『おい、』 『ん?なに?バルレル』 呼ぶと、必ず答えてくれた。 時には笑いながら。時には怒りながら。 なのに。 あの時は。 あの時だけは、答えがなかった。 Scene.21 to 22 悪魔の後悔 港町ファナンの海岸で、バルレルは月明かりの下、1人槍を振り続ける。 『おい!?!?』 自分の叫び声が、先ほどのことのように思い出される。 鳴り響く銃声。呼んだ名の持ち主が撃たれたのは、明らかだった。 撃たれて返事もできない人間を、助けに飛び込むのは無謀だった。 助けに行くことで、他の仲間が危険にさらされることも知っていた。 でも、それでも助けに行きたかった。頭ではわかっていても―――心が納得していなかった。 なぜ、アイツの手を握っていなかった? なぜ、途中で目を離したんだ? なぜ、なぜ―――。 悔やんでも悔やみきれないとは……このことか。 あの時―――大平原から逃げ出したとき、自分を抱きかかえて走るニンゲンを、殴ってでも助けたかった。 今来た道を引き返したかった。 大平原へと戻って、あいつの腕をひっぱってきたかった。 でも―――出来なかった。 こんな姿の今。誓約に縛られている今は、たった1人のニンゲンにすら抵抗できない。 もっと、自分に力があったら。 アイツを守れる力があったら。 ―――こんな思いはしなかっただろうに。 …………でも、すべては、もう、過ぎ去ったこと。 暗闇に響く潮騒が、バルレルの心を激しく動かす。 「…………頼む……生きててくれ……」 捕まっててもいい。人質になっててもいい。 それならば、まだ、助け出すことが出来る。 生きていてくれれば。 それは、悪魔である彼が、初めて誰かの命を守りたいと思った瞬間。 もっと―――もっと、力が欲しい。 アイツを助けられるくらいに。アイツを守れるくらいに。 もっと。 ――――――もっと、力を。 バルレルは、海の上に浮かぶ月を見ながら、愛しい娘を想い、一人、槍を振り続けた。 NEXT |