Scene.18  走の代償


大平原から、街道へと向かう。
その途中で、ふと隣を歩いていたバルレルが私に話しかけた。

「…………おい、

「うん?何か言った?バルレル」

「…………こんなところで言うのもなんだと思うが……おい、ニンゲン。テメェも聞け」

「?なんだよ、バルレル」

マグナがわざわざ私たちの近くまで、話に参加する。

「…………お前、なにか特別なモンでも身につけてるか?」

「は?」

「なにか、召喚術に効果のあるモンだよ」

「…………身につけてないけど?」

それを聞いて、マグナが思い当たることがあったのか、あぁ、と呟いた。

に召喚術が効かないってことか?」

「へっ!?」

「…………お前もそう思ってたのか、ニンゲン」

「いや……俺も確信はしてなかったけどな。バルレルがそういうなら、やっぱりなのかなぁ〜って」

「ちょ、ちょっとちょっと!当事者抜きでのお話はやめてください!(汗)」

と私が2人の間に割ってはいると、すぐにネスティがツカツカツカ、とこちらにやってきて私の頭をはたいた。
………………痛ひ…………(涙)

、静かに」

「うぃ……了解しました」

ネスティは、にぃっこり笑うと(ミモザさんと同じ笑いだ)離れて行った。
私は、はたかれた頭をさすりながら、マグナに聞く。

「どういうこと?私が1番状況を把握してないんだけど」

「……モノは試しだな。おい、ニンゲン。テメェの召喚術を使ってみろよ」

「え!?……でも、もし万が一効くんだったら……」

「リプシーでもなんでも、害のないものならいくらでもあんだろ!」

あぁ、といって、マグナはリプシーの誓約がされた石を出した。
みんなが、突然歩くのをやめた私たちの近くに寄ってくる。

「何をする気だ?」

「まぁ、メガネ、見てろって。…………おい、ニンゲン。召喚術の光は、ちゃんと布かなんかで遮れよォ?」

マグナが言われたとおり、持っていた荷物の影で召喚術を使う。

、ちょっとだけ我慢しやがれ」

そう言って、バルレルが私の腕に小さな傷を作った。
マグナが召喚したリプシーが、私の体を小さな光で包む。

自分のするべきことを終え、ぽんっと消えたリプシー。

「……やっぱな……治ってねェ」

バルレルは、自分がつけた傷が、そのまま腕に残ってるのを見て呟いた。
みんなが驚いたように私を見た。

「どういうことだ、バルレル」

「さぁな。俺にもわかんねェよ。……最初は、あの年増女の時だった。あの女、お前に散々メイトルパの召喚術を使ったよな?だが、ニンゲンたちがすぐにかかった魅了の攻撃に、お前は何度やってもかからなかった」

「…………そんなこともあったような…………」

「次は、湿原での戦いだ。2度、サプレスの召喚術を受けても、お前は傷1つ負わなかった。……偶然にしちゃ、多すぎる回数だぜ?」

「でも待ってっ。ケルマと戦ったときは、バルレル、あなたにも召喚術が効かなかったじゃないの」

ミニスの言うとおりだ。
あの時は、バルレルにも全然召喚術が効かなかった。それでケルマに散々な言いようをされたんだ、私は。

「あぁ……でも、俺はメイトルパに耐性はねェし、もちろん魅了攻撃を防止するもの、召喚術を無効にするものも身につけてなんてなかったぜ。事実、俺は湿原での戦いで、何度か敵の召喚術をまともに食らった。……それから考えて、の近くにいるときは、お前の特性が効くって方が、よっぽど理に適ってねェか?」

「……………………半魔の水晶」

ネスが思いついたように言った。
半魔の水晶って……たしか…………。

「あ!授業で習った!召喚術を緩和する領域を作る不思議な水晶のことだよね?」

「ほぅ……君にしては、珍しくまともに覚えていたじゃないか、トリス。

「……むぅ」

「それと同じような感じだと思う。ただ、緩和というレベルじゃないな、もう。これは完璧に『無効』になるんだ」

「でも、それなら今までのことに説明がつくな。屋敷でイオスと戦ったときも、リューグに召喚術が効かなかった」

「ぼ、僕の時もそうです!湿原で、僕にも召喚術は効きませんでした!」

ふむ、とネスティが腕を組む。
頭の中で物事を整理しているみたいだ。

「どうやら、のごく近くにいるときには、召喚術は効かないと思っていていいな。湿原での戦いのとき、あまり離れていなかったが、リューグやバルレルは召喚術を受けている」

なんだか、とんでもないことになってる…………。
な、なに?私ってそんなにすごい人物だったの……?

「じゃ、じゃあ、私ってば召喚術を無効にするんだから、比較的召喚術に弱いバルレルとかの側にいれば、もっと楽に攻撃ができるんじゃないの?」

「だが、。考えても見ろ。召喚術に弱いタイプは、総じて直接攻撃系が多い。否応なしに前線にでることになる」

「……危険は増えるけど……でも、それでバルレルたちのケガが減るなら……」

「たしかにバルレルたちのケガは減るだろう。……だが、君のケガは確実に増える。いいか、。君には召喚術が効かない。それは、回復召喚術も効かないということにもなるんだ」

「そうね。私たちのケガは、多少酷いものでも、召喚術の重ねがけで治すことが出来るけど……召喚術の効かないあなたが、大きなケガをしたときは……それこそ、命に関わるわ」

「あぁ……だから、今までどおり、なるべく前線には出ないようにするんだ。もしも、敵が召喚術を使ってこようとしたら、その気配を見せた時点で、の側に行けばいい。……いいな、。くれぐれも、無茶はするなよ」

「…………了解」

いざとなったときには、守れる保証はまったくもってないけどね。

「よし、それじゃ、行くぞ」

「うん」

私たちはまた息を潜めるようにして、歩くのを再開する。
しばらくして、ミニスがきゃっ、と悲鳴を上げた。どうやら、転んでしまったみたいだ。
トリスが助け起こしているのがわかった。
私はその風景をほんわりとした気持ちで見ていたら、突然隣にいたバルレルが私の前に立った。

「な、なに?バルレル」

「……いいか、ぜってぇ前線には出るなよ!」

バルレルが見据える先に見えたのは……松明の灯り。
1、2、3…………相手は10人。決して多い相手ではないが……足止めするには十分な人数だ。
イオスが1番前に立って、槍を構えていた。

「待ち伏せを考えもせず街道を来るとはね、呆れたものだよ。もっとも、おかげで汚名返上ができそうだ」

「わざわざお出迎えたぁ、まあ、ご苦労なこった」

リューグが斧を構える。

「伝令、急げっ。ルヴァイド様に報告をするんだ!『小鳥は初手の網にかかった』と!」

「まずい!敵はここで僕達を足止めして別働隊で完全に包囲する気だぞ!?」

「みんな、逃げて!!」

「ははは、どこへ逃げても同じことだよ、覚悟するがいい!」

イオスが、兵士たちにすばやく指示を出す。
ザッと兵士が散らばり、私たちの行く道を防いだ。

「ちぃっ!」

バルレルが大きく舌打ちをしたのが聞こえた。
遠くの方から、矢が飛んでくる。それが暗くてよく見えないのだ。突然目の前に現れる矢は、私たちの恐怖を大きくする。

「……おい、!絶対に俺たちより前には出るなよ!」

「…………この状況では、できる限り、前に出たくはないです〜〜〜!!!」

リューグの声に、半泣きで叫びながら、私は飛んでくる矢に身をすくめた。
とりあえず、ロッカとバルレルが、近くにいる弓兵に近づき、昏倒させる。
そのまま、私たちは固まって兵士たちを倒していく。

大きな剣を持った兵士相手には、ネスやミニスが召喚術で、比較的防御力が高くない剣の相手には、直接攻撃のフォルテやリューグが倒していった。
私は、最前線で戦って傷ついているマグナにキッカの実を渡した。

……ヤバイ、もう残りがあと1個しかないぞ……。

私が焦るのと同様に、みんなも焦ったような表情だ。

やがて…………。

「あれは……っ!?」

「松明の明かり……あれが全部、敵だっていうの……!?」

「おしまいの時間だよ、ルヴァイド様の来た今、君たちに勝ち目はない」

「読み負けたんだ……こうなったら、僕らにもう打つ手はない」

「バカっ!ネスティ!簡単に諦めるな―――!!!

私が叫んだと同時に、ただでさえ暗い夜に、更に拍車をかけるような黒い霧が立ち込めてきた。

「なんだ、この霧は!?」

「なんなんだこれは!?くそっ、目が……目がくらむ!!」

「何が起こったって言うの……?」

『さあ、今のうちにお逃げなさい』

「へっ!?」

トリスが素っ頓狂な声を出す。
私は、この声の主が、蕎麦どころあかなべの店主であることを知っている。
だから、これがギブソンさんたちが行ってくれたということも知っていた。

「みんなっ、早く逃げよう!?」

『目くらましの霧があなたたちを守っているうちに、急いで……』

シオンさんの声が聞こえる。
続いて、ギブソンさんの声も聞こえた。

「みんな、こっちだ!」

ギブソンさんの促す声。
私はそっちの方向へ走り出した。



「うわあぁぁぁぁ!?」



突然の暗闇で、パニックになったのだろう。旅団の兵士が叫び声を上げた。
私はビックリして立ち止まる。
だが、すぐにそんな場合ではない、とみんなの姿を霧の中、懸命に探した。



パンッ……。



銃声がした。
なぜ?先ほど戦った兵士の中に、銃を持っていた人はいない。
でも現実に銃声がする。私が以前に聞いた、ゼルフィルドの銃の音ではなかった。

立て続けに、パンッ、パンッ!と銃声がなる。

「おいっ、!どこにいやがる!?」

バルレルの声が聞こえた。
私は、はっと我に返ってバルレルの声がするほうへ走り出した。

「バルレル!ここにい……!」



パンッ……!



私の腕から赤くて熱い液体が飛び散るのを、当の私はスローモーションのように、ゆっくりと冷静に見ていた。

続いてもう1発。今度は呆然と立ち尽くしたままのふくらはぎに当たった。
たまらずに、その場に膝をつく。

私の声が途切れたことに不審を感じたのだろう。
バルレルが切迫した声で聞いてきた。

「おい!?!?」



―――答え、られない。



!?……撃たれたのか!?」

リューグの声に、答えようとするが、あまりのショックに声が出ない。


痛い。

腕が、しびれる。


「…………ッ……撃つな!撃たなくていいんだ!あの娘に向かって、撃つなぁぁぁ!!」

イオスの声がわりと近くで聞こえた。

あの娘って、私のこと……?
でも、まだ銃声は聞こえる。
左肩に、もう1発弾が掠る。それの痛みを感じるよりも、ふくらはぎと右腕が痛んだ。
霧のせいで、目が目の役割を果たさなくなり、それ故に鋭敏さを増した痛覚が、脈打つ音と共に痛みを増幅させる。

「イヤァァァアア!!!―――!」

私が撃たれたことに気づいたらしい、トリスとアメルの悲鳴が聞こえた。

ぼんやりと、頭の隅で私のことを話していることがわかった。
せめて、無事なことは伝えなくてはならない。
ただ、それは思うだけで実行できず。
ふわりと意識が暗くなっていくのを止めることはできなかった。



!?、返事をして!」

「トリス!下手な動きをするな!流れ弾に巻き込まれるぞ!」

「もう、巻き込まれたがいるのよ!」

「…………!彼らはおそらくに危害を加えたりはしない!聞いただろう!?『あの娘は撃つな』とイオスははっきり言った!彼女は大丈夫だ!それよりも……今は、みんなで逃げることが大切だ!」

トリスは、パンッとネスティの頬を殴る。

を犠牲にしろっていうの!?……は……召喚術が効かないのよ!?当たり所が悪かったら、命に関わるわ!」

「それじゃ、君はみんなを道連れにするって言うのか!?どちらの方がマシか、考えてみろ!」

フォルテがトリスのそばに行く。

「…………ネスティの言うとおりだ。トリス、はきっと大丈夫だ」

「ルヴァイドが来た今、僕たちに勝ち目はない。逃げることしかできないんだよ!」

「……そのとおりだ、トリス。のことは、私たちに出来る限りのことをする。さぁ、行け!」

「ギブソン先輩……!」

マグナがその場から離れようとしないバルレルを無理やり引き連れ、ロッカがリューグを説得し、聖女一行は、命からがら潮騒の聞こえる街へと向かったのだった。
彼らの仲間を、1人、失って。




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