いなくなって、気づく アイツがくれたものの多さを アイツがいることの ―――大切さを。 Scene.29 召喚獣の運命。 大急ぎで、街の外の森へと足を運んだ。 不気味な森で、気配が読みづらい。 「くっ…………気配が読みづらいな……厄介な場所だ。絶対にはぐれるなよ」 「………………っつってもよ、これだけわかりやすいんじゃ……バレバレだぜぇ?」 ガゼルが短剣を構える。そして、左手で投具の場所を、手先の感覚だけで確認した。 ゆらりと現れる、黒装束の男たち。 暗い森での黒い衣装は、目くらましに最適だ。 できることなら、こんな戦闘は避けたい。 一刻も早く、辿り着かなければならない場所がある。 だが、コイツらがそれを阻むのも、また、事実。 チャキ、と二本の剣を両手に携えた。 目指す場所は、この男たちの後ろにある。 そこに行く為にもはや、手段を選んでいる時間はない。 「………………退けっ!こんなところでグダグダしてる暇はねェ!!」 バノッサの血を吐くような叫び声で、戦闘は始まった。 「オラ、さっさと行くぞ」 息一つ切らさず剣の汚れを拭うバノッサの姿に、ハヤトが化け物でも見るかのような目つきをする。 「…………バノッサ、体力ありすぎ。1番病弱そうなのに」 「うるせェ、ヘバってる暇なんかねェん……」 ドォンッ!! 森の深いところで、大きな爆発音が鳴った。 バッとそちらの方向を見やる。 木々の隙間から覗く青い空に上る、灰色の煙。 「………………あそこだっ!!!」 はじかれたように、いっせいに走り出した。 「(……無事でいなきゃ、ただじゃすまさねェ!)」 爆発音のところに、がいると、 誰もが確信していた。 近づくに連れて、緊張で汗が出てくる。 腰に挿してある剣が、重く感じた。 煙が見えたから近いのかと思いきや、なかなかそれらしき人影は見当たらない。 加えて、あの爆発音の後、大きな音は聞こえなかった。 なにが、起こっているのか。 もどかしくて、歯がゆくて。 いっそ、アイツのそばにいける道具があれば、と馬鹿なことさえ思う。 生い茂る草をかき分け、 道とは言えぬ道を駆け抜け、たどり着いたその先に。 「………………………居候ッ!!!」 ただひたすらに願った、 ――――――アイツが、いた。 「居候ッ!!!」 その声が、やけに懐かしいと感じた。 同時に、なにか不思議な感情が心を支配し始める。 それは、『バノッサ』という存在に対しての、『私』の想いとは別のもの。 ――――――おそらくは、『殺せ』と命じるオルドレイクの殺意。 「来ちゃ、ダメ!!!」 精一杯の叫び。 その声に、目の前の人物はただ、ニヤリと笑みを浮かべた。 「……ッ……」 私の目の前には、今、そのオルドレイクがいた。 ―――昨日眠ってまもなく、頭が割れるように痛くなった。 痛みに耐えようともがいている最中、ふと隣に眠るバノッサを見た。 とたん、今みたいに不思議な感情が心を支配し。 気がついたら、ここに、いた。 もしかして、私はバノッサを殺したのかもしれない……一瞬そう思ったが、意識を取り戻したときに見た、オルドレイクの渋い顔からすると、どうも私は意志に逆らったみたいだった。 「来たら、ダメ。オルドレイクは、魔王を召喚する気なんだから」 そして、私は―――あなたを殺すかもしれないから。 その2つのことを阻止するために。 今、自分のできることを。 自分自身でできうる限りのことをしているのだ。 「諦めてよ、そろそろ!!!」 ドンッ!と精神を集中させた力を放出させる。 オルドレイクに少し操つられたせいか、私の力は満ちていて。 私の意志に、力を対応させることも可能になっていた。 「………………えいっ!!」 部屋にいたときの記憶があやふやだ。今はアシュタルもいない。 怖くて仕方がないけど、それでも誰かを殺す…………誰かを殺されるよりはマシ。 だからといって、オルドレイクを殺す気にもならない。 ただ、ケガぐらいはさせて、撤退させればもうけものだと思った。 でも、そんな上手くはいってくれない。 こっちのいっぱいいっぱいの攻めを、オルドレイクは軽くかわす。 「…………ッ……もう1回ッ!!」 ドンッ! オルドレイクの前の地面に命中。 砂塵がオルドレイクを包んだ。 吹き抜ける風が、姿を露にする。 オルドレイクがその場を動かないので、少しは効いたのか、と力を緩めた。 その瞬間。 ギッとこちらを睨みつける目に、足がすくんだ。 「………………いい加減に、せぬか!!!」 突き出された腕から、放出されたのは、紫の光。 慌ててこちらも力の用意をしたが、スピードが、違った。 目の前に光が広がる。 「ッ!!」 ナツミたちの悲鳴が聞こえる。 「………………………ッ…………!」 多少の痛みは覚悟して、目を瞑った。 なにか、強いものに引っ張られる感じがした後。 ドォォン、とお腹に響く爆発音が聞こえた。 濛々と土ぼこりが舞う。 その中で、そっと目を開け、おそるおそる右腕を動かしてみた。 次いで、左腕、両足。 「…………れ?どこも、痛くない?」 「…………ッの、大馬鹿野郎がッ………………」 「あ?」 そして、自分が誰かの上に乗っていることに気づく。 ちょうどあぐらをかくように座り込んで、片手で私の体と自分の体を支えている誰か。 顔を上げれば、目にほこりが入ったのか、片目をつぶってこちらを見るこの世界で一番見慣れた顔が。 「ば、バノッ……むぐ」 ……………………。 だ、抱きしめられてますよ、奥様―――!!!(誰) バノッサに!!!バノッサに抱きしめられてるんですケド!!! か、顔が!!顔がバノッサの胸に押し付けられてる―――!!! 「バァカ」 言った言葉は酷いけど、声音はとても柔らかくて。 不意に、涙が出そうになった。 「……テメェがいねーと落ち着かねェんだよ。…………勝手にいなくなるな、馬鹿野郎」 抱きしめられた力の強さに、なにも言うことはできなくなってしまった。 ザッと音がして、慌てて振り返る。 「オルドレイクッ!!」 バノッサがすぐさま立ち上がって、私を背にかばってくれた。 オルドレイクの向こうに、みんなが見えた。 下手に力を使うことはできない。 グッとオルドレイクが拳を握るのが見えた。 攻撃される、と思った。 バノッサが、剣を構えた。 でも、オルドレイクは、握った拳を震わせただけだった。 ギラリ、と暗い光を帯びた目が、私を射すくめる。 「…………貴様は……ッ……なぜ、私の言うことを聞かぬ!!我が召喚獣のくせに!」 「知らない!!」 「殺せ!殺すのだ!」 「いーやーだー!!!」 「…………ならば、そいつを媒体にしてくれる!!」 オルドレイクが、矛先をバノッサに向けた。 ……ちきしょー……自分の息子だろ!? 「させない!!」 バノッサの前に出た私を、オルドレイクが睨みつける。 「邪魔をするな!!」 ギュウっと頭が締め付けられるように痛くなる。 たまらず、膝から崩れ落ちた。 「居候!!」 バノッサの声とともに、オルドレイクの詠唱の声が聞こえる。 飛びそうになる意識。 目の前がグラグラ揺れる。 頭を振って、立ち上がった。 「……………魔王になんて……させない」 力を振り絞ってバノッサの前に立つ。 「馬鹿野郎ッ、どけッ……」 バノッサが私を押しのけようと手を伸ばしてきた。 私は振り返って押しのけようとするバノッサの手ごと、抱きしめた。 「……居候ッ!」 「……ッ……」 バシュゥゥゥッッッ!!! 自分の中に、何かが入り込んでくる不快感。 ざわざわとさざめく黒い何か。 だんだんと薄れいく、意識。 暗く、闇に堕ちた意識の中で。 『居候!』 バノッサの声だけが、いつまでも、響いた。 NEXT |