Scene.17  先命令


パチパチと火の爆ぜる音を聞きながら、ルヴァイドは対峙している相手に厳しい視線を向けた。

「…………わざわざ貴様の方から出向いてくるとは……なんの用だ?」

「おやおや、酷い言いようですねぇ」

「つまらん御託はいい。用件を簡潔に言え」

そう言われて、軍の顧問召喚師、レイムはルヴァイドに笑顔を向けた。
顔に炎の陰影が映って、笑顔が妖しげな雰囲気を持っている。

「……ある娘を捕らえて欲しいんです」

「…………聖女ではないのか?」

「聖女一行と共に行動している娘です。その娘の捕獲でしたら……聖女よりも優先させていただいて結構です」

「………………どういうことだ。聖女捕獲が我ら『黒の旅団』の任務だろう」

「えぇ。……ですが、この娘も非常に重要な鍵なんです」

銀の髪が風に靡いた。薄い色の瞳が愛しげにすっと細められるのを、ルヴァイドは多少の驚愕と共に見つめる。

「……できるだけ、無傷で捕らえてください。無傷で捕らえられそうにないときは、時期を見送って結構です。それと、この娘のことは内密に。一般兵に知られると少々厄介なのでね」

不可能だ。

そう口から出そうになるのを、ルヴァイドは無理やり抑えた。
何も知らない一般兵が、彼女を傷つけるのは当たり前だ。

だが……自分に拒否することは許されない。

「…………ずいぶんと丁重な扱いをするんだな」

「えぇ。彼女には傷ついて欲しくない。……傷つけてはいけないんです、我々は」

「…………どういう意味だ?」

レイムは、意味深な笑みを浮かべて竪琴を手にとって、愛しそうに撫でた。
ルヴァイドの質問に答えることはなく、レイムは立ち上がる。

「では、頼みましたよ。……あぁ、そう。彼女にも、私の命令だということは言わないでくださいね」

釈然としない顔で、ルヴァイドは去っていく召喚師を見つめていた。



召喚師の奇怪な言動から数日。

王都に偵察に出していたイオスとゼルフィルドが命令以上の行動をしていると、伝令が届いた。
ルヴァイドはすぐに待機させていた兵を集め、報告が来たフロド湿原へと向かった。
ふわふわと揺れる地面が頼りない。
やがて、広がる草原の遠くの方に、人影を見つけた。

兵を待機させ、まずは遠くから敵を確認する。
ふと、走り回っている娘が目に入った。
偵察の報告では、武器も持たず、なぜ聖女たちと共に行動しているかわからないほどの一般人だと言うことだった。

(……あの、娘か……)

―――なぜか、この娘がレイムが言っていた、『特別な娘』と言うことが一目でわかった。
何か、目には見えないが異質な雰囲気を持っている。

少女は、敵、味方の間をかいくぐるように走り回り、仲間の治療をしている。
赤毛の男に何かを渡した後、また違うところへ走り出そうとした、その時。
旅団の召喚兵が召喚術を使った。
紫の光が溢れ、空中に召喚獣が現れて娘に襲い掛かる。
強烈な光にルヴァイドも思わず目を細める。
ろくに防具もつけていない身では、ただではすまないだろう。
イオスにも、一般兵にも伝えていないことから、こんな事態になったのだろう。舌打ちをしながら、足を速めた。
胸の奥で、罪の意識がツキン、と音を立てた。

だが、光が消え去ったとき、ルヴァイドの目に映ったのは傷ついた娘でも、倒れた娘でもなかった。
ちゃんと地面に両足をつけて立ち、手足を少し動かして体に異常がないことを知ると、またすぐに仲間の元へ走る。
そんな中で、緑の頭の少年が悲鳴をあげた。先ほど娘に向かっていたものと同じ召喚獣が、彼に向かっていたからだ。
娘は、一目散に少年の元へ走りよると、まるで大切なものを守るように抱きしめた。
やはり……光が消えた後には、傷1つ負っていない娘と少年がいた。
少女はなにやら叫ぶと、身近にあった石を兵士に投げつける。ちょうど横っ面をはたかれたように、兵士はその場に倒れた。
ルヴァイドは、それを見て我に返ると、一旦立ち止まった。

「遠くから囲い込め」

命令を出し、待機させていた兵を散開させた。
自分は1人、部下の元へ向かう。

イオスが、取り囲まれ、ゼルフィルドが孤立させられた。
眉をひそめつつ、足を動かす速度を速める。

だが、ようやく声が聞こえる程度の距離になったとき。
イオスの叫び声が聞こえた。
それに呼応するように、ゼルフィルドが銃を構える。

(捨て身で行く気か!?)

そして―――。
数発の銃声。

ルヴァイドが諦めたのと、緑の光が炸裂したのと、イオスが地面に引き倒されたのが、すべて同時だった。

生きている部下を見て、ルヴァイドの口から安堵の吐息が漏れる。

イオスが立ち上がって、娘に文句を言う声が聞こえた。
てっきりルヴァイドは、怒鳴り返す声が聞こえると思っていた。
だが、予想に反して、聞こえてきたのは高ぶる感情を押さえ込むような声。
あまり大きくない声だったが、広い草原に吸い込まれることなく、不思議なほどルヴァイドの耳に届いた。


「命ってのはねぇ、この世の中で1番重いものなんだよ!将軍だろうと王様だろうとアリだろうとゾウだろうと、命の重さなんて変わりゃしない!」


ルヴァイドはその言葉に、思わず足を止めた。


「アリが死んだら、悲しむアリがいるし、ゾウが死んだら悲しむゾウがいる!同じように、あんたが死んだら、悲しむ人間がいるんだよ!」


ルヴァイドの頭に、泣き叫ぶ村人の姿が浮かぶ。
命乞いをするものを斬って捨て、逃げ惑う人々を追いかけ、殺した。
あの者たちが死んで、悲しむ人間がいた。


「……命より大事なものなんて存在しない。それが自分の命だろうと、他人の命だろうとね……!よく覚えといて!」


ズシリと心に響いた言葉。
自分は、いくつその大切な命を奪ってきた?
その考えを振り払うように早足で歩み寄り、娘たちの前に姿を現す。
ふと話している最中に娘を見た。
だが、襲ってきた感情は、いつも感じる、『勝てる』というものではなかった。

力では圧倒的に勝っているが、この少女に、俺は敵わない―――。

対峙したときに、まっすぐに見つめ返してきた目を見て、そう思った。

「……行くがいい。今は追わん。だが、今だけだ。次に貴様らとまみえたそのときには……このルヴァイド、もはや、容赦せん。それを忘れるな……」

次、出会ったときは必ず捕らえる。
…………それが、俺の望まぬことでも。

最後に娘の目がこちらを向いた。
一瞬だけ合った瞳は、なにかを訴えかけるようだった。



「…………イオス、ゼルフィルド」

「……申し訳ありません、ルヴァイド様!」

「申シ訳アリマセンデシタ」

「…………もうよい。次からは決して勝手な行動はとるな」

「…………はい」

「了解シマシタ」

兵士たちに帰還することを告げる。
ルヴァイドは、あの村の事件以来、外に出るときには必ずつけている兜を取った。

「………………ルヴァイド様?」

「…………お前たちに言っておくことがある」

不思議そうな顔をする部下。
わざわざ兜を外してまで自分たちに言うということは、なにか大変なことでも起こったのか。

「……召喚師から命令が届いた。イオス、お前を助けた娘を、捕らえて来い、という命令だ」

「…………………は?」

「聖女よりも、捕獲を優先していいそうだ」

「どういうことですか!我々『黒の旅団』は、聖女捕獲が任務ではないのですか!?」

「召喚師からの命令だ。おそらく元老院から来たものだろう」

「……ですが……ッ」

「…………どうした、イオス。あの娘を捕らえるのが嫌なのか?」

珍しく、自分に反抗するようなイオスに、ルヴァイドは聞いた。
すぐに、いえ、という返事が返ってくるが、やはりその顔は暗い。

「…………やはり、嫌なのだな」

しばらくして、ゆっくりとイオスは頷いた。

「…………捕らえるということは、多少なりとも傷つけることになります。……まがりなりとも、自分の命を助けてくれたものに、手荒な真似はしたくありません……」

「安心しろ、召喚師からは、できる限り『無傷』で連れて来い、という命令も出ている。無傷で捕らえることができない場合は、時期を見送ってもいい、ともな」

「…………オ言葉デスガ、我ガ将。ソレホド、丁重ナ扱イヲ受ケルアノ娘ハ、何者ナノデスカ?」

ルヴァイドは、機械兵士に向かって、目を瞑ってゆっくりと首を振った。

「俺は何も聞かされてはいない。……ただ」

「タダ?」

「……召喚師にとって、あの娘は特別な存在らしいな。それだけは、俺にもわかった」

機械兵士も、イオスも押し黙る。
……彼らとて、自分の望まぬ任務に就くのは、『聖女捕獲』のみで十分だろう。

ルヴァイドは彼らの心中を察しながらも、言葉を続けた。

「……このことは、一般兵には何も告げていない。できる限り、我らで捕らえるしかない」

「そんなっ……不可能です!何も知らされていない兵士が、彼女を傷つけるのは必至です!」

「…………それを行え、というのが上からの命令だ」

我々に、拒否することは適わない。

そう続くのを、ルヴァイドたち全員がわかっていた。





NEXT