮官、ルヴァイドだった。 「……あれ?落ちて……ない……って、アラ?ルヴァイド?」 私の服を掴んで荒い息を吐いているのは、紛れもないルヴァイド。 ……いつの間に。入ってきたの、全然わからなかった。……まぁ、ものすごい騒いでたからかもしれないけどさ。 「まった……く……お前、というヤツは……」 ゆっくりと私を地面に下ろす。 「……ははは……ごめん、つい……」 「…………あれが、バルレルか……」 ルヴァイドが下をのぞくと、バルレルの声が聞こえた。 「ルヴァイドォォォォ!テメェ、を返しやがれ!」 …………そーだ……バルレル、私がルヴァイドに助けられたこと、知らないのよね。 それを言おうと窓へ近づこうと思ったが、ルヴァイドが私を止めて、部屋から連れ出す。 ……そーだった……私ってば、一応黒の旅団の中にいたんだわ。聖女一行と話してたら……いけないのよね。 「どうした、それは」 ルヴァイドの声で、思考を断絶させられる。 私の開いた傷口を見て、ルヴァイドは顔をしかめた。 「いけすかない脳みそ発酵した兵士に掴まれた。ついでに突き飛ばされた」 「…………誰だ?後で処分しておく」 「あ―――……たしかにいけすかないけど、サクッと殺すのはやめてね。なんかルヴァイド、やりそうだから」 こら、そこっ!目をそらさないっ!!! 「……だが驚いた。お前の姿が見えなくなっていたときには。なぜあんなところに?閂までかけて」 「あー、そのいけすかない脳みそ発酵した兵士が、『ルヴァイド様が、いつでも人質交換に出せるように隔離せよ』って言いに来て連れてかれた」 「なっ……俺はそんな、命令は出しておらんぞ!?」 「知ってるよ〜。でも、これしきのことで騒ぎ起こすのもなんだったから、黙って隔離されといたの」 ルヴァイドは、私を適当なところに座らせると、大部分が赤く染まった包帯を丁寧に取った。 「…………これは、ちゃんと手当てせねばならんな……おい、消毒液を持ってきてくれ」 ルヴァイドが近くにいた兵士に命令するのを、横目で見ながら私はため息をついた。 ……ちきしょ〜……痛いじゃないか……(泣) でも、そんなこと言ってられる状況じゃないからなぁ……。 とりあえず、目下目標は! 「んー……あのさー、ルヴァイドの手を煩わせた、その兵士、後でシメていい?」 見つかったらだけどね。その前にルヴァイドが辞めさせたりしなきゃ、の話だけど。 「…………、やせ我慢するな。……見ているこっちが辛くなる」 「……へ?」 「せっかくふさがりかけていた傷が、ぱっくりと開いている。相当痛いはずだ」 「…………お見通しですか」 私はため息をつく。 あー、痛いよ!結構痛いよ!痛み止めもなんも飲んでないから痛いさ! あの兵士……後で見つけたら絶対シメてやる!サモナイ世界で萌えてる今の私に不可能はない!!(断言) そう決心をしたとき、ルヴァイドは近くにいた兵士に声をかけ、私の手当てを頼んだ。 そして、自分は兜をつけ、剣を腰に挿していかにも戦闘に行きます的準備をする。 「る、ルヴァイド?どこ行くの?」 「………………これから、ここの砦の長と一騎打ちをしてくる。はここで待っていろ。ここにいる限りは安全だ」 足早に去っていくルヴァイド。 私はその言葉の意味を、ルヴァイドが去っていってから理解した。 「って、えぇぇぇぇええぇ!?ちょっ……どーいうこと!?」 傷の手当てをしてくれる兵士の肩を、左手で掴み、ガックンガックン揺らす。 「わっ……る、ルヴァイド様が提案したんだ〜!!このまま砦の陥落を待つのは互いの兵に損害が激しいって!!だから、離してくれよ、ちゃ〜ん!!」 私は、兵士の肩を揺らすのをやめた。 ………………あ〜〜〜〜!!!なんで私が隔離されてる間に、そんなことになってんのよ!!一騎打ちイベント!これは見逃せない! 「ちゃん、動かないで〜〜〜!!!」 「あっ、ごめんなさい!」 私は兵士が手当てを終えてくれるのをジリジリと待ちながら、窓から外を見た。 この建物は、実は砦の一部で、屋上にはそれぞれをつなげる通路が四方八方に広がっている。 でも、今は通路がところどころが燃えて、崩れているけど。 ずっと通路を目で追っていくと、真ん中にある開けた場所で、決闘している2人の姿が見えた。 黒い鎧は紛れもないルヴァイド。そして、真っ白な鎧は………… ギャ〜〜〜〜〜!!!シャムロックだ―――!!!カッコイイ〜〜〜(萌)!! …………って、そんな場合じゃなくって!! この決闘を邪魔するヤツが現れるはずなのよ! 私は、すばやく目を走らせ、砦にいる人影に気づく。 人影の周りに、緑色の光が炸裂した。 「ちょっ……」 明らかにこの世界のものでない獣が呼び出されている。 その惨事に決闘をやめた2人。 シャムロックがその場所から離れて、違う場所にいるトリスたちと合流するのが見えた。 だーっ!!このせまっこい窓からじゃ、よく見えない!! 「よし、と……今日は無理しちゃダメだよ?」 「うん!明らかに守れないと思うけど、志は努力する!」 そう言って、私は屋上へ向かう。 足もちょっと痛むけど……歩けないわけじゃないし!構ってられるか! 必死の思いで壁につかまりながら、階段を上り、建物の屋上へついた。 そこで目に入った光景は、シャムロックがビーニャに向かって剣を振りかぶったところだった。 ビーニャはそれをかわすと、いやな笑みを浮かべた。 やばい……ッ! 私が叫ぶより早く、ビーニャは召喚術を発動させた。 ドーンッ!という大きな音と共に、シャムロックの絶叫が聞こえる。 私は痛む足すら忘れて、そちらの方へ走り出した。 ビーニャの高笑いが、とてつもなく不愉快だ。 「ビーニャやめろ!ルヴァイド様の命令に従うんだ!」 「やーだよー!だってェ、ルヴァイドちゃんって、とってもアマアマなんだもん。このまま一気にさァ、トライドラまで攻めちゃおっかな……うふふ、楽しそう……」 イオスの制止にすら聞く耳を持たない。 これじゃ、あの姿のままのただのガキだ。 私は、走りながら大きく息を吸い込み、一気に発声した。 「こら―――!!!いい加減にしろ―――!!!」 ビクッ、とビーニャが私のほうを見る。 「…………!?じゃないか!!」 マグナの声が、懐かしい。 でも、今は再会を喜び合ってる場合じゃない。 「いい加減にしてよね!!あんた、人の命をなんだと思ってるの!!さっさとやめなさい!!」 さぁ、どうする!? 私に召喚術を撃ってくるか!? でも、あいにく、私に召喚術は効かないのよ! 身構える私とは逆に、ビーニャは…………笑った。 「…………そっかァ……あなたがそういうんなら、仕方ないよねェ……ホントはァ……命なんてどォでもいいけどォ……」 あっさりと、召喚術を撃つのをやめたビーニャ。 その間に、ルヴァイドはイオスやゼルフィルドに指示を出した。イオスとゼルフィルドが、ビーニャを連れて下へ下りていく。 私は、あまりのあっけなさにしばらくぽかん、と立っていた。 …………どーいう意味?あなたがそういうのなら? …………あなたって、確実に私のことだよね……。 だから、私ってばそんなに悪魔に知り合いいませんから!!(泣) 「!早くこっちへ来い!」 リューグの声に、ハッと我に返った。 「ここはもう崩れるぞ!……急げ!」 急げって言われても…… 私は、ルヴァイドの方を見た。 仮に私がここで逃げ出したとしよう。 そうしたら……命令を守れなかったルヴァイドはどうなるの? いつまでもつかまっているつもりはないけど……でも、私が逃げて、ルヴァイドがどうかされるのだったら……それはいやだ。 でも、やっと会えたトリスやマグナたちと一緒に行きたいのも事実。 私がまごまごしていると、突然、後ろからトン、と背中を押された。 「?…………ルヴァイド?」 なんで、背中を押すの? 私を、捕らえてなきゃ、いけないんじゃないの? そんな視線を、ルヴァイドは頭を1つ振ってすべてなくした。 「行け」 後ろから、リューグやバルレルの呼ぶ声がする。 私は、ルヴァイドの言葉に、疑問を隠せなかった。 今までずっと、捕らえていて……なぜ、今? 「どうして……」 「…………お前のいるべき場所は、ここではない」 場所? 場所って、なに。 「私は……私のいたい場所にいる。確かに、最初は不本意な形ではあったけど……私は、ルヴァイドの側にいるの、いやじゃなかったよ?」 逃げようと思えば、逃げられたかもしれない。 それでも、逃げようとすらしなかったのは、ルヴァイドたちの側が、心地よかったから。 ルヴァイドはそれを聞くと、すこし目を見開いた。 嬉しそうに、そうか……と呟く。 「…………だが、やはりお前はここにいてはいけない。こんな、血生臭い俺の側に。…………久しぶりに、楽しい日々だった。…………さらばだ」 くるりときびすを返して、去っていくルヴァイド。 私は、たまらず叫んだ。 「私は!いつかきっとまたルヴァイドに会えるのを……みんなとわかりあえるのを信じてるから!」 ルヴァイドは、1度だけこちらを振り向いた。 「だから……だから、さよならなんて言わない……またね!!」 私はそれだけを言うと、今度は私が背を向けて走り出した。 私を呼ぶルヴァイドの声に、振り向かなかった。 …………振り向いたら、きっとくじけてしまうから。 崩れる砦の下で、私はトリスたちと合流した。 抱き合って、大声で泣いた。 流れる涙を、抑えることはしなかった。 それは―――トリスたちと会えた喜びの涙。 そして、ルヴァイドたちと別れた、悲しみの涙だった。 NEXT |