Scene.14  楽日和



外は快晴、心地いい風が体を包む。
すばらしいほどのピクニック日和だ。

「本気なんですか、ミモザ先輩?」

「本気も本気。大真面目だけど?」

ミモザさんは、ネスに向かって、のーんびりと答えた。

「こんな状況で街の外にピクニックに出かけるなんて……」

「まったくだぜ。なに考えてんだよ、この女は……」

「問題ないじゃない。天気はいいし、絶好の行楽日和だと思うけど」

ここで、ねー?とでも振られたら困るので、私はあえてそっぽを向いていた。

「そういう問題じゃないでしょう!?僕達は今、狙われているんですよ。なのに、のこのこ街の外に出て行くなんて」

「じゃあ、聞くけど。街の中にいたら、絶対に安全なわけ?」

「それは……」

「まあ、どこにいようと連中が襲ってこない保証はねェよなぁ」

「たしかにそうだけど、でもねえ……」

「はいはいはい!つべこべ言わなーい。わざわざアメルちゃんに頼んで、お弁当だって作ってもらってるのよ、ねぇ?」

「あ、はい……たいしたものじゃないですけど、一応は。レシィくんもおいしそうなの作っていましたよ」

「いえ、僕はアメルさんのお手伝いをしていただけですよ〜!」

「とかなんとかいって、この女もガキも、すっげぇ気合を入れて作ってたっけなぁ……?」

バルレルがそういうと、アメルはぶわっと背後から黒いオーラを出して笑った。
…………あぁ、黒聖女様…………(泣)
あのバルレルがタジタジだ。

「な、なんだよ?俺は別に嘘ついたりしてねーぞ」

「ほらほら、男ども。これでも行きたくないって言えるわけ?」

「う……」

「な、なんて強引な……」

「せっかくに、ミニスちゃんを誘いに行ってもらったんだもの。今更中止になんてできるもんですか。どうしてもイヤならいいわよぉ、私たちだけで楽しんでくるから。ねー、

そこで私に振らないでくれぇ!!

曖昧な笑顔だけで、私は突き刺さる視線に対抗した。



「さ、到着したわよ」

ミモザさんの声に、息が上がってうつむいていた顔を上げる。
目の前に広がる、青々とした草。歩いていくと、足元がふわふわする。

「うっわぁ〜……気持ちいぃ〜〜〜!!」

「へえ、こんな場所が近くにあるんだ」

「フロト湿原だな。僕も来るのは初めてだが……」

「草が青々と茂っていて、すごくきれいですねぇ……」

「足元がふわふわしてて、なんだか不思議だわ、おうちのじゅうたんみたい」

「面白いだろ?地面と草の間に水がたまってるからだぜ」

へぇ〜…………じゃ、この草むしったら、水が出てくるのかしら?
…………って、そんなことしてたら、そこらじゅう水浸しになっちゃうよね……。

「このフロト湿原はね、見習い時代からの私のお気に入りの場所なのよ。ここでしかみられない動植物も多くてね。観察するために一日中入り浸っていたわ」

「へぇ〜…………うっわ、なんですか、あの動物!!」

体は虎のようなんだけど、なんだか顔は憎めない愛嬌ある顔。

「え!どこどこっ!?」

「え、あっちに……って、ミモザさん!?」

「ちょっと観察してくるから、後のことはよろしくねぇ!」

「…………行っちゃったよ……どうしよう?」

そう言って、私はネスの顔を見た。ネスは、肩をすくめてメガネを上げた。

「やれやれ、困った人だ」

「どうすんだよ、おい?」

「いいじゃないの。ここからは、それぞれ自由行動にすれば。今日は骨休めに来たんだし」

「それはかまわねーが、俺としてはその前に腹ごしらえを……」

「私も、おなかぺこぺこ」

「以下同文でおねがいします」

フロト湿原って王都からけっこう遠いのよ……歩きっぱなしで、胃の中はカラッポ。いや、唯一いるとすれば、それは私のお腹で鳴く虫。グルリンキュルキュル、とってもウルサイ
今このときにも、グキュルル〜……と情けない音を立てた。
アメルが、くすくす笑い出す。

「はいはい、それじゃまずはみんなでお弁当にしましょうね」




ひとしきりバルレルやフォルテとおかず争いをし、満腹になったところで、やっとゆっくりと草原に身を横たえた。

みんな、思い思いにいろいろな場所へ行っている。
マグナとトリス、ネスは遠くのほうで話している。うん、大分ネスのイライラも取れてきたみたいだ。
アメルやミニスたちもレシィやバルレルと一緒に、ケイナやフォルテも談笑している。

私は、ふぅと息をついた。

ごろり、と思いっきり寝転がって、空を見上げる。
本当に、気持ちいい快晴。なんだか、心がとても軽くなった気がする。
…………やっぱり、知らず知らずのうちに、私も緊張していたのかな。
大分、この世界に慣れてきたつもりだったのだけれど、やっぱり何かにおいて世界の常識が違うので、いちいち神経を使ってしまう。
それに、戦いで血を見るのは、今でも慣れない。―――慣れたくない。
けれど、今、この瞬間だけはそんなことをすべて忘れていられる。まるで、地球のどこかの公園のように。
毎日同じことをしていた自分が、あの日々が懐かしい。

「…………うっわ、すっごいホームシックだぁ…………」

「あんだって?」

「……おわっ!?

突然青い空しか見えなかった目に、赤い触角が見えた。

「…………なんつー驚き方してやがんだ、テメェは」

「リューグがそんな変な登場するからいけないと思う」

「俺は普通に来ただけだ。気づかなかったオマエが悪い」

…………ま、いいけどねー、別に。
ずっと立ちっぱなしのリューグに、ま、座れば?と言ったら一瞬迷って(そんなに私の隣が嫌か!?)すとんと腰を下ろした。

「…………で?どうしたの?みんなにハブにされた?」

「はぁ?オマエが1人でわびしく寝転がってるから来たんだよ」

「…………そりゃどーも……」

…………………………。
か、会話が続かない…………。

「……………あ、あのさ、リューグ」

「あ?」

「…………前からずっと気になってたんだけど」

「?」

「…………そのトゲトゲは一体なんのためにあるんで……?」

私が、胸当てについているトゲトゲを指差しながら言うと、リューグが呆れたように言い返してきた。

「オマエ…………会話が止まったかと思ったら、今度はそれかよ」

「うっ……でも、気になってたんだもん。それってホント、なんのためにあるの?」

「知るか。俺が作ったんじゃねェからな、コレは。っていうか、あんまこれ意味ないだろ。装飾品じゃねぇのか?」

以外にもキッチリ答えを返してくれる。
ふーん、と生返事をしながら、やっぱり目線はトゲトゲへ。

「…………てっきり、体当たりしたときに相手にグサァッと行くのかと思った」

「………………(呆)」

「だ、だって、無駄じゃんそしたら!重いだけで!」

「……あーそーだな。重いな」

「あっ……なんだよ、そのあからさまにバカにした口調!」

「バカにしたんじゃねぇ、バカだと思ったんだ

大差ない!!

私が、リューグの胸目掛けて(ただしトゲは避けて)ゲンコを振り下ろしたときだった。

ガンガンガン!!!

「きゃあぁぁぁ!」

数発の銃声と、甲高い悲鳴が耳に届いた。
私たちはすぐに立ち上がり、声が聞こえた方向へ走る。


………………これからが、本当の戦いだ。

私は、リューグの背中を見ながら、ぐっと唇を噛み締めた。




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