Scene.20  だと知っていても




撃たれた右腕を、誰かが丁寧に拭いている。
何か、麻酔でも打たれているのだろうか。不思議なほど痛みはない。
皮膚に触れる、温かく濡れた布が、とても気持ちいい。

ゆるゆるとうごめいていた意識が、少しだけ現実に戻ってくる。

うっすらと目を開けてまず見えたのは、赤紫だった。
疑問に思って、首をひねろうとするが、肩に走った痛みにうめき声を上げる。
すると、視界が赤紫ではなくなった。

「…………気がついたのか」

かけられた声に、驚く。
そして、今まで見えていた赤紫が、声の主の髪の毛だったのだと理解した。

「…………ル……イド?」

ルヴァイドの、顔が見える。

「声を出すな。動かなくていい。……お前には、血が足りていないんだ」

なんで?
どうして?
私は生きている?

助けられた?
黒の旅団に?
人質?

さまざまな疑問符が頭を駆け巡る。
だが、結局最後に出てきたのは。

「ど……して……私を助け……の?」

「声を出すなと……」

「村、1つ……潰すのをためらわないのに……どうして……私を助けるの……!?」

その問いかけに、ルヴァイドは、私から目をそらした。
答えはない。
―――答えられないということか。

「なん……で……?」

涙が流れるのがわかった。
そのまま、私はまた意識を失った。



次に目覚めたとき、ルヴァイドの姿は見えなかった。
ただ、耐え切れないほどの激痛が、私を襲っている。
右腕、左肩、太もも。
ズキンズキン、と音をたてて痛みが頭に響く。

「…………うっ……」

うめき声を上げると、さっと布を捲る音がして、誰かが入ってきた。
誰か、は言うまでもない。

「……痛むのか?」

ルヴァイド、だ。

「すまない、痛み止めを取りに行っていた。…………飲めるか?」

口に、粉と水が含まされる。
ゴクン、と飲んで、しばらくたったら、大分痛みが和らいだ。

「…………目が覚めたら、ずっと聞こうと思っていた。……名前は、なんという」

「…………あなた、私の名前も知らなかったの?」

「あぁ」

「………………………

「そうか…………と言うのか」

ルヴァイドは、もう1度私の名前を確かめるように言う。

、なにか食べれるか?」

「…………………………いらない、食べたくない」

そうか……
それだけ言って、ルヴァイドはまたテントを出て行った。
私は、また、眠りについた。



ルヴァイドは、どうやら私の世話を一手に引き受けているようだ。
食事も、ルヴァイドが自ら持ってくる。腕が使えない私の口に、食事を運ぼうとするが、私はそれを突っぱねていた。
そこまで彼が私にする理由がわからないし、それをいくら聞いても、彼は答えてくれなかったからだ。
だが、ずっと食事を拒否し続ける私に、彼は『栄養をとらねば、治る怪我も治らないぞ』というので、不本意ながら、少し、食べてみた。
それはおかゆよりももっとゆるく米を煮たものだったが、驚いたことに、私の体は食べ物を受け付けようとしなかった。噛んで飲み下すことができない。本当なら、汁も飲みたくなかったが、頑張っておかゆの汁だけ少し飲んだ。
もういらない、というと、ルヴァイドは眉をひそめた。
今度は、私の変な意地ではなく、体の正直な反応だとわかったからだ。
食事を下げたルヴァイドは、傷口に薬を塗って、新しい包帯に変えてくれた。



その翌日、私は熱を出した。私にしては珍しく高熱で、ルヴァイドが呼んだらしい軍医が、『傷からくるものだ』と言ったのを聞いた。うつらうつらしながら、ルヴァイドがマメに額の布を代えてくれるのだけ覚えていた。

ずいぶんと長い間眠って、久しぶりにふと目覚めた。
目線だけで、いつも側にいてくれたルヴァイドを探す。
すると、私の寝ているところの横で、イスに座ったまま寝ているルヴァイドが目に入った。長い足を組んで、腕組みをして。険しく眉間にシワを寄せたままの顔は、最後に記憶していた顔より、幾分痩せこけていた。
しばらくして、ハッと目を覚ましたルヴァイド。起きている私を見て、少し息をついた。

「…………大丈夫か?何か食べるか?」

私は、その問いに首を振って、違う言葉を口にした。

「…………ちゃんとご飯食べてるの?」

驚いたように目を開いて、私を見た。

「ずいぶん痩せたよ。……って、私のせいか。……ごめんね」

「違う!お前が謝る必要はない!」

いきなりの大声に、思わず目を瞑る。
ルヴァイドは、前髪をかきあげながら、息をついた。

「……すまない、大声を出した」

ううん、と頭を振ると、ルヴァイドは私の目をまっすぐ見つめ、静かに言った。

「……本当は……謝らねばならんのは俺のほうだ。お前を死ぬ目に合わせ……村を1つ滅ぼした。それが地獄に落ちる行為だとわかっている。謝ってすむべき問題ではないことも。だが……だが、今の俺には、謝ることすらできん。俺は……俺のやるべきことをしたのだ。……それが、俺の意志ではなかろうと」

「……………………うん」

わかってる。知ってるよ。ルヴァイドが辛かったってこと。苦しかったってこと。
今、彼の本心が垣間見えた気がした。

「……わかった。……でも、忘れないで。あなたがしたことを。あなたが奪った命のことを。そして、その分の命を背負って生きているということを。…………だから、もうちょっと、自分を大事にして」

私がそういうと、ルヴァイドは、なんだか複雑な表情を見せて、何度も頷いた。
私はその顔を見て、少しだけ安心する。すぐにまた睡魔が襲ってきた。

「……もう少し眠れ。まだ身体が回復していない。睡眠を欲しがるんだ」

「うん…………」

私は、素直に頷くと、まぶたを閉じた。
意識がなくなる直前、ルヴァイドがまた私の額の布を代えてくれた。




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