オマエがなにを知っているのか

そんなのわからなくてよかった

ただ

オマエが笑っていれば

オマエが笑って隣にいれば

それでよかった



Scene.30  伸ばした手の先に。



体を包んだ、柔らかな肌の感触。
抱きしめられた力は、今まで受けたもので一番強かった。

俺の前に立ちはだかって、光をまともに受けたアイツは。
俺の体を締め付けていた力をゆっくりと解いて。

ドサリ、と。

―――ドサリと、鈍い音を立てて倒れこんだ。

それがやけにゆっくりと目に映って、一瞬、なにが起こったかわからなかった。

時が止まったようだった。

光を放ったヤツ越しに見えた、あいつらの顔。
そして、誰かがあげた悲鳴で

やっと、

俺の世界は、動き始めた。

「…………居候ッ!!!」

「…………結局、お前が媒体となったか…………それもよかろう。……媒体が良ければ良いほど、魔王の力も強大になるだろうからな」

なにを、言ってやがる?

「ようやく、破壊の魔王と相まみえることが出来る」

破壊?

魔王?

―――コイツが魔王になるだと?

「待ちわびるこの時も、甘美なひと時よ……ククク……ッ」

魔王に、なると?
―――この、優しい少女が?

「……おい、居候……んなとこで寝るな……早く起きろ」

「無駄だ。すでに儀式は済んだ」

「―――居候!!」

「次に目覚めたとき、すでに自我はない。…………魔王が、降臨する!」

魔王?
魔王って一体なんだ?

『魔王になんて……させない』

アイツが呟いた言葉。
そして、俺の前に立ちはだかった。

倒れているアイツに目を向けた。

「………………居候?」

返事は―――ない。

「ククク…………ッ、さぁ、新しい世界の始まりだ!!!魔王よ、目覚めろ!」

泣き崩れていく、フラットの奴ら。
カノンが、泣きながら座り込むのが、見えた。

「魔王となって、この世界を滅ぼすのだ!!!」

滅ぼす?

突然この世界にやってきて、怒って、笑って、泣いて……懸命に生きてきた少女が?

倒れた少女は、動かない。

ただ、その体から、微かな光を。
生命を放出していた。

ギリ、と唇を噛み締めた。
口の中に、血の味が広がった。

閉じられた瞼。
いつも俺をまっすぐ見つめていた、綺麗な瞳。

笑いかけて欲しかった。
もう一度、俺を、見て。



『―――バノッサ!!』



笑って、欲しいと。

―――そう、思った。

「…………………魔王になんて…………させねェ」

力を失ったままの体を抱いて。



………………その唇に、そっと、キスをした。



パァンッ!と俺たちを中心になにかが弾けた。

光。

力。

すさまじいその衝撃に、オルドレイクは吹っ飛び、木に叩きつけられた。

腕の中の体が、ふわりと宙に浮く。
その周りを、紫の力が囲んだ。

魔王の力と呼ぶには、その力は清らか過ぎて。
破壊と言うには、眩しすぎた。

力で発生した風。
その風に、アイツの気配を感じた。

「………………………居候ッ?」

呼んだ声に反応するように、力が強くなっていく。
だんだんと光が強くなり、
そして――――――。

その、閉じられた瞳が開かれた。

ゆっくり1回瞬きをして、宙に浮いたまま、こちらを向く。
見たかった綺麗な瞳が、俺を、捉えた。

「……あ……バノッサ…………ッ……ごめんっ……」

「……んで謝る……」

「今まで、ありがとッ……!魔王の、力が…………完全に私を支配、する前に…………もとの、世界に……戻る………!!」

何を、言っているのか。

「戻る……?」

「今なら、戻れる…………ッ……魔王は、私が、連れて行く、からっ…………」

「な、にを……」

理解、できなかった。
いや。

―――理解、したくなかった。

さんっ!!!」

カノンが、こちらにやってきた。
まだ、涙は流したままで。

さんっ、さんっ!!!」

「カノン、ありがとっ……それと、ごめん………ね…………」

だんだんと、姿が、薄くなっていく。

「ちょっと、待てよ…………オイ」

「バノッサ、ごめ…………ッ」

「待てよ、オイ!!居候!!」

アイツは、泣いていた。
綺麗な瞳から、透明な雫が幾筋も零れ落ちる。

―――アイツが笑っていたら、止めなかったかもしれない。
戻ることが、アイツにとって幸せだというのなら。

だが。

泣いていた。

綺麗な水滴を、何粒も落して。

―――アイツは、泣いていたんだ。

拭いたかった。
抱きしめたかった。

だけど、足は縫い付けられたかのように、動かない。

涙を流しながら―――そして、アイツは、笑った。

「バノッサ………今まで、ありがと……アシュタルに、ごめん、って言っといて」

「そんなのは、テメェが自分で言えばいいじゃねェか!」

困ったように笑う姿。

違う。
見たかったのは、そんな笑顔じゃない。

段々と、姿が透けていく。

「居候!!」

「バノッサ………………好きだよ。ずっと、好きだった」

「知るか、そんなのっ!そんなの、後でいくらでも聞いてやる!だから…………ッ」

「……今まで、アリガト」

「―――やめろ!今聞きたいのはそんな言葉じゃねェ!」

聞きたいのは。
言いたいのは。



「………………バイバイ」



アイツが笑って、その瞳からもう一筋、涙が流れると同時に、俺の目からもなにか熱いものが溢れて。
でも、そんなことに構ってられなかった。
ただ、泣いている、アイツを抱きしめたかった。

この手にアイツを感じて、今までの言葉を全部撤回させて。
俺のこの中にある感情や想いを全部ぶつけて。
それから、それから―――ッ!!

伸ばした手の先に、確かにいたアイツ。

アイツに触れようとした手は空を切り。

「――――――ッ!!!」

初めて呼んだ、本名を聞くこともなく。





愛しい姿は、その場から、消えた。



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