昨日と同じように、軍医さんのところへ行った後、迎えに来たルヴァイドが言った。

「近々、動くことになる」

と。


Scene.25  たれた号砲


「どういうこと!?」

「…………三砦都市トライドラを落とす」

トライドラ―――デグレアと大絶壁を挟んで建つ、騎士の街だ。
その名の通り、3つの砦で聖王国を守る楯の役割だったはず。

「大絶壁を挟んでいるトライドラを落とす。…………デグレアと聖王国の全面戦争だ」

「…………それは、もう覆らない決定なの……?」

「……あぁ」

「…………そう……か」

すべては、物語どおりに。
あの、悲劇が幕をあげる。砦を守る騎士の悲劇が。
いずれ通る道だとしても―――やはり、抵抗感は否めない。

「……どうして、それを私に話したの?」

「……あの強靭な砦を落とすには、奇襲作戦しかない。俺たち一隊のみ布陣し、本隊はデグレアで囮に使う。……、お前は俺たちと一緒に砦に向かってもらう。それを告げたかった」

「…………なんで私が?」

当然の質問だと思う。
私は、まぁ名目上?『人質』なわけだから、わざわざ分隊して行く方についていくなんて、逃げる隙を作るようなものだ。
そういったことに疎い私でも、人質は人質として本隊におくべきだと思う。
…………って、おかれちゃ困るんだけどさ。

「……本隊に残るということは、その分危険を伴う。なにしろ囮に使うのだからな。まともに戦って勝てぬ相手と対峙するのだ。……お前の命の危険は大きい」

「……でも、それならルヴァイドたちの隊でも同じことじゃ……」

「俺たちは、全兵力を吐き出させた砦を陥落させる。戦闘にはなるだろうが、人数からしてまず大丈夫だろう。それだけでも、本隊に残るよりは危険は少ない。それに……俺と行動を共にするなら、俺の目が届く限りは守ってやることができる」

守るって……人質なら、死んでも別に痛くはないだろうに…………。
どうして?
なぜ、黒の旅団……ルヴァイドはそこまでしてくれる?
そう問いたいのを、ルヴァイドの約束を思い出して我慢する。

「…………わかった。とにかく、私はルヴァイドについていけばいいのね」

「あぁ…………」

ルヴァイドの顔は、暗い。
将軍だとしても、人は人だ。戦争を好むわけがない。
戦争になれば……多かれ少なかれ、必ず人は死ぬ。
そして、人を殺し―――自分も殺されるという恐怖。

ベッドに寝転がった私の横に、当然のようにルヴァイドは入ってきて……ぎゅっと私を抱きしめた。
それは、小さな子供が悪夢を見た後に母親に縋りつくような……そんな感じ。

「…………俺は、正しいのだろうか……?」

「…………え?」

「……国家の戦争を起こす……それは、今までこの手で奪ってきた命よりも、多くの命を奪うということだ……それが、たとえ元老院からの命令であろうと……正しいのだろうか?俺のやっていることは、間違ってはいまいか……?」

喉の奥から絞りだすような声。
彼も、怖いのだ。この手で人を殺すのが。

「………………私に、正しいとか間違ってるとか、言えないよ。ただ……あなたが信じてやることは……きっとあなたに意味のあることだから」

「意味が、ある、か…………」

「正しい道をいつでも選べるわけじゃない。…………最後に、正しい道にちゃんと戻れるかが大事なんじゃないかな?」

どこまで遠くに行ってしまっても、結局正しい道に帰ってこれたら、そこからまた新しい道を歩めばいい。そうなんじゃないかな?
…………なんて、偉そうなこと言ってるけど、私自身、今、私のしていることが正しいのかわかってない。
未来を知る私が、これから起きようとしている悲劇を黙っているのは、正しいことなの?

……わからない。

「…………?」

「…………なんでもない。…………もう、寝よう?」

考えても、答えは出てくるはずもない。
そもそも……どうして、私は……この世界に呼ばれたのだろう?

それすらも、わからないというのに。



翌朝、ルヴァイドは本当に少数の兵士だけを連れて、本隊を出た。
ルヴァイドが、勘付かれないように砦の周りを囲め、と兵士たちに指示を出す。
イオスやゼルフィルドもルヴァイドの側から離れず、周囲を気にしている。
そして、さらに翌日―――。


ついに、砦陥落の狼煙となる砲撃が、デグレアの方から発射された。

ドンッ……ドンッ……と、花火にも似た、おなかに響く重い音。
でも、その用途は花火とは似ても似つかない。

私たちのすぐ前に見えるローウェン砦は、黒い煙を上げていた。

動向を見ていたルヴァイドのもとに、兵士が1人やってくる。

「ルヴァイド様、敵は全軍、わが国に向けて出発した模様です!」

「……よし……本隊はまずあの跳ね橋を押さえることだろう……行くぞ!」

ルヴァイドの声と共に、兵士たちは砦に向かっていく。
まず、門に近い高い建物に入り、そこへルヴァイドは陣を取った。
指揮官であるルヴァイドの周りには、兵士たちがたくさん集まる。
ぼんやりとその場にいた私は、顔を見たことのない兵士から声をかけられた。

「おい……お前がルヴァイド様に捕らえられた『人質』だな?」

…………いやな、言い方だ。言ってることは合ってるけど。
第一印象、最悪。
私は、無視してその場を離れようとしたが、その兵士に腕をつかまれる。

「ルヴァイド様から命令だ。……お前はいつでも人質交換に出せるように、隔離せよと」

嘘付け。
ルヴァイドは、私を『目の届く範囲なら守れる』とまで言ってくれたんだぞ。
そんな、バレバレの嘘にひっかかるか。

誰だ、こんなヤツを黒の旅団に入れたのは。

私は、ルヴァイドのほうを見たが……あいにく、伝令兵やらなにやらで私に構ってる暇はない。イオスやゼルフィルドも兵士をまとめるために、ついさっき出て行ったばかりだ。

こんなところで騒いで迷惑をかけるのもなんだったので、おとなしく私は1人、小さな個室へ連れて行かれた。

「…………なんで、私を隔離するの?っていうか、ルヴァイドの命令じゃないの、バレバレだから」

「…………最初から貴様のことは気に入らなかったんだ。『人質』のくせにあの待遇。馬鹿な兵士どもは『オンナ』ってことでうつつを抜かしてるが……」

なんだよ、結局うらやましがってるだけじゃんか。

「人質は人質らしくしてろ!」

そんなこと言ったって、人質になんてなったことないからわかんないってーの!

そういいたいのを我慢した。
ら。
まだ完全に治っていない腕をつかまれた。

「いっだ……!!」

「大体、人質のために大事な薬を使うことなんてないんだ……ムカツクんだよ、お前!」

「〜〜〜!!!戦争で怖いからって、私に八つ当たりすんな!」

誰だって、これから殺すか死ぬかの戦いに出る前にはいらだつだろう。
でも、その矛先を私に向けるのだけはやめてほしいね!

だが、返ってきた言葉は私の予想を裏切っていたものだった。

「怖い?…………なぜだ?むしろ、楽しみで仕方ないね。人を殺す唯一の合法……それが戦争なんだからよ」

………………………………………………腐ってる。
こいつの脳みそ、腐って発酵してる。絶対に。

ぐいっとまだ包帯が巻かれたままの傷口を握られると、声を上げたいほど痛む。
でも、ここで痛いと言うのはしゃくなので、私は耐えてみせた。こんな男に、発する声がもったいない。
男はなんの反応も見せない私に舌打ちをすると、乱暴に突き放す。
倒れそうになった体勢を立て直そうとするが、踏ん張りきることができずに、私は倒れこんだ。ズキリ、と足が痛む。
痛さで顔をゆがめた私に、満足そうな笑みを見せると、兵士はドアを閉めて閂を下ろしたのだろう。ガコン、という重い音がした。

「……くっそぉ……なんでこんなところで治ってた足が痛むんだよ……おかげでアイツの満足そうな顔見ちゃった……アイツ……今度見つけたらルヴァイドに言って、やめさせてやる」

痛んだ足を見たが、べつに異常はない。ただ単に、踏ん張るときに力んで痛んだんだろう。
でも……腕のほうは傷が開いたみたいだ。
じわり、と黒いシャツが湿り気を帯びている。
痛む右腕から袖を抜き、包帯をしている部分を見ると……案の定、赤い血が白い包帯を染めていた。

「あーぁ……せっかくふさがったのに……」

赤い染みがどんどん広がっていくが……何もないこの部屋じゃ、なす術がない。私は諦めて、シャツを着た。
唯一、ある窓(でもガラスとかははめ込んでいない)から外を覗く。

砦のところどころが燃えている。デグレアの砲弾のせいだろう。
紅蓮の炎が、黄土色の城砦を包んでいる。

あぁ…………砦が落ちる。

ぼんやりと炎を見つめていたとき。
とんでもない声が聞こえてきた。

ヒャハハハハ……燃えろ……燃えろォ!」

……………………………バルレル!?

がばっと窓から首を出してあたりを見回す。
すこし遠くに、プチデビルを召喚して旅団兵を攻撃する悪魔の姿。

「燃えろ……アイツを奪ったこと……後悔させてやれ!」

プチデビルから発する炎が、砦近くの草木に移り、あっという間に燃え広がる。
旅団兵が、必死に逃げる。それを追いかけて、いたぶるようにバルレルは槍を振るう。
これじゃ……まるっきり悪魔じゃないの!いや、悪魔だけどさ!

あまりの所業に、私はぷっつんときてしまった。
抵抗しない兵士になんてことしてんのよ!
痛む腕も足も忘れて叫んだ。

こら―――!!!バルレル!!いい加減にしなさ―――い!!!

私の声が、聞こえたのか。
攻撃する手をピタリと止め、バルレルはきょろきょろとあたりを見回す。
兵士が逃げていったことにはまるで目もくれない。

「ここ!ここだよ!!」

ブンブンと思わず両手で手を振る。
が。

いったあぁぁああ〜〜!!忘れてた、傷口開いてたんだ―――!!(泣)」

思わず叫んだ。




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