その日は朝から天気がよくなかった。 だから、釣りに行こうとしたら、カノンに止められて。 退屈な時間を部屋で過ごしている。 Scene.6 最悪の出会い。 「…………暇だ」 呟いても、面白いことが降ってくるわけでもなく。 「…………退屈だ」 違う言葉を呟いても、退屈をまぎらわせるものが現れるわけでもない。 「…………せめて字が読めたら…………なんでハヤトたちには読めて私には読めないんだ〜〜〜!!!」 怒ったはいいが、答えてくれる人がいないので、疲労を感じてしまい、結局ベッドに転がったまま。 「あ〜ぁ…………」 「おい」 「!?」 イキナリ開けられたドアに驚きながらも、ふぅ、と息を吐く。こんなことをするのは1人しかいないので―――。 「…………ノックくらいしてよ〜」 だる〜ん、と枕を抱えたまま、見る。 「……んだよ、そのやる気のねぇツラは」 現れたのは、我が家の主、バノッサ様。 外から帰ったばかりなのか、鎧を身に着けたままだ。 「バノッサ〜……暇…………」 「テメ…………」 「なんか、話して〜…………」 「あぁ?」 「おとぎ話vv」 「…………殴られてぇか?」 「滅相もナイ(汗)」 慌てて起きて、なぜか正座をしてしまう。 バノッサはため息をつくと。 「…………着替えてくるから待ってろ」 部屋を出て行った。 …………おぉ? 話してくれるのか!? おとぎ話!? …………おとぎ話を話すバノッサを想像。 『昔々、おじいさんとおばあさんが…………(以下略)』 結果。 憤死。 プルプルと肩を震わせていると、着替えて、いつもの黒いシャツになったバノッサが来た。 「…………なにやってんだ、テメェ」 「い、いや…………別に」 笑いをこらえながら、灰皿を差し出す。 なぜか、このごろバノッサはこの部屋に来るので、灰皿が常備されるようになった。 無言で受け取って、どっかりとベッドに座り、タバコを取り出す。 そして、私の方に、何かを投げる。 …………危なっ。 「…………本?」 「暇なんだろ。読んでろ」 「…………私、字、読めないんですが……」 「…………あぁ?」 あ、驚いて、一瞬タバコの火をつけるの忘れてる。 「…………まぁいいや」 パラリとめくると、絵が描かれているものらしく。 「…………へぇ……キレイな本だねぇ」 描かれる天使たちなどの美しさに目を奪われた。 「…………あれ?これって召喚術の本?」 無言だ。そして、一呼吸おいて、ふ〜、っと大量の煙を吐く。 「…………なんで、バノッサがこんなキレイな本持ってるの?」 「…………それは、オレ様に対する挑戦と受け取っていいのか?」 「いや!違うけどさ!!」 そしてまた、煙を大量に吐き出した。 …………ケムイ。 「…………貰ったんだよ」 あ。 そうか。 バノッサはあの、デコの異様に広い(後退ハゲとも言う)父親に召喚術を習ってたんだっけ。 それで、確か使えなくって…………。 …………捨てられた。 「…………使えないけどな」 「………………」 黙ってしまった私を見ながら、バノッサはタバコを押しつぶして消した。 「…………誰かに聞いたのか」 はっとバノッサの顔を見れば、諦めた瞳。 「…………結局、そんなもんなんだよ、親にとっての子供………いや、オレ様はな」 そう言ってタバコにまた火をつける。 なんか、その姿がたまらなく小さく見えて―――。 「私は……そんなもん、じゃないんだけどなぁ?」 気がついたらこんなセリフを言ってました(汗) 驚いたように(いや、実際に驚いただろう)こちらを見るバノッサ。 自分の言ったセリフの恥ずかしさに、みるみるうちに顔が熱くなる。 「……ッ!?なに言ってんだ私!!忘れて!!じゃ!!」 言い逃げよろしく部屋から出る。 バノッサが追いかけるように部屋を出てきたのがわかったので、気恥ずかしさに、ダッシュで家を飛び出た。 一瞬、なにを言われたのかわからなくて、思わずアイツの顔を見た。 そしたら、すぐに真っ赤になるアイツの顔があって。 言葉を発しようとした瞬間、すでに目的の人物はこの部屋を転がるように飛び出ていて。 慌てて追いかければ、玄関を飛び出る姿。 「待て!!」 引き止めたくて。 何かを伝えたくて。 心が、体が。 頭で理解するよりも早く、走り出していた。 「(うぁ〜!!合わせる顔がない!!)」 おそらく真っ赤であろう顔を誰にも見られたくないので、瓦礫の間に身をおいた。北スラムは瓦礫だらけだ。 「(な、なにを言ってるんだ、自分!!お、落ち着け!!落ち着け心臓〜〜!!静まれ!!止まれ!!)」 止まったら死ぬだろう。 どこかでツッコミが聞こえたが、あえて無視をしておく。 なんであんな言葉が出てきたのかわからない。 何も言うつもりはなかったのに。 ただ混乱して……悲しげに見えた彼を見たら、つい本音が―――。 それで、ふと思い当たる。 ……本音。 心の中で、思っていたこと。 パチン、と何かがはじけた。 わかってしまった。 「(あぁ…………私、バノッサが好きなんだ……)」 なんのことはない。 ただそれだけのこと。 結論はすぐに出てしまった。 そして…………。 「(バカじゃん、私。叶うはずがないのに)」 それと同時に、落ちてきた絶望。 ゲームの結末を知っているからこそ、降りかかってくる絶望。 「(いや、だなぁ…………カノンもバノッサもいなくなるなんて)」 それでも、確実に動き出している運命の歯車。 それは明確に開始を告げていて。 ―――きっと、止まらない。 「好き、なのになぁ………?」 いつの間にか、降ってきた雨。 瓦礫の色が、暗く変わっていく。 流れ落ちた、雫。 好きな人はがいなくなる『未来』を知っている。 そして、自分が『異質』なものだとも知っている。 「ダメなんだ……?想っちゃいけないんだ………?」 雫が頬を伝う。 嘆いたところで、運命は変わらないなんて重々承知だ。 それでも。 やっぱり嘆いている自分に嫌気がさした。 元々好きなキャラクターだった。 そして……。 ここで触れ合えば触れ合うほど、惹かれていく自分に気がついていないわけでもなかった。 仮想世界の枠を超えて、心の中に入ってきた。 彼らは生きていて。 触れ合えて。 ………死んでしまうことだってある。 でもそれをどうすることもできなくて。 「なんで……っ!?」 本当に情けなくなるほど。 情けなくて涙が出るほど。 私は、無力で。 どうすることもできない。 彼らに何もすることが出来ない。 足掻くことが、『正しい』のか『過ち』なのかもわからない。 そんな判断すら、つけることができない。 情けなさが小さな嗚咽となって、私の外に出ていく。 冷たい粒が落ちてくる空を見上げて。 「神様のバカぁ…………っ!」 本当にどうしようもなくて。 空の上にいるだろう存在に、怒りをぶつけた。 ぱしゃり、と水がはねる音がした。 下ばかり見ていた顔を、必死の思いであげると。 そこには見慣れた―――でも、いつもとは違って、荒い息を吐いた険しい顔。 黒いシャツは雨にぬれて細いけど筋肉がしっかりついている体にはりついた―――バノッサがいた。 「バノ…………ッ」 私の声と呼応するかのように1歩前に出た、彼の背後に黒い人影を見つけて、驚きに眼を見開く。 「後ろッ!!」 はっと彼が振り返るのと、私が動くのは同じで。 振り返ったときに流れた、バノッサの銀色の髪を通して、雨に濡れて輝く金属製のものを認める。 思わず、バノッサを突き飛ばして、自分も転がる。 黒装束の男のナイフは、空を切った。 それでも、すぐにそれはバノッサへと向けられる。 今度はバノッサではなく、男めがけて背後から体当たりをする。 それでもそれはよけられ、私はべしゃ、と地面に倒れこんだ。 男の目がこちらへ向いた瞬間に、バノッサがいっぱい指輪のついた手で男の顔面を殴り飛ばす(痛) 思い切り吹っ飛んだ男は、その場で動かなくなった。 「…………なんだァ?」 「…………な、なんなのさ〜」 初体験のバトルに、腰が抜ける。 バノッサは、男に近づいていって。 「…………なんだ、テメェら。まだオレ様に用があんのか?」 ゴリ、と足で踏みにじった。 う、とその衝撃で目を覚ました男は、目でナイフを探す。 私は近くにあったナイフを、思わず手にとって後ろに隠した。 「…………意に従わないものは排除する、それだけだ」 つぶやかれた言葉を聞いて、バノッサが顔を蹴飛ばした。頬を踏みにじる。 「ふざけんじゃねェぞ?あぁ?」 「ば、バノッサ……お、落ち着いて…………黒幕は誰なのか聞かなくちゃ」 ゴリゴリと顔を踏むバノッサに、思わず止めに入る。 ま、黒幕なんてオルドレイクの後退ハゲに決まってるけどねー………。 バノッサは一瞬、私になにか言いたそうに口を開きかけたけど、またすぐ閉じて男に眼を向けた。 「…………テメェらのボスは誰だ?」 「答えるわけがなかろう」 そう言った男の顔に、もう一度蹴りを加える。 …………わーお、バノッサさんご乱心(汗) 「…………聞こえなかったか?答えろ、って言ってんだよ」 「もう、それぐらいにしておいてくれないか」 ―――聞こえた声に、ゾクリと鳥肌が立った。 おかしいくらいの震えが襲う。 いつの間に来たのだろう。 雨を避けるようにかぶったフードからは、青い髪が見えていて。 数分前―――いや、数秒前までにはなにもなかった空間に、彼はたしかに存在していた。 ―――オルドレイク。 すべての事の発端を作った者。 「オルドレイク様…………!」 呟いた男の顔に、蹴りをまた食らわせてから、バノッサはゆっくりと向き直った。 「…………テメェか、こいつらのボスは」 「…………なぜ、宝玉を受け取らなかったのだ?……次の世界の、王となることができるのに」 「あぁ?…………テメェにゃ関係ねーだろ。オレ様は受け取りたくなかったから受け取らなかった」 「…………愚かな」 スッと無造作に差し出された右手。 何もない虚空に、黒い塊が集まる。 「!……居候、避けろ!」 「へ!?」 「……チッ……!」 グンッ、と腕をひかれて、バノッサに他の場所へ引き倒される。 「パラ・ダリオ」 「!!!バノッサ!!」 今まで私がいた場所にバノッサがいて、そのバノッサにパラ・ダリオの邪気がまとわりつく。 効果は確かマヒ。 「う、ぁ…………ッ!」 動けなくして、止めをさすつもりか!! 「バノッサ!!」 一呼吸おいて、バノッサが動かなくなったのを見て、オルドレイクはまた詠唱を始める。 「………………来い、魔神ツヴァイレライ」 よりによって、(1の)霊属性最強の呪文……! 心の中で何度も回避方法を考えるが、当然、浮かぶはずもなく。 とにかく、必死でなにかないかと全神経を集中させた。 ふと、ズボンのポケットの違和感に気づく。 小さい膨らみ。 ぐっ、と唇をかみ締める。 確か、バノッサに見せてもらった本は―――天使が書いてあった。 慌てて、ポケットから取り出したものの色は、紫。 一か八か。ここで引いたら命はない。 それだったら、やってみるしかない。 「行け!!……翔星光跡斬!!」 「(お願い!!…………天使エルエル!!)」 言葉を発することすら出来なくて、心の中で叫ぶ。 届け!!! ツヴァイレライの剣が大きくなる。 そして。 閃光がほとばしった。 すべての力を抜き取られるような感覚。 溢れる光の中で、なんとか意識を保とうと、目を開く。 ものすごい圧力に、その場に立っているのもやっとで。 「(もうだめ………!!)」 力に負けて、後ろに飛ばされそうになったとき。 バンッと力が消滅した。 私はいきなり消滅した力についていけず、結局後ろに吹き飛ばされる。 「…………ッ……イタ……」 うめいて前を見れば。 緑の長い髪と黒いマント。 「………………お前か、俺を呼んだのは」 あ………… アシュタルゥゥゥゥゥ!!!!???? 力を出し切って座り込んだままの私に近づいてくる。 「俺を呼んでどうするつもりだったんだ?」 なぜ!? なぜアシュタルが!!!! アシュタルって、2のキャラじゃないの〜!? ぼ〜ぜんと、アシュタルを見てると、大きなあの手をヒラヒラと顔の前でふる。 「…………おい?」 …………あぁ、そっか。1では登場しなかっただけで、元から存在はしてるんだよな。 納得したところで、頭に衝撃がくる。…………アシュタルに殴られた。 「い、イタッ!!!な、なにする……!!」 「馬鹿か、オマエ。暴走するとは思わなかったのか」 「いや〜…………っていうか…………間違えた?みたいな」 てへ?と笑う私に、アシュタルは限りなくあきれた顔を見せる。 「…………馬鹿だな」 「ひどっ…………っていうか、私は天使エルエルを召喚する気だったの!!なのに、なんで天使とは似ても似つかないアシュタルが来るの!?」 「…………オマエ、殺されたいか?」 「………………はぐれになるよ、アシュタル」 一瞬アシュタルは考え込んだみたいだが―――とにかく、私を殺すのはやめたみたいだ。 ハッ、と私は我に返る。 「バノッサ!バノッサは!?」 「……そこにいる男か?」 少しはなれたところに、私と同じように飛ばされたのか、瓦礫に埋もれているバノッサを見つけた。 慌てて這って(何せ力がでない)近寄って、息があることを確認する。 「ねぇアシュタル、パラ・ダリオは命に……!」 「あわてるな。パラ・ダリオだけならおそらく平気だろう。……あぁ、やはりマヒだけだ」 アシュタルがバノッサを見て言ったその言葉にホッと息を吐く。 そして、オルドレイクの姿がないことに気づく。 「…………オルドレイクは?」 「力のぶつかりの最中に、逃げた。分が悪いと踏んだのだろう。男も連れてかれたぞ」 フン、と鼻を鳴らしたアシュタル。 そっか、とにへら、と笑った私に、アシュタルが怪訝な顔を見せる。 「…………お前、召喚師か?」 「…………そんな、ご大層な身分に見える?」 「いや」 即効否定かよ!!! …………ま、疲れて這って移動するような召喚師がいるわけもないけど。 でも、ちょっと悲しい……。 「…………でも、なんで出来たんだろうねぇ」 「召喚された身の俺に聞くな」 「んじゃ、知らないうちに召喚したこっちの身にもなってよ」 「知るか」 「うぁ、酷い。…………私、そんな大層な人だったのかな?」 もしかして、すっごい人物だったりして。 誓約者並に!! 「それはそうと、なんでアシュタルが来てくれたの?」 「…………あまりにも変な魔力だったからな」 「へ、変!?(酷くない!?)」 「普通の呼びかけじゃなかった。……オマエは天使エルエルに呼びかけたといったが……あれは、サプレス全体に呼びかけられた―――そんな感じだった。だから、あそこで一番強い俺が来たってワケだ」 「…………自信過剰(ボソ)」 「なんか言ったか?」 「いーえ。別に。…………とりあえず、アリガト。助かったよ、スゴク」 アシュタルが来てくれなかったら、バノッサともども塵になっていたことだろう。 にへら、と笑った(二コリと笑う気力はない)私に、何か言いたそうに口を開いたアシュタルは、いったん口を閉じて、再度開いた。 「…………おい、お前名前は」 「名前?…………だけど」 変な名前だな、と言ったアシュタルに、お前の方がよっぽど変だ、とは言えなかった。…………言いたかったけどさ。 「……。…………もし、またなにかあったら、迷わず俺を呼べ」 「は?」 「…………暇だからな。最近は俺を呼べるような力のある召喚師も滅多にいない。力を貸してやろう」 「そ、それはいいんだけど…………どーすればいいの?」 私の言葉に、心底呆れた表情をする。 「オマエ、何も知らないんだな……」 「だって、召喚なんて出来ること、知ったの今だし」 はぁ〜、とため息をつくと、スッと転がっている石を浮き上がらせて、私の手元に持ってきた。 「…………いいか、力が欲しくなったら、その石に神経を集中させろ。そのうち石が輝くはずだ。力が溢れて止まらなくなったら、俺の名を呼べ」 「…………アシュタルって?」 「…………あぁ」 ふ、とその顔が柔らかくなる。 「そのときは、またオマエに力を貸そう」 「…………うん!ありがとう!」 私がそういうと、少し驚いたような顔を見せたアシュタルは音もなく姿を消した。 懺滅者アシュタル―――。 とんでもない味方を手に入れてしまった。 アシュタルが消えた空間を見つめて、ふっと息を吐く。 ズルズルと力が抜けていき、そのうち倒れているバノッサの近くに同じく倒れこんだ。 いつの間にか雨が上がっている。 さて、動かない自分の体と、倒れたバノッサをどうしようか。 NEXT |