Scene.10 デンジャラスな悪魔 導きの庭園に行くというトリスたちと別れて、劇場通り商店街を抜けた。 来た方向を確認しながら王宮が見えるほうの角を曲がった時、突然現れた人影。 意外な人物すぎて驚きを通り越して、思わず後ずさった。 「…………れ、レイム!?……さん!?」 思わず呼び捨てにし、不自然に敬称をつける。 そう、角に立っていたのは先ほど別れた、レイムだった。 「ど、どうしたんですか?」 「あなたを待っていたんですよ、さん」 ………………………What? えー…………落ち着いて、私。 今のは、何?『ワタシヲマッテイタ』? 「…………は?」 結局悩んだ末にできたのは、たった1文字。……あぁ、私の足りない脳みそ、誰かなんとかしてくれ(涙) 「あなたを……待っていたんです、ずっと」 「…………や、やだなぁ。ずっとっていったって、午前中会ったばっかりじゃないですかー!!!」 言い知れない雰囲気を壊そうと、無理やりお腹の底から声を出す。 それでもレイムは曖昧な笑みを浮かべるだけで……その沈黙、空気に耐えきれなかった私は、頭に浮かぶ言葉をつらつらと声にする。 「そ、それともなにか?前世からのお知り合いだったとか―――……」 その言葉を聞いて、初めてレイムがくすり、と声を立てて笑った。 思わず、人が見とれてしまうような美しい笑顔。 完璧で、計算尽くされた笑顔だ。 「似たような、ものですかね―――…………」 そう言って、少し寂しげに笑う。 …………なんですか、これわ。 私、誘われてるんですか!?そーなんですか!? こんな美形に、アンニュイな笑顔を見せられて、どうしろって言うんですか!? 誰か、答えてくださ―――い!!!(壊) 固まる私に、レイムが距離を詰める。 顔が近い。ちょっと前に出たらそのままキスできそうな距離だ。 さぁ、魔が差してください、といわんばかりの距離。 「れ、レイムさん?」 「レイムでいいですよ、あなたには、それを許します。……むしろ、そうでなければ、ならない」 「え?あ、はぁ……って、ちょっと、近くありません?」 「敬語もいりませんよ」 「え?…………でも」 「いいんです。あなたは」 「う、うん……」 頭の中は疑問符でいっぱいだ。 なぜこうもレイムは私に興味をしめすのだろう。しかも、『私なら』いいってどういうこと? …………さては、本当に私に惚れたか、メルギトス。←ありえないって。 「…………少し、お話しませんか。どこか、お茶でも」 「…………えーと、それはナンパ?」 「はい(微笑)……大丈夫です、なにもしませんから」 ニッコリ笑うレイム。ちょっと、この距離でその笑いは凶器ですって!! もはや、断る余地もない。私は素直にレイムに連れられて近くの店に入った。 「…………私、お金持ってないけど」 「ふふっ……こういう場合は、女性は気にしなくていいんですよ」 そう言って、レイムは紅茶を頼んだので、私も同じのをと店員に言う。 「…………で、お話って」 「いえ、そんな大した話じゃないんですよ。というか、一緒にいたいがための口実ですね」 「……………………まさか、私に一目ぼれでもしたのかなぁ?」 「ま、そうとも言えますね」 ………………冗談めかして言ったのに、こうストレートに返ってきたら、私はどう返せばいいのよ。 本日何度目かの硬直をしている私を見て、レイムはまたおかしそうに笑う。 「……あなたは、人を惹きつける」 「…………似たようなこと、言われました」 そのときは『悪魔を惹きつける』だったけどね。 「そうですか。…………私のような悪魔でさえも、あなたは虜にするんです」 「そうみたいね。同じく悪魔が『惹きつけられるニオイ』だなんて、失礼な…………は?」 頭の中真っ白。 出てくる言葉が思い浮かばずにただ、口をぱくぱく動かしていると、レイムはふっと息を吐いて伏目がちに笑った。 「……やはり、あなたは私の正体を知っているんですね」 「知ってるって……あなた、今自分で…………」 「えぇ、いいましたよ。でも、こんな話、本当に私の正体を知っているものでなければ、信じませんよ」 「いや、まぁ、それはそうだけど…………」 「最初は、あなたのあの警戒の仕方からでした。最初に会ったときにずいぶん警戒してましたよね。そういうことには鋭いんです、我々悪魔は。そこから、あなたは私の正体を知ってるんじゃないかと思いました」 「そっか……警戒しすぎも良くないのか……」 紅茶が運ばれてきた。 コクリと一口飲んでからからになった喉を潤す。 私はカップを置くと、決心してポツリとつぶやいた。 「…………私は、この先の未来を知っている。この先仲間に降りかかる辛いことも、みんな知ってる。……でも、黙っていなきゃいけないの。それはあの子達が自分で乗り越えなきゃいけない試練だから」 黙って、レイムは私の話を聞いている。 「どんな辛いことでも、私は黙っていなきゃいけない。……だから、お願い。レイム、私がレイムを知っていること―――未来を知っていることは、秘密にしておいて」 「…………私が、虚言と奸計を司る大悪魔だと知っておきながら、言うんですか?」 「……うん」 「あなたは、私の未来を知っていて、それを言うんですか?」 「…………うん」 レイムの、未来。 まだ、どんなルートへ導かれるかわからないけれど……彼が迎える未来のいくつかを、少なくとも私は『見たことがある』。 こうして対面して、話して。 彼は実際に『今』を生きているのに……私は、卑怯な存在だ。 言葉にできない自分への葛藤に押しつぶされそう。 そんな私をじっと見ていたレイムは、困ったように少し笑い―――小さく、息をついた。 「…………参りましたね。あなたは、心のどこかで私があなたに逆らえないことを知っている」 「……逆らえない?」 レイムの言っている言葉の意味がわからず、私は思わずオウム返しに聞いたけれど、レイムは微笑でその質問を打ち消した。 「……秘密にしましょう。他ならぬあなたのために」 「……ありがとう。ところで……こういってはなんだけど、ここに……リィンバウムにいるのは、本当に…………復讐、のため?」 レイムは、困ったように笑った。 その顔が、なんだかとても―――人間らしくて。 不覚にも、ドキドキしてしまった。 「…………今は、まだ秘密です」 「……秘密?」 「いずれ、きっと言います。だけど、今は言えないんです」 私がバルレルに言ったセリフそのまま。 これは、嘘でもなんでもない。虚言なんかじゃない。 「わかった。待ってる」 私の返答に、レイムは満足そうに微笑んだ。 飲みましょう、とレイムが紅茶を勧めてくれる。 私は少し冷めたそれを飲んだ。先ほどは喉を潤すためだけだったものが、今は香りが鼻に抜け、爽快な気分になる。 「……まったく……虚言の悪魔なんだから、嘘くらいいくらでもつけるんじゃないの?」 私がぼそりとつぶやいた言葉に、レイムは苦笑と共に殺し文句とも取れる言葉を返した。 「あなたにだけは、嘘をつきたくなかったんですよ」 …………レイムは、女たらしだと思う。 「……レイム、女に慣れてるでしょ」 「そうですかねぇ……ま、吟遊詩人してますと、女の人が寄ってきてくれないと仕事にならないときもありますから。……さん、ケーキ食べませんか?」 「…………………食べる」 こうなりゃ、とことん奢らせてやる。女好きの悪魔だなんて……騙されてたわ、私!(誰も女好きだなんて一言も言ってない) レイムがケーキを頼んでくれる。すぐに運ばれてきた、おいしそうなイチゴのケーキ。私は一口ほおばって目を開いた。 「おいしい!」 それはよかった、とレイムが嬉しそうに笑う。 しかしすぐにマジメな顔つきに戻ると髪を背の方に流しながら、私に言った。 「……気をつけてください、あなたは悪魔を……すべての生物を惹きつける。自分のことを自覚してください。あなたは、誰もが手に入れたくなる人物なんです」 「…………?そんな大層な人物じゃないから、私」 「いえ…………まぁ、いいでしょう。今のところは。……あぁ、さん」 「ん?」 「こんなところに生クリームが」 ぺろ。 ……………………………………………………。 「…………………な、なにするんだ―――!!!」 なめられたほっぺたを押さえて私は叫んだ。 周りの客に白い目で見られた。でも、そんなことは気にしていられない。 「な、なななな…………」 「甘いですねぇ……さんのほっぺたは。……あぁ、やはりあなたは素晴らしい」 「なに言ってるかわかってんのか変態悪魔!!それが正体か、あんた!!」 今の今まで、ちょっと人間っぽい悪魔だと思ってたのに!!! カッコイイ美形の悪魔だと思ってたのに!!………………服のセンスは別として! 「愛は盲目といいます。……私は、あなたが悪魔を惹きつける惹きつけないを別にして、恋をしてしまったんです。……あぁ、言い忘れてましたが、その服、とてもお似合いですよ」 「あ、ありがとう!……って、恋をしてしまったんです、じゃな―――い!!!うわぁぁあん!!!何が楽しくって公衆の面前でセクハラされなきゃ……」 「おや?それでは2人っきりならいいんですか?」 「そういう問題じゃない!!!〜〜〜もう帰る!!ごちそうさまでした!」 立ち去ろうとする私を、レイムが呼び止める。 果てしなくいやな予感を感じながらも、やっぱり立ち止まって振り向いてしまう。 「またいずれ、会いに行きますよ。そのときは、ケーキをたくさん持っていきます。そして、またクリームをつけてくださいね」 「この変態―――!!!服のセンス直してから出直して来い―――!!!」 どしどしどしとそのまま店を出る。 後ろの方から、『可愛いのに……』という呟きがあった。 可愛くねェよ、ハートの服!!! NEXT |