誓約者たちが、来ている。

なのに、なぜか物語が狂い始めていた。

彼らと出会って早1週間。

物語が進む気配はない。

それは、やっぱり私という『呼ばれてもいない者』がいるから?




Scene.4  変わる日常。


「なんてことすんのよ、この美白馬鹿!!」

「美白馬鹿って言うな!……なんてことって、これのことか?」

そう言ってまた私の頬にキスをする。

「ま、またやったな〜!?この美白キス魔!!」

「だから美白っていうな!……オマエ、男に免疫ないのな」

「んなっっっ!!!ムカツクぅ、美白キス魔!!ちょっとばっかり美白で顔がいいからって、調子にのんな!!」

「美白だけ余計だ!!」

「ち、ちきしょ〜〜〜……いつか、お返ししてやるからなぁ〜……」

「そん時には、ちゃんと抱いてやるからよ(にやり)首にリボンでも巻いてきな」

「!!!!!うわぁぁん!!!カノン〜〜〜!!!」

バノッサとのこんなやりとりが始まったのはいつだっただろう。
彼は、見た目は怖いが、気を許した相手にはそれほど怖くもない。
いつの間にかこんなやりとりさえできるようになっていた。
だからこそ、嫌なのかもしれない。
誓約者たちとかかわって、変わっていく彼を見るのが。

それでも。

もう誓約者は来てしまった。
……否。
誓約者たちはすでにいるのだ。
物語は始まっている。
あとは、どのようなスピードで進んでいるかだ。
私と会ったとき、ハヤトはもうバノッサと出会っていたのだろうか?
ゲーム中では、来て翌日にはもうバノッサ率いるオプテュスメンバーと戦っていたはずだ。
でも、バノッサに変わった様子はない。
怪我をした様子もない。
…………というか、いつにもまして上機嫌だ(汗)

「…………バノッサ、なにかあったの?」

「あぁ?なんかあってほしいのか、テメェ」

「そ、そそそ、そんなことはないよ!!」

「挙動不審だぜ?」

「いつものことです!!!(キッパリ)」

不審げな目で見てくるバノッサ。
何か、何か誤魔化す手立ては……!!(汗)

「あ、そ、そそそそそ、そーだ!!バノッサの部屋の掃除でもしようか!?雨降りそうだし!?早めに済ましちゃおうよ!!」

「あ?そんなこといって、オレ様の部屋みたいだけなんだろ」

「(なんでバレたのだろう?)…………ほら、ほらほらほら!!!」

バノッサを無理やり部屋に押しやる。
片手にはほうきと言う名の武器を持って(笑)
でも、入ってからその武器が意味のないことを知る。

「…………意外だ」

「あぁ?誰かとは違って、散らかしたりしねぇんだよ、オレ様は」

「てっきり、タバコのカスとかいっぱいで、エロ本とかあると思ったのに……」

「……エロ本なんてオレ様が持ってるわけねーだろ」

「普通の健全な男子は持ってるって……」

「誰に聞いたんだ、そんなこと……」

脱力したようなバノッサの声。
それでも、私はお構いなく部屋を見回す。
見事に白と黒で統一された部屋。
あまり家具はなく、ポツンとおかれた灰皿が異様に目立つ。

「…………ここで寝起きしてんの?」

「じゃなかったら、オレ様はどこで寝起きしてるって言うつもりだ?」

ベッドに腰をかけてタバコに火をつける。
行く場のないほうきを持ったまま、その隣に座った。

「…………掃除する必要ないじゃん。つまんない」

「つまんないってなんだよ……」

いろんなものを発見しようと思ってたのに。
そろり、とバノッサを見上げる。
あぁ、肌が白くてキレイだ……。触りたい……←やめとけ

「……なんだよ」

「肌がキレイだなってvvね、触ってもいい?」

無言でバノッサは私を見下ろす。
あれ?怒鳴り声がこないぞ〜?

「オマエな…………」

バノッサはそこまでいうと、深く深くため息をついた。
なんで!?

「…………男の部屋で、そんな無防備だと襲われるぞ?」

「バノッサの部屋じゃん」

あっさりと言い放った私に、さらに深くため息をつく。

「…………オマエ、オレ様を女だとは思ってないよな?」

「女並みに……いや、女以上に肌がキレイだとは思ってるけど?」

「…………だったら、ここで襲われても文句はいわねぇな?」

「は?…………うわぁ!?」

い、いいいい、いきなりベッドに押し倒されたこの状況は、ナンデスカ―――!?
慌てる私に、バノッサはにやりと笑って首筋に顔を埋める。

「ば、ばばば、バノッサさん!?」

軽く音を立てて吸われると共に、ピリッとした痛みが首筋を襲う。

「…………本来なら、ここでヤられて、終わりだぞ?」

「な、ななな、なんでもいいから、からかうのはやめてください〜〜〜!!!」

「…………なぁ」

低くなったバノッサの声に、騒ぐのをやめて真剣に見てしまう。

「…………今、ここでオレ様がオマエのこと好きだって言ったら、どうする?」

「!?ど、どどどど、どうするって言われても…………!!」

「どうする?」

真剣で、どこか悲しそうな瞳―――。

私が答えるのにためらっていると、バノッサはふっとその目に光を戻した。

「…………冗談だよ、バーカ。オラ、さっさと出てけ」

疑問を覚えつつも、私はバノッサを横目で見て、部屋を後にするしかなかった。

「おい、それと……」

まだ、何かあるんですか?

チョンチョン、とバノッサが首筋を指差してニヤリと笑う。

「跡、ついてるぜ」

「…………!!!バカノッサ!!!オマエなんて嫌いだ―――!!!」

クックッと笑うバノッサに、ほうきを投げつけて部屋を出て行く。
恐らく紅い跡がついてるだろう首筋と、同じく真っ赤になった顔をどうしようかと、階段を下りながら(バノッサの部屋は2階)思案に暮れていると。
こんな声が耳に入ってくる。

「あいつら……バノッサさんになんの用だったんだ?」

窓の外を見れば、水色頭とグラサン男(酷)が話している。

「さぁ……怪しかったけどな」

「(……あんたたちも十分怪しいよ)」

聞き耳を立てながら、ツッコミを加える。

「なんか、宝玉がうんぬんって言ってたぜ」

宝玉?

「…………宝玉!?」

「おわっ……んだ、バノッサさんの家の居候かよ」

「ちょ、ちょ、ちょっと!!家の中入ってじっくりまったりその話を聞かせて!!」

「は?……って、おい!窓から入れるわけねぇだろ!」

ぐいぐいと彼らを窓に押し付けてたことに気づく。
もう、このままでもいいや!

「宝玉持ってた人ってこう……なんつーか……黒かった?」

「あ?……何言ってんだ、オメェ」

「黒装束だった?」

「…………まぁ、そう言われれば黒かったな……」

間違いない!!
オルドレイクの配下のヤツだ!
……なんで!?
どうして!?
まだ、物語は進んでないと思ってたのに……!
もう、後半戦かよ!!(なんか違)
それじゃあ、誓約者たちはもう、アキュートたちと和解して……
着々とパートナーたちと友情を育んで……
いや、それよりも……

バノッサとカノンは?

もし。
もしもうバノッサの手に宝玉があるとしたら。
彼が、誓約者たちを倒そうと、闇の力に手を貸していたら。

「…………物語は、止まらない……?」

自らがつぶやいた言葉に、心臓を突かれる。
水色男とグラサン男がギョッとした。
自分の意思とは無関係に、パタパタと流れてく涙。

「お、おい?な、なんで泣くんだよ」

「お、落ち着け?な?」

肩をたたいたりして、必死に慰めてくれる。
……ゲームじゃ悪役だったのに。
彼らも、実はいい人だ。
ゲームだけでは知ることが出来なかった、そんなこと。
ゲームだけではわからなかった、バノッサやカノンの違う一面を。

涙が溢れてくる。

嫌だ…………!!
もうすぐいなくなってしまうなんて。
ゲームでさえ泣いた。
現実はどうなんだろう。
…………彼らがいなくなったら、どうやって私は生きていくんだろう?
知人のいないこの世界で。
……大切な人を失った、世界で。
もはや「大切な人」と呼べる、彼らを失って、生きていくことができるだろうか。

トントントン、と階段を下りてくる音がする。

「居候、オマエ、ほうき…………オイ……!?」

「あ……ば、バノッサさん……」

「……なにやってんだ、オマエら」

「や、えーと……」

近づいてくる気配。
振り向けない。
今、彼の顔を見たら、もっと涙が出てくるだろうから。

「…………なに泣かせてんだ」

「いや、イキナリこいつが泣き出して……」

「理由がないのに泣くわけねェだろうが!……オイ、居候?」

いつもとは違う、優しい声音。
ゆっくりと振り向かされ、目線を合わせてくるバノッサ。
知っている、バノッサが怖いだけではないということ。
本当は、すごく優しくて人を思いやれる人だということ。
溢れてくる涙が止まらない。

「………うぇっ………バノッサぁ〜〜〜………」

存在を失くしたくなくて。
遠くに行って欲しくなくて。
……そばにいて欲しくて。

マントの端をつかんだ。
ピクリ、とバノッサが動く気配がする。

「…………オマエらどっか行ってろ」

「は、はい!」

彼らが慌てて走っていくのが、音でわかる。
なんだか、とても申し訳なくて。

「ご、ごめんっ……なさ………ご、めん……な…さ……っ」

謝る言葉しか出てこない。

何を言えばいいのか、何をすればいいのかわからなかった。
ただ、バノッサの存在を失くしたくなくて。
そばに感じていたくて。

さっきよりも強くマントを握り締めた。

「……………?」

きっと不思議がってる。
でも、離すことはできなかった。
自分の中のどこにこんな力が眠っていたのか。今まで出したことのないほどに強く握る。
布を通して、爪が手に食い込んできたのが感覚でわかった。

「ご、めんなさい……っ」

謝り続ける私に、バノッサはため息を1つ吐いた。
そして、マントを握ったままの指を一本一本剥がしていく。

離したくない。
行かないで。

そう思って、もう1度握ろうとした手を掴まれて。
一気に引き寄せられた。

驚きで、一瞬涙を流していたことを忘れそうになった。

「…………バノ……サ……?」

「……テメェが泣くからには理由があんだろ?」

彼の思いがけない言葉に。
そして、布ではなく、この手で、この体で感じる彼の温もりに。
また、涙が溢れてきて。

結局出てきた言葉は。

「…………離れて、行かない、で……っ」

それだけだった。

行かないで。オルドレイクのところなんかに。
行かないで。誓約者たちのところに。
行かないで。…………遠いところへ。

「傍にい、て……っ」

傍にいて。
嫌だよ、いなくなるなんて。

バノッサが息を呑んだのがわかった。
それは、そうだろう。
突然、何を言い出すのか、と怒鳴られるのを覚悟した。

………………。

…………改めて思い返すと。
……すごいことを言った気がする。

「やっ……やっぱ、今の、取り消し……っ」

現実に戻ると、この状況も恥ずかしいことこの上ない。
慌てて離れようとするところを、強引に腕の中に閉じ込められて。

先ほどよりも、強く、抱き締められる。

「…………愛の告白か?」

「ち、違っ……も、もう忘れていいからっ……わ、私のことは気にせずに……っ」

「まだ泣いてんのにか?」

耳元で囁かれる声に、背筋がゾクリとする。

「も、もう泣き止むから……っ」

「………………いかねぇよ」

「へ?」

「テメェが泣いて言いやがるんだもんな。……とりあえず、傍にいてやるよ」

ぶっきらぼうに言われた言葉に、時が止まる。
そろりそろりと顔を見上げれば。
白い頬にうっすらと赤い色が。

「…………と、とりあえずって、何……!?」

「あー……ま、とりあえずはとりあえず、だ」

ふっと体を離されて、涙を乱暴に拭かれる。

「…………だから、さっさと泣き止め」

涙を拭かれたら、また、抱きしめられた。
今度は、先ほどよりももっと柔らかく。

「…………うん」

返事をして。
なぜか離そうとしてくれないバノッサの腕の中で。
私は、泣き疲れたのか。
…………いつの間にか意識を失っていた。



寝たのか……。
自分の腕にかかる重みが増したことに、そう察する。
腕の中にいる少女の顔を、そっと盗み見る。涙の跡は残っていたが、穏やかな表情で目を閉じて寝息を立てていた。

体を壁に預けて、ふっと息を吐く。

驚いた。

いつも元気が服着て歩いてるようなやつが、泣いてることに。
思わず、何もかも忘れて自分の手下を睨むほどに。

掴まれたマントの端に、しわが寄っている。
ゆっくりと動き出して、アイツをソファに寝かした。
うっすらと残る涙の跡に手を触れる。

『行かないで……っ』

一言が心を抉った。
抱きしめてやりたいと思った。
…………護ってやりたいと思った。

『傍に、いて……っ』

素直な言葉に、驚いた。
そして……
その言葉に、ひどく喜んだ自分がいることに、驚いた。

無意識のうちに、言葉が頭に浮かぶ。

―――愛しい、と。

あぁ。

コイツが愛しいんだ。

一生縁がないと思っていた、ばかばかしいセリフ。
無意識に浮かんだそれに、自嘲の笑みがでる。
でも。
もう、自覚してしまった。

―――あぁ、オレはコイツが愛しいんだ。

と。




NEXT