Scene.21 療養の身
「ルヴァイド様?」 その声を目覚ましがわりに、私は目を覚ました。 「イオスか……何か用か?」 ルヴァイドが立った気配がする。 顔をそちらに動かしてみてみると、ルヴァイドがテントの外まで歩いていくのが見えた。 小さな話し声が、聞こえる。 「今朝のお食事です」 「あぁ……」 なんだか、生返事をするルヴァイドの声。 「……ルヴァイドさま、忙しいのはわかります。ですが、お食事くらい、きちんとなさってください。…………ここ数日は、まともに食べていらっしゃらないでしょう?」 「……わかった」 「それと、これはあの娘に……軍医から届けておけと言われたものです」 「?……これは……?」 「キッカの実を煮詰めて薬にしたものだそうです。少量しかありませんが、簡単な傷なら癒すことができるそうです」 「そうか。……礼を言っておいてくれ」 「はっ……失礼いたしました」 サラリ、と布が落ちる音がする。 ルヴァイドと、目が合った。 「、起きたのか」 そう言って、私の額に手を当てる。 大きな手だ。男の人の、手。 じぃっと目を覗き込まれる。 私は、その髪と同じ赤紫の瞳をぼんやりと見つめ返して、ハッと気づいた。 …………ちょっと待って。 意識が朦朧としてたり、ゴタゴタしてたりして忘れてたけど。 恥ずかしくない!?この状況!? 「熱は、下がったようだな……」 「あ、う、ううう、うん!あ、ありがと、る、ルヴァイド……さん?」 ルヴァイドが、む、と顔をしかめた。 「いきなりどうした。ルヴァイドでいい」 「あ、そ、そう?…………いえ、なんかこう、意識がハッキリしてくると……なんだか、とてつもなく……すごいことのような気がしまして(汗)」 「なにがだ」 ルヴァイドは、私が『さん』をつけたのが、相当気に入らないらしい。 眉間にシワがよったままだ。 「……えーと、色々……あ、そうそう、聞いてたよ、ルヴァイド!ご飯食べてないんでしょ!?食べなきゃダメだよ?」 「その前に、の傷の手当てをするのが先だ」 そう言って、毛布をどけ、私の肩に貼り付けてあるガーゼを取る。 「…………すまない、痛いのは少し我慢してくれ」 小さな器の中から、とろりとした液体を指先にとり、むき出しになった肩の傷口に塗りつける。 けど、これが半端なく痛い。 傷口に直に薬を塗りこまれているのだ、痛くないわけない。 それでも、懸命にうめくのを堪える。 しばらくすると、痛みは消え、塗りつけられる薬の冷たさしか感じなくなった。 「…………あれ?痛く……ない」 恐る恐る肩を少し動かしてみる。やっぱり、痛くない。 ルヴァイドが、感心したようにほぅ……と言った。 「効くものだな、やはり……」 ルヴァイドは、肩についた血と薬を丁寧に布で拭き、残り少ない薬を、今度はふくらはぎに塗る。 これも激痛。 しかも、もう薬はないから、塗りこまれたときのジンジンという痛みが残る。 「…………後は、自然回復を待つしかないな……」 「……ハイ……」 でも、大分痛みはなくなった。 それに、左手が動くようになっただけでも嬉しい。 にぎにぎと手を動かす。 「左手が治ったからって、そう無茶をするんじゃないぞ?」 でも、嬉しいんだもん〜。 これで、大分自分でできることが増えるわvv 「あ、そうだ!ルヴァイドこれが終わったらご飯食べるんでしょ?」 「あぁ……だが、その前にオマエの食事だ」 「へ?」 ルヴァイドは、机の上においてあるお盆の中から、お皿を1つ取る。 おかゆだ。 ………………そういえば、おなか減った。 「熱を出してから、何も食べていないからな。……ほら、口を開けろ」 「って、だ、だだだ、大丈夫だから、ルヴァイド!左手使えるから、自分で食べれるって!!」 「起き上がることもできず、右手も使えないのにか?」 「…………………(汗)」 なおも、ルヴァイドは私の口元にスプーンを持ってくるので……仕方なしに、パクリと一口食べる。 ………は、恥ずかしい〜〜〜!!! そのまま、私は親鳥が子供にえさを与えてる図を想像しながら、この恥ずかしい状況を突破した。 「……た、食べたよ……だから、今度はルヴァイドがちゃんと食べてよね……」 そうして、やっとルヴァイドは自分の食事に手をつけた。 食べ終わるとすぐに、食器を持ってテントを出て行く。 それを見届けた後、私はゆっくりと左半身を下にするため、もぞもぞと移動を開始した。 撃たれたところは、右腕と右ふくらはぎ。 右ふくらはぎは、さっきの薬のおかげで、痛みはあるが、それほどでもない。 できる限り負担をかけずに、私は左半身を下にすることに成功した。 そして、左肘を支点にして起き上がろうとしたら―――。 ルヴァイドが帰ってきた。 「なにをやっている!?」 「うっひゃあぁぁあ!…………あだっ!」 ビックリして、カクンと肘の力が抜け、倒れた衝撃で右腕に痛みが走る。 慌ててルヴァイドがこちらへやって来た。 「いくら肩の傷がふさがったといっても、オマエはまだまだ重傷であることに変わりはないんだぞ!?無茶をしたら、悪化する」 「だ、だって……起き上がったほうが、ルヴァイドの顔も近いし。話しやすいし。……なにより、ずっと寝てるの飽きたし…」 ぼそぼそとそういうと、ルヴァイドはほんの少し思案した後、肩をすくめ、私を起こすのを助けてくれる。 私はベッドのふちに腰掛けられるようになった。 「足はどうだ?痛くはないか?」 「うん、大分いいよ」 「そうか……ならば、後は腕の傷だな」 右腕を取って、巻いてある包帯をしゅるしゅるとほどく。 自分ではちょっと怖いので、傷口は見ないでルヴァイドの顔を見ていると、どうやらよくはないらしい。眉をひそめた。 そして、今度は違う薬を塗りつける。 さっきは、痛かったのが段々と薄れていったけど、今度は痛みが増すだけ。 なんとか叫びそうになるのは堪えているけど、脂汗が出てくる。 塗り終わった後、きちんと包帯を巻きなおし、きゅっと軽く結んだ。 まだ、痛い。 「これを飲んでおけ。痛み止めだ」 錠剤と水を渡される。コクリと飲んだ。 ルヴァイドは、ベッドの近くのイスに腰掛け、書類を見始める。 「…………そうだ、あの時から、一体何日経ってるの?あんまり時間の感覚がなくって…………」 「……4日だな。ここに連れてきてから、オマエが目覚めるのに2日、熱にうなされてからはさらに2日が経っている」 ……4日かぁ……トリスたちと一緒にいた頃は、物語の通り進むから時間軸がわかりやすかったけど、こうしてみると……なにがなにやらさっぱりだ。 しかも……ルヴァイドたちにも迷惑かけまくりだし(汗) 「って、そんな長い間私ルヴァイドのテントにいたの!?」 「それほどでもない」 会話をしながらも、ルヴァイドはどんどん書類に目を通し、サインをしていく。 …………どんな処理能力持ってるんだ、この人。 「……ルヴァイド様?よろしいですか?」 テントの外から、イオスの声がした。 ルヴァイドがちょうどいい、と呟いた。 「入れ」 「はっ……?……え、あ。し、失礼します」 なんだか慌てたイオスが、おそるおそる、と言った様子でテントの中に入ってくる。 バチッと目が合った。 「、イオスだ。……もう、何度か会ったことがあるとは思うが」 「あ、うん。…………、です」 「…………イオスだ」 ……うわっ、気まずっ! そして、私ははっと思い出す。 たしかイオスは……旅団兵に、『撃つな』って言ってくれたんだ。 「あ、あのっ!ありがとね!」 イキナリの言葉に、イオスは不思議そうな顔で聞き返す。 「……なにがだ?」 「えっと……旅団兵の人に、『撃つな』って言ってくれたよね?それで、私、助かったんだと思う……だから、ありがと!」 しーん………………。 ……な、なによ。お礼を言ったまでだぞ。 そう構えたら、突然イオスは笑い出した。ルヴァイドも少し笑う。 「……面白い娘だな」 ルヴァイドがイオスに向かってそう言う。イオスが、まだ笑いながら(笑いすぎだ!)頷いた。 「…………面白いとかいわれても、あんまり嬉しくなーい…………」 「ハハハ……いや、すまない。まさか礼を言われるとは思ってもいなかったんでね」 「だって……そうでもしなきゃ、会話が続かなかったんだもん!!」 そうしなかったら、気まずい雰囲気でこれから過ごすことになる! もう、デグレア軍の中にいると思ったら、気まずくなるのはいやだもん!なんだか知らないけど、ルヴァイドたちは私を殺す気はないみたいだし。 「…………ところでイオス。用件は何だ?」 「急ぐことでもないのですが……ファナン周辺の偵察兵が戻ってきたので」 「そうか……わかった、すぐ行こう。…………、無茶するんじゃないぞ」 「は〜い…………いってらっさい」 くすりと笑って、ルヴァイドは出て行く。 イオスも、じゃあまた、と言ってテントを出て行った。 誰も、いなくなる。 いきなり静かになる。 ボロリ、と唐突に涙が出た。 ―――何をやっているんだろう。 足手まといにはなりたくないって、ずっと思っていたのに。 いやだった。戦えもしない、守られるだけの存在は。 だから、自分にできる限りのことをしたし、召喚術が効かない、ってわかったときは、嬉しかった。 これで、やっとみんなの役に立てる―――そう思った矢先。 こんなことになってしまった。 相手がまだ、デグレアだから。 …………きっと、なにか命令が出てるのだろうから、私は殺されないだけで。 これがもっと粗暴で、知恵のない野盗たちだったら………。 考えるだけでぞっとする。 なんて、無力なんだろう、自分は。 「…………失礼スル」 はっと気がついたら、いつの間にか隣に黒い機械兵士がいた。 機械兵士は、その太い指先で私の頭をそっと撫でてくれた。 「い……いつの間に……?」 「オヨソ2分ホド前ニ、てんとノ外カラ声ヲカケタガ、返答ガナイノデ不審ニ思イ、中ニ入ラセテモラッタ」 私は、慌てて涙をぬぐって、機械兵士―――ゼルフィルドを見た。 いまだ、私の頭の上に置かれている手は、柔らかく、重みを感じない。 なんだか、体温は感じないはずなのに、温かく感じて、私は泣き笑いの表情になった。 「…………泣クカ笑ウカドチラカニシロ」 「そんなこと言ったって……優しいんだもん」 「優シイ?」 「うん…………ありがとう」 ゼルフィルドは、無言で、首を振った。 そっと頭から手が下ろされる。 「ところで…………何か用?」 「我ガ将ガ、無茶ヲスル娘ガイルカラ、ト言ッタノデナ。…………名乗リ遅レタ。我ガ名ハぜるふぃるど」 「あっ、私の名前は、。です」 「カ…………理解シタ。声紋記憶、瞳ノ虹彩モ確認」 ゼルフィルドの目が、赤く光る。 うぉ〜…………機械兵士ってはじめて見るわ(当たり前) 私は、ついついゼルフィルドの腕に手を伸ばしてしまった。 硬い金属、体温は、ない。 だけど、温もりはある。 先程の手の温もりは、確かに私を勇気付けた。 「えへへへへ……ゼルフィルド、よろしくね」 「…………オカシナ娘ダ」 なんだか、心なしか呆れた口調。 …………もういいわ。 おかしな娘で結構!面白いより全然マシだわ! 開き直ったわ!ありがと、ゼルフィルド!! 黒の旅団、見尽くしてやろうじゃないの! そして、なんとしてでもデグレア軍を仲間に引き入れるわ! 希望は3人1セット!! ゼルフィルドだって……死なせやしない! それぐらいのわがまま、許してよね、フライトプ○ン!! NEXT |