本と蜘蛛と予言と (前)




ゴンたちと別れてからの、帰り道。
ふんふんふ〜ん、と鼻歌交じりで、私は値札競売市を横目で見ながら、通り過ぎていった。
大概は、家にあったものをそのまま持ち出してきたような、日常的なものばかりで、お世辞にも売れる、とは思えないものが多い。
ふと、視界の端にチラリ、と念のオーラが見える商品が見えた気がした。

…………………これは、もしかして。

お金獲得のチャンス!?

はやる心を抑えて、凝を使い、私はその品物に近づく。

何の変哲もない、ただの画集みたいだけど……。
値札を見ても、誰も書き込んでいない。見た目からしてボロいし、誰も買おうとは思わないんだろう。

私は、座っているおっちゃんに、にっこりと笑いかけた。

「あのさー、私、もう国に帰らなきゃいけないんだよね……これ、売ってくれないかなぁ。800ジェニーで」

「ダメダメ。そんなんじゃ売れないよ」

「そっかぁ……じゃ、残念だけど……」

立ち上がりかけたところに、おっちゃんが慌てて話しかけてくる。

「1500でどうだ!?」

「1000!!」

「………………まぁ、しょーがねーなぁ……」

「わーい!ありがと!」

私は、お財布代わりの袋から1000円札……ならぬ、1000ジェニー札を出して、おっちゃんに渡す。

「ほいよ。袋はいらねぇか?」

「うん。リュックに入るし。ありがとね〜!」

私は、その足で、質屋に向かう。
すぐに店主が差し出した私の画集に目をつけた。

「君……それは、家にあったものかい?」

「うん。お母さんが物置整理してたら出てきたんだって。邪魔だから、売れるんだったら売ってきなさいって(ニッコリ)」

「そーか……う〜ん、これは珍しいものだよ。ライクロッドって言う有名な画家の画集なんだけど、まだ無名の頃の作品集でね。発行部数が圧倒的に少ないんだ。さらに、初版本でサイン入り。……うん、10万はするだろうね」

おぉ〜、と私は拍手した。
迷いなくそれを売り払って、10万を現金で直接貰う。
…………ちょっと、緊張。向こうの世界じゃこんな大金持って移動しないもん(汗)
そのお金で、ヒソカへのお土産を買うことにした。

っていってもさ。

何を買えばいいのか、さっそく悩んでしまった。
服は(多分)オーダーメイドだろうし、武器なんてなくても、ヒソカは素手とかトランプでいけるし。
…………なんか、団員の能力とか教えた方がよっぽど喜ばれそうな気がするし。

う〜ん、と私は首をひねった。
そして、結局買ったのは、シンプルな指輪(っても、5万もした)。これなら、戦いのときに邪魔にならないだろうし。

ぼんやりと考えながら、私はアクセサリーショップの外に出る。
もう、太陽も大部分がビルの奥に消えかけ、辺りは暗くなっている。

「やばっ…………早く帰らなきゃ」

早足になったところで、横道のわきに座り込んでいる動物に気づいた。なにやら、必死でペロペロと何かをなめてる。

「………………ネコかな?」

私が近づいても、逃げようとしない。
なんだろう、と思って近づくと。

「…………うひゃっ…………」

瀕死の、もう1匹のネコ。血が……おびただしい量の血が、地面を濡らしている。
ぐったりと横たわって、目も開いていない。
死んでいるのか、と思ったけれど、よくよく目を凝らしてみれば、おなかが微かに動いている。

「…………生きてるの?」

もう1匹、傍にいるネコがこちらを見上げてくる。
『助けて』と言ってるかのように。

「………………うん。わかった」

私は、ボッと本を具現化した。パラパラとページを捲る。
治療、治療……お。アスクレピオス……医学の神……レベルは、5か…………まぁ、1度、これくらいのレベルを使うとどうなるか試してみようと思ってたし、ちょうどいい。
手をページに当てて、アスクレピオス、と呟けば、明るい色の髪の青年が宙に現れた。
それと同時に、ガクン、と体の力が抜けた気がする。

「……よっ。初めまして」

なんだかとってもかる〜いノリな男の子に、私の気持ちもかる〜くなる。…………肉体はかなりおも〜いけど。

「初めまして!って言います」

「おう、知ってる。で。今日はなんの用だ?」

「んー、あのね。このネコの傷、治せるよね?治療の神様だし」

アスクレピオスが、足元のネコと私の顔を交互に見る。

「…………まぁ、出来るが……」

「もう、ほっとけなくって。……お願いします」

「わかった」

ポウ、とアスクレピオスの両手が光り、ネコに触れる。
ネコがゆっくりと目を開けた。

「あ!!」

ぱちくりと、自分の目の前のことを認識するかのように、目を瞬かす。
もう一匹のネコが寄り添うように立った。
こちらをじっと見て、タッと走り去った。頭を下げたように見えたのは、気のせいかな?

少し口元が緩んだときに、目に何か液体が入った。うわっ、なんだこれっ?しみる〜!
額から落ちてくるもの……そこで、私は自分が大量の汗をかいてることに気づいた。
さっきは体が重く感じていたのが、今はだるくてだるくて立っているのさえ辛い。

「…………お?」

「念使ったから、体力が消耗されたんだろ。……ネコ1匹に俺を呼び出すとは思わなかったぜ」

「あはは〜。ありがとね。しばらく、使えなくなるんだっけ?」

「あぁ、まぁな。ま、この分じゃ4日ってトコか。人間治すと、1週間はかかるぜ」

「ん。ありがと。……ねぇ、質問していい?」

「少しならな。あんま俺出したままだと、が疲れるぜ」

「あ、そっか。…………えーっとさ、誰もが君みたいに話せたりするの?」

私の言葉に、アスクレピオスは軽く頭を振った。

「イヤ、そーゆーワケじゃない。動物は話せないのが多いし……まぁ、例外もいるが……俺みたいに人型を取ってる奴らだって、すべてのヤツが話せるとは限らない。…………まぁ、大抵、広く一般に名前が広まってるような奴らは…………ハデスとか、アルテミスとか、アテネたちは話せると思っていていいが。人型でもしゃべれないヤツの方が多いな」

「そか。ありがと。…………それとさ、あなたたちの力って、なにか、物に込めたりすることって、できる?」

アスクレピオスは、んー、と上を見ながら考えているようだった。

「……まぁ、理論的には出来るが…………それなりの体力と集中力が必要だぞ?」

「うん、わかった。ありがとー。……そいでは、またねー。……返れ[バック]!」

ポッとアスクレピオスが消え去ったのを見て、私はさらに本のページをめくる。
疲れてはいるけど……どうせヒソカに会うまでにやらなきゃいけない。それだったら、今の集中した状態での方がいいと思った。

「…………パナケイア」

ポウ、と透き通った女神が現れる。こちらはアスクレピオスと違ってしゃべれない部類の神様らしく、微かに笑うだけ。

「えっとね……これに、力を込めて欲しいんだけど」

ごそごそと指輪を取り出す。

「んーと、健康増進とか、自己治癒力の強化とか……そーいうのできる?」

コクリ、と頷く。
お願い、と言って指輪を差し出すと、指輪に向かって女神は光を集めた。

光が徐々に消えていく。終わったみたいだ。

「ありがとー!じゃ、またね〜」

女神が、ふわりと笑う。
ボッと本を消すと同時に、女神も消えた。
私は、指輪をリュックの奥にしまう。

……うん、確かに大分疲れたわ。
目の前をチカチカといろんな色が点滅してる。
クラクラする頭。
その辺の壁に寄りかかって、少し体力の回復を図るために、絶の状態にした。
肩で息をしながら、ふっと視線を感じて大通りの方を見る。

ぱち。
 
目が…………合いました。

誰って?



…………………団長ですよ、あなた!!!



「のわぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!」

「あっ、ゴメンゴメン。イキナリ現れて驚かせた?なにやってるのかな、と思って見てたんだ」

いや、イキナリとかそーいうのじゃなくって、あなたがいたから驚いたのよ!!
しかも、髪の毛下ろしてるバージョン!

「………………それ、君の念の能力?珍しいね」

「あ、どうも…………」

「それって、1度に何匹も呼び出せるの?」

違うよ、と答えそうになってから、気づく。
…………ヤバイ、盗まれる。
少し開きかけた口を閉じた。
そして、表情の変化で、アッサリと団長は言う。

「…………俺の能力、知ってるんだ?」

恐ろしい速度で接近される。バッと練を出そうとしたが、疲労で体はついていかない。

「じゃ、俺の正体も知ってるってワケだ」

首に小さな衝撃を感じて。

私は、その場に倒れた。





後編へ