アイツがいた部屋。

アイツが笑っていた道。

―――アイツを、求めて。

俺はただ一人、

雑踏の中をただ立ち尽くしていた。



Scene.32  終焉のその後に。



1週間。

アイツが消えてから、1週間がたった。
短いようで――――――とても長かった。

未だに、実感がわかない。
アイツが、もうこの世界にいない、という実感が。

今にも『バノッサ!』とどこかから現れそうで。
ふとした拍子に、期待してしまう。

まだこの家に来て長い年月は経っていないというのに。
アイツが、この家に残した気配は、とても、色濃かった。

タバコを手にとって、一つ火をつける。
白い煙が、視界を遮った。

―――たった一人いないだけで、こうも世界が違って見えるのか。
一週間前までは、色鮮やかで光に満ちていた世界が、一瞬にして暗闇に落ちた。

カノンは寝込んだまま、部屋から出てこようとしない。

「……………………ハッ………………」

なにをしている。

今までの生活に戻っただけのことだ。

前と同じように、また、暮らせばいい。

―――そう、前と、同じように。


コンコン。


ドアがノックされた。
来客なんて、ないハズ。

『ただいま!』

アイツの声が蘇る。
―――1度頭を振った。

「…………………誰だ」

「バノッサ、ハヤトだ。話があるんだ」

ドア越しに聞こえた、声。
………………はぁ、とため息をつくと、ゆっくりと歩き出した。

「………………なんか用か、はぐれ野郎」

ドアを開ければ、『誓約者』と呼ばれる、4人の少年と少女。
もう戦いは終わったというのに、なぜか武装をしていた。

代表して、ハヤトが真剣な表情で口を開いた。

「………………召喚術を、行いたいんだ。手伝ってくれないか?」

「……あぁ?」

1番、聞きたくない言葉を言われて、イライラが募る。
いつだってそうだ。
……いつだって、『召喚術』が事の原因。
以前だったら軽く流してしまえたことなのに、今はどうしてこうも不快感を増幅させる。

「オマエ…………ケンカ売ってんのか?」

「違う」

「じゃあ、なんなんだよ!!!」

ビクリ、と少女2人が身をすくませた。

「………………もう1度……する」

「………………あ?」

ハヤトが勢いよく顔をあげた。
こちらを睨みつけるような強い視線をぶつける。

を、もう1度召喚するんだ!…………だけど、俺たちだけじゃ、媒体にするものがない。力も足りない。だから…………バノッサに、手伝って、欲しい」

召喚、する?

アイツ、を?

「なに、言ってやがる……アイツは魔王になって元の世界に……」

「わかってる!それでも!!」

先ほどの、強い視線は、すでに泣きそうな表情に。
でも、瞳の光だけは、失われていなかった。

「……それでも、呼びたい!……正直、呼び出せるかどうかなんてわからない。魔王級の召喚獣だから、それなりに力がいることも知ってる。呼び出した後、どうなるかなんてわからない!」

目の前が、グラグラした。
今までにない、感覚。
暗闇に染まっていた世界が、変貌していく。

「それでも……呼びたいんだ……」

――――――もう1度、会える?

あの、少女に?

いや、せめて、声だけでも聞ければ、いい。

――――――たとえ、呼び出した後、なにが起こっても、受け止められる。

答えなんて、決まり切っていた。

「………………何を、すればいいんだ」

ぱぁっと4人の顔が明るくなった。

「媒体が、欲しいんだ。に関わるものが」

「なにか、が置いていったもの、ないか?」

「つってもな…………あぁ、靴があるぜ。アイツ、裸足で出てったからな」

「靴か…………大丈夫かな」

「まぁ、あるにこしたことはないよ」

「………………あとは、コイツか」

「え?」

バノッサは、自分の胸に光っているチョーカーを持ち上げた。

「…………コイツは、アイツが置いていったものの1つだ」

アイツが唯一自分で物を買い、送ってくれたモノ。
アイツの思いが込められているであろうモノ。

トウヤとアヤが顔を合わせてうなずいた。

「……よし。それでいこう。でもま、とりあえず、全部持っていこうか」

「そうね。荷物は手分けして持っていきましょう。サモナイト石もあることだし」

「……オイ、ちょっと待て。持っていくって、どこで召喚する気なんだよ」

は、名も無き世界からの召喚獣で、オマケに魔王級と言われるクラスだ。そんな強大な力を使う召喚がしやすいところといえば…………」

「………………あの森か」

是、と頷く誓約者たち。

「……すぐ、支度できるか?」

「………………3分、待ってろ」

そう言い残すとバノッサは、2階に上がっていつもの鎧とマントをつけた。
棚に置いてある、召喚術の本が、目に入る。

『なんで、バノッサがこんなキレイな本持ってるの?』

『…………それは、オレ様に対する挑戦と受け取っていいのか?』

『いや!違うけどさ!!』

軽いやり取りが、頭をよぎった。
ひと月よりも前ではないはずなのに、やけに遠い出来事のように思える。

―――もう一度、アイツと会えるのなら。

アイツの笑顔が、見られるのなら。

ベッドに立てかけてあった2本の愛剣を腰に差す。
一呼吸してから歩き出し、隣の部屋を軽くノックした。

「出かけてくる」

返事はない。

ゆっくりと階段を下りると、待っている4人に向かって、靴を放り投げた。

「行くぞ」




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