わかってた、ここから全てが始まるって事。
辛い戦いが始まるって事。

…………それでも、心のどこかでそう筋立てどおりにいかない、と甘えていたのは事実だ。


Scene.15  の正体



「このまま王都の中に立てこもられたら面倒だったんだがね。わざわざつかまりに出てきてくれるとは……正直、助かったよ」

私より一足先にみんなの元へ戻っていたリューグは、息も切らさずにイオスを睨みつけた。

「都合のいい御託をならべてんじゃねぇ!!」

「所詮ハ素人ノ集団カ。コウナルコトハ予測デキタロウニ……」

ゼルフィルドが、機械兵士の無感情な声だが、どこか呆れたような口調で言うと、ケイナがふっと微笑をもらして答えた。

「そうね、まさにその通りよね」

「ああ、こうでなくちゃ、遠出してきた意味がねぇ」

「えっ?」

「手詰まりだったのはね、お互い様ってことよ」

「えさをちらつかせれば飢えきった獣は確実に食いついてくる。あのねーちゃん、たぶんそこまで計算してたんだろうな」

「そういうことか!?」

ミモザおねーさん……ここであなたが現れてくれれば、最高にカッコいいんですが!!
…………あぁ、広い湿原のどこにもそれらしき人影は見えない。どこまであの生物を追っかけにいったんだ!?

「こざかしい!われわれと貴様らの戦力差を考えれば、自殺行為にしか過ぎないぞ!」

「そのあたりはまぁ、気合で補うさ。なぁ?

「私!?って、私に気合以外の何を求めるの!?」

「ハッ、違ェねぇ。オマエにゃ気合のみで十分だ」

…………リューグ、後で見てろよ。

「総員、全力でかかれ!」

「上等だっ!受けてたつぜ!」

「おい、あのイオスって小僧を絶対に逃がすなよ?あいつをふんづかまえれば、こいつらの正体がわかるはずだ!」

フォルテはそういうなり、近くにいた兵士相手に剣を抜いた。
ネスティが杖を手に、べズゾウを召喚する。ミニスは、ロックマテリアルをお見舞いした。
近づくにつれて、みんなのケガが目立ってくる。
アメルやマグナが一生懸命、聖女の力やリプシーで治しているけれど、それが追いついていない。いずれ魔法力が尽きてしまうだろう。
私は、まず自分のズボンについているたくさんのポケットを手探りで確認した。
Fエイドはいっぱい買い込んだし、メイメイさんからもらったキッカの実もある。
…………私にも出来ること。
剣や槍は持っていないけれど、これも1つの戦い方だ。
私は、まず1番辛そうなバルレルの元へ行った。

「ばっ……!あれほど前線に出てくるなって……!」

お黙り!!腕切られて、まともに槍も持ててないでしょ!?バレバレなのよ!ほら、これ食べて!あんたの歯なら、すりつぶさなくても噛み砕けるでしょ!?」

そう言って、堅い殻を剥いたキッカの実をバルレルの口に押し込んだ。とたんに、流れていた血が止まり、細胞が回復する。
お?と傷があったところを見るバルレル。
私は、すぐにリューグのところに行った。リューグもリューグで、また無茶をするので、やたらと傷が多い。胸なんかは防具があるからいいけれど、ちょっと防具をつけていないところ―――腕なんかは相当切られている。
これは、Fエイドじゃ足りないな……。

「リューグ、これ食べて!」

私は殻を剥いたキッカの実をリューグに投げつける。パシリと受け取ると、なんの質問もなく、リューグはそれを食べた。

「…………あんま美味くはねぇが、こりゃーいい……助かったぜ!」

そうして、相手の剣撃を跳ね返してカウンター攻撃を仕掛けた。

「……さん!」

レシィの声に、何事かと振り向く。

「…………!?」

アメルが小さな悲鳴を上げる。
私の目の前に、霊界の召喚獣、ボワがいた。ふわふわと浮いていて、青い衣が風になびいていた。

私はその場から動けずに、目を瞑る。

瞬間、体にビクッと痙攣。

「ちぃっ……!おいッ!!?」

バルレルの声が、聞こえる。
…………………………………………あれ???
瞑っていた目を開けて、ちょっと手足を動かしてみた。

……………………痛くないし、全然。

「な、なんかよくわかんないけど、平気!!!気にしないで!!」

「うわあぁぁああ!?」

今度はすぐ近くでレシィの悲鳴。
レシィは、先ほどの私と同じ、ボワに見つめられていた。
レシィも相当な傷を負っていて、このままだと危ない。

私は、思わずレシィの元へ走りより、体を抱きかかえた。

えぇい、1度効かなかったんなら、2度目も効くな!
ムチャクチャな理由を胸に、祈った。
ら。

どうやら、通じた。
やっぱり痙攣するような衝撃はあったけれど、レシィを離しても、どこも痛くもなんともない。レシィも、私の腕の中で目をぱちくりさせていた。

そして、フツフツと湧き上がってくる怒り。

「…………(私の可愛いレシィになんてことするのよ―――!!!

その辺に落ちていた手ごろな石を思わず投げつけたら、上手い具合に顔の側面に辺り、召喚兵は横っ面をはたかれたように倒れた。
レシィが慌てて私の顔を見る。

「マ、さん!?大丈夫ですか!?」

「うん、平気。今日はついてるみたい♪……レシィこそ、傷がひどい。はい、これ食べて」

キッカの実を渡してから、私は周りに目をやる。
すでに黒の旅団の兵士は大方地に臥し、イオスやゼルフィルドも引き離されて各自孤立していた。
そして。
みんながイオスを取り囲んだ。
無言でヴァルゼルドが銃を構えようとするが、フォルテが剣を突きつけて、言い放った。

「おっと、機械兵士さん。この前と同じ手はもうくわねーぜ?」

「おかしな動きをすれば、仲間の命は保証はせん。しゃべってもらうぞ。お前たちの正体と、その目的を!」

ネスがそういうと、囲まれたイオスはきっと目線をヴァルゼルドにむけた。

「かまうな、ゼルフィルド!このまま撃て!」

「へっ!?」

「任務の遂行こそ絶対だ。お前さえ生き残れば、あの方に対象を届けることはできる。さあ、僕ごとこいつらを撃ち殺せ!」

私は慌ててあたりを見回す。やはり、ミモザさんの姿は見えない。
物語どおりなら、ここでミモザさんが現れて召喚獣で弾丸を止めてくれる。
だけど。
―――だけどもし、ミモザさんが現れなかったら?

「…………了解シタ」

イオスの言葉に、ヴァルゼルドが自身の銃の照準をイオス越しに私たちに合わせた。

「ちょっ…………」

「ぼけっとしてんじゃねぇぞ、テメェら!?連中は本気だっ!!」

「みんなも逃げて!!」

ガンガンガンッ!
銃が放たれるのと同時に―――なぜかわからないけど、体が勝手に動いた。
私は自分では考えられないスピードでイオスを地面に引き倒し、自分も地面に伏せていた。
だが、その上を弾丸が通過すると言うことはなく。

グワアァァァアオォォォ!!!

響き渡る咆哮が、物語がシナリオどおりに進んでることを意味していた。

「召喚術……メイトルパのだっ!?」

「ちょっとちょっと、君たちぃ?そう簡単に命を粗末にしちゃダメよー?」

「ミモザさんっ!」

「遅ぇんだよ!ったく……」

「いやあ、新種発見にうかれて、気づくのが遅れちゃったけど、なんとかギリギリで間に合ったみたいね?」

「我ガ銃撃ヲ召喚獣ノ表皮デ弾クトハ……」

「おのれ……余計な邪魔をっ!?」

イオスはバッと立ち上がって、私を見下ろし、ミモザさんをにらみつけた。

「何言ってんの?ほっといたらあなた、蜂の巣だったじゃない。自分の危険を顧みず助けようとしてくれたに感謝なさい。それに文句を言う前に、その震えてる体をなんとかなさい。カッコ悪いわよぉ?」

「だ……黙れっ!…………貴様も余計な真似をしてくれたな!?」

「はっ?私?」

「オマエ以外に誰がいる!……任務遂行のためなら、この僕の命など軽いものだ!」

………………………………………………は?

「あんた……何言ってるの?」

自分でも驚くほどの低い声がでた。
まぶたの裏に、レルムの村の人の姿が浮かぶ。

「命ってのはねぇ、この世の中で1番重いものなんだよ!将軍だろうと王様だろうとアリだろうとゾウだろうと、命の重さなんて変わりゃしない!」

「な、なにを……!」

「アリが死んだら、悲しむアリがいるし、ゾウが死んだら悲しむゾウがいる!同じように、あんたが死んだら、悲しむ人間がいるんだよ!」

「…………おい、。自分で何言ってるかわかってるか?」

「バルレルお黙り。……命より大事なものなんて存在しない。それが自分の命だろうと、他人の命だろうとね……!よく覚えといて!」

「……の言うとおりだ。俺たちは殺し合いを望んでいない。ただ、お前たちがアメルを付けねらうことをあきらめてくれればそれでいいんだ」

「…………だとすれば、貴様らの望みは永遠に叶うまいな」

後ろの方から聞こえた、くぐもった男の声。
ビリッ……と空気が震える。緊張が走る。

「なぜなら、我らの任務は、そこの聖女を確保して初めて達成されるものだからだ」

「黒騎士!こいつも、ここに来ていたなんて!?」

「……これではっきりしたな。やはり、こいつらは仲間だったんだ」

「イオス、そしてゼルフィルド。俺は貴様らに監視を継続することのみを命じたはずだが?」

「ですが……っ」

「命令違反の挙句にこれ以上の醜態を俺に見せるつもりか!?」

ルヴァイドの厳しい声音に、イオスがびくりと体を震わせて謝った。

「もっ、申し訳ございません!」

「我々ノ先走リデシタ」

「……なあ、黒騎士の旦那。部下への説教もいいが、状況を考えろよ。後からでばってきても、俺たちにあるんだぜ?」

「それは、さっきまでの話だろう……出ろっ!!」

ルヴァイドがそう叫ぶと、黒い兵士が現れた。
周りをぐるりと取り囲んでいる。

「そんな!いつの間に!?」

「……わざわざ姿を見せなくても、その気であれば、貴様らをまとめて始末することはできた。そうしなかったのは、借りを返すためだ」

「借りって?」

「そこの娘と女召喚師には、結果として部下の愚行を止めてもらったわけだからな」

……あんま、私役に立ってなかったけど……。

「あら、どうも。そういう礼儀は守ってくれるわけね」

「ふざけやがって……余裕のつもりか!?」

「ならば、わざわざ姿を見せたわけを聞こう」

「貴様らに、宣戦勧告をするためだ。崖城都市デグレア特殊部隊『黒の旅団』の総司令官としてな」

「デグレアだと!?」

「デグレアって……たしか旧王国最大の軍事都市じゃ……」

「理解したようだな。自分たちが敵に回そうとしているものの大きさを。それをしってなお、貴様らは我が軍勢と敵対するつもりか」

ルヴァイドは、なぜか、私の方ばかり見つめてくる。
…………どうせ、私が1番弱そうだよ。くじけそうだよ。
だけどねぇ……。
こんなところでくじけてられるかっ!!

「ふんっだ。どれだけ相手が大きかろうと関係ないよ。私はアメルと一緒にいたいの!だから、ずぇったいアメルは渡さないっ!」

さん……」

「ずいぶんと自信満々に言ってくれてるけどね、黒騎士さん。わかってるの?ここは聖王国の領土であなたたちのやっていることは、軍事侵攻よ」

「承知している」

「ふーん……なら、おぼえといて。派閥の同胞を傷つけ、まして、無用の戦乱で世界の調和を乱そうとするものたちには、蒼の派閥は容赦なくその力を持って介入するってね!」

か、かっこいい……ミモザさん…………。
これだけすごい啖呵をきられたら、相手だって下手に手出しはできないだろう。

「さあ、みんな。帰るわよ」

「帰るって……いいんですか!?」

「心配しないで。今ここで戦端を開けばどうなるか、あいつらだってわかってる」

「聖王国に属するすべての街と、召喚師の集団を敵に回すことになるわけだからなぁ。それはちと困るだろ?黒騎士の旦那」

「……行くがいい。今は追わん。だが、今だけだ。次に貴様らとまみえたそのときには……このルヴァイド、もはや、容赦せん。それを忘れるな……」

最後に、私はルヴァイドと一瞬だけ目が合った。
兜の中に入っている顔はわからない……だけど、なんだか、とても辛そうに見えた。





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