アイツがついさっきまでいた場所には 何も存在していなくて。 追い討ちをかけるように風が吹いて 少しだけ残っていた香りをも消した その儚さ、空虚さに 喉の奥から声にならない叫びをあげた Scene.31 愛しき虚像。 信じられない思いで。 俺は自分の手を見つめた。 ―――何も、ない手。 触れようとした。 引きとめようとした。 ……………………届かなかった。 「ふは…………ふはははは…………」 静まり返った場。 そこに似つかわしくない笑い声が響いた。 ゆっくりと振り返る。 「…………ふは………魔王が………新たなる、世界が…………はは………はははははは!!」 狂ったような…………否、狂った男の嘲笑が森全体に浸透する。 「……っ……」 耐え切れなかったのか、キールがオルドレイクの鳩尾に深い一撃を食らわす。 あっさりとそれを受け、倒れたオルドレイク。 ソルがツヴァイレライを呼び出し、オルドレイクを乗せる。 「…………一度、僕達は戻る。…………必ず、また来るから」 キールがフラットのメンバーに向かって、呟く。言葉もなく、ただハヤトは頷くのみ。 トン……。 不意に肩に置かれた手に、バッと振り返った。 目に入ったのは、驚いた顔のトウヤ。 「…………」 「あ……バノッサ?」 ―――なにを、期待していたのか。 『バノッサ!!』 浮かんだのは、あの、声。 あの―――笑顔。 ギリ、と拳を握り締めた。 「…………僕たちも、一度戻ろう。…………カノンも」 今もなお、呆然と空を見つめているカノンをちらりと見て、トウヤは言った。 握り締めた拳を、ゆるく、解く。 「……カノン」 ビクリ、とカノンが肩を揺らした。 ゆっくり、ゆっくり、俺を振り返る。 ―――その顔は、いつしか涙に濡れていた。 「バノッサさん…………これは、嘘ですよね?」 「………………」 「きっと……ッ、さんが、僕達のことを驚かそうとして……ッ……家に、帰れば……笑って、待ってますよねぇ……ッ!?」 「………………カノン」 「ひょっこり部屋から出てきて、『カノン、今日のご飯何?』って、言ってくれますよねぇ……ッ!?」 「カノン!!」 再度、カノンの肩が揺れて。 「…………これは、現実だ」 非情だとわかってもなお、真実を、告げる。 ぐしゃり、とカノンの顔が悲しみに歪んだ。 「イヤです…………ッ!!イヤだ!…………さんが、いなくなるなんて……ッ!きっと、家に…………ッ!」 「…………そう、信じたいのは、オマエだけじゃねェ……ッ」 喉の奥から絞り出すような、小さな声。 聞いたこともない声に、ピクリ、とカノンが反応を示す。 「……少し、眠れ」 そう言って、義弟の顔を見つめた。 同時に、カノンの体が崩れ落ちる。 まるで、意識を保つのが苦痛だったように、あっさりと意識を手放した。 ひょいっとその体を背負って、事の成り行きを見守っていた奴らを振り返った。 「…………………………先に、帰るぜ」 「バノッサ、ツヴァイ「必要ねェ」 言葉をさえぎって、さっさと歩き出した。 カノンを背負っている分、当然歩くのは遅い。 時間をかけて歩いていると、やはり期待してしまう。 ――――――この森の中に、アイツはいないのかと。 木の影、茂みの裏。 隠れて、人を脅かして大笑いする、そんなヤツだったから。 頭の片隅で、期待してしまう。 それでも、やはり頭の違う部分で。 もう、この世界にアイツはいないのだと。 そう、理解していた。 NEXT |