「バノッサ―――、ご飯だって」

聞こえた声に短く返事する。

突然オレの生活の中にやってきた人間。

最近、コイツがやけに気になる。




「おい、居候」

オレが声をかけると、ぼそりと何かをいいやがった。

「なんか言ったか?………おい、居候」

「確かに居候だけど、居候って名前じゃなぁい!私にはっていう………って、ぎゃっ!!」

アイツは、前なんて見てないから、きっとこのまま柱にぶつかるだろう。
そう思って声をかけたが……

ガンッ!!

時すでに遅し。
思いっきり衝突しやがった。

「…………前見て歩かねーからだ、馬鹿」

「バノッサの所為じゃんか!!馬鹿はそっちだ、美白馬鹿〜〜〜!!!」

「テメッ……それじゃ俺が、美白を愛してるみてェじゃねェか!!」

「美白愛してんじゃん、美白馬鹿!!」

「愛してねぇ!!!」

怒鳴ったところで……部屋の気温が下がった。

「バノッサさん、さん、ご飯、冷めますよ?」

「……はーい」

「……今行く」

笑顔で包丁を持ったままのカノンには、俺達2人は逆らえなかった。



「いっただっきま〜す!!」

無駄に元気良く叫ぶ。
そして、いつものように、すげーうまそうに食うんだ。

「ふふ………さんは、いつもおいしそうに食べてくれるから、作りがいがありますvv」

「悪かったな、うまそうに食ってなくてよ」

「別に、誰もバノッサさんのことなんて言ってませんよ?」

カノンの笑顔に、思わず居候と一緒になって固まる。

「あ。そーだ。あのさ…………私、今日ちょっと釣り行って来るね。ご飯のおかずになるかもしれないし!」

「うわぁ、ありがとうございます!気をつけて行ってきてくださいね?」

「うん!!じゃ、今日のメインは魚でね!!」

「はっ、釣れるかどうか……」

「う、うるさいなぁ、バノッサ!!どーせ、日焼けしたくないから釣りにいかないんでしょ!?この美白馬鹿!!」

「んなわけあるか!!行くんならとっととメシ食って行きやがれ!!」

「えぇ、行きますとも!!ごちそうさま、カノン!!そんでもって……バノッサ!!行ってきます!!」

「いってらっしゃい。晩御飯前には帰ってきてくださいね?暗くなると物騒ですから」

「は〜い!!あ、釣竿ある?」

「えぇ。たぶん物置にありますよ」

そんな会話を聞きながら、カノンを見る。

カノンはアイツにとことん甘い。
先ほどの会話をとがめられる前に、さっさと逃げるが勝ち。
オレは見慣れたスラムへと出て行った。





あいつがやってきて、もう2週間。
はっきりいって、最初は興味なかった。
ただ、行く場所がないと言うから、いるのを許可しただけで。

関わるつもりなんてなかった。

そのうち去っていくだろう、とも思っていたし。

なのに、いつの間にか話していた。
最初に話かけられたときはかなり邪険に扱っただろうに、めげずに話しかけてきて。
いつの間にか用がなくても話すようになってた。

……はぐれパワーか??←違

とにかく、なんとなく話すようになって。
家にいる時間も増えて。
いつしか目で追っていて。
…………ここ数日はやけに気になる。
このオレにさえ普通に笑顔をむけるアイツ。
…………変なやつ。

思わず、笑いが漏れた。

……………って、なに思い出し笑いしてんだ、オレは。
我に返って、自分で突っ込む。

それでも。
アイツのことが頭から離れない。
気がつけば考えている。

たった2週間。

たった2週間で、アイツは家を変えちまった。
ただ寝て食うだけだったはずの空間が、あっという間に大事な空間になった。
家に帰れば、カノンもアイツもいる。
アイツが来てから、女遊びもあんまりしなくなった。

そーいや、初めのころ2日くらい帰んなかったら、扉の前で心配して待ってやがったな。
しかも待ち疲れたのか、ドアの前で寝てやがった。
抱えあげて家の中につれて帰っても起きないのには、呆れたな。

自分でも気がつかないうちに、また笑いが漏れていた。

―――よく笑うようになったな。
オレも、カノンも。

アイツが来てから、変わったこと。
それはもう、数え切れない。

「っと、繁華街まで来ちまったか」

考えているうちに、繁華街まで来てしまったらしい。
ざわざわとした空気が、裏路地からでも伝わってくる。

「ちょっと、ぶらつくか」

大体、オレが歩いていると人がよけていく。
人が目線を逸らして歩くのを横目で見ながら、裏路地を進んでいった。

「お兄さん、ちょっと寄ってかない……?」

商売女か………まだ太陽も高いと言うのに、商売熱心なことだ。

「まだ昼間だぜ?」

「だってぇ、お兄さんカッコいいんだもん〜……ね?安くしとくよ?」

にやり、と笑って近づいていく。
女も笑って首に絡みつくように腕を回してきた。
そっと女の耳元に口を近づけて―――。

「…………間に合ってんだ、失せな」

つぶやくと、ドン、と体を押した。
きゃ、と尻餅をつく女。
見下してからまた歩き出す。
後ろから声が聞こえるが無視した。

タバコを取り出して、一本吸う。
煙を吐くと、視界が少し白く染まった。

「あっ、バノッサ!!!」

危うくつけたばかりのタバコを落としそうになった。
声がしたほうに顔を向けると、大きめの釣竿を手に持ったアイツが立っていた。

「な、なんでテメェがここにいるんだよ」

「だって、アルク川行くには、ここ通らなきゃいけないじゃん」

「だからって、女が1人で通るな。しかもこんな裏路地……馬鹿か」

額を指で弾いたら、きゅっと目を瞑る。
ちょっとした仕草になぜかドキッとした。

「ふっふっふ〜……心配してんの?」

「するわけねぇだろ、うぬぼれんな、ガキ」

「なっ!!!おのれバノッサ、どこまでもムカツク〜〜〜!!!」

「あぁ?なんか言ったか、居候」

「………………覚えてやがれ、美白馬鹿〜〜〜〜!!!いつか……いつか、嫁にしてくれる〜〜〜!!」

「妙な捨て台詞はいて消えんな!!ゴルァ!!」

ダッシュでいなくなるアイツを見て、すでに短くなったタバコを捨てた。
口元に笑みが浮かんだのを、タバコを踏み潰すとともに消した。




夕方、日も暮れるころ。
帰ってくるアイツを見つけた。

あちこちで釣竿をひっかけては謝ってる。
話しかけられたのか、ちょっと立ち止まったと思うと、店の中にいるやつと笑顔で会話してたり(その後、なぜかりんごをもらっていた)、なかなか前へ進まない。

…………にしても、アイツの話している人数の多さはなんなんだ?
道行く人から、結構声をかけられている。
気軽に返事しているのも妙だ。
まだここにきて2週間なのに。

「…………ほんっと、変なヤツ」

なぜか気になる。
ただのガキなのに。

「…………ってぇなぁ!なんだぁ?この釣竿」

「うぁ、すいません!」

聞こえてきた声に、目を向けると、オプテュスのメンバーじゃない、ゴロツキがアイツにからんでいた。

「謝ってすめば、騎士団なんていらねぇんだよ、なぁ?……治療費払えや、治療費」

「んなっ…………そりゃ、ぶつけたのは悪かったけど……そんな病院行くほどでもないじゃんか

「あぁ!?なんか文句あんのかぁ!?」

「うぁ!聞こえてたんだ…………っても、私お金持ってないし……」

「金持ってねぇだぁ?……だったら、体売ってでも払え!!!……いや、そうだな、一晩で許してやるぜ?」

ニヤリと、笑うヤツら。
アイツは完全に混乱してる。
…………なんか、イライラしてきた。

「い、いやいやいや、そんなことできるわけないでしょう!?」

「やれっつってんだよ、こっちは!!!」

こりゃ、どうみたって居候の方が分が悪い。
おびえきっちまってる。
…………ケンカの仕方、教えてやっときゃ良かったな。

「…………う〜…………」

「ほら、どーすんだよ。ここで客寄せでもするか?それとも……」

にやりと笑った男の手がアイツに伸びる。
ビクッと遠目でも震えたのがわかった。
その目は懸命に相手を睨みつけている。
急ぎ足になった。

「…………おい、なにやってんだよ」

はじかれたようにこちらに向く顔。
目が合うとぱっと笑顔になった。
男の手を振り切って、オレに走りよってくる。

「バノッサ!!!」

「バノッサ!?……あの、オプテュスのか!?」

「てめぇ、コイツになんか用でもあんのかよ」

「…………チッ」

舌打ちを1つすると、男は人ごみに姿を消した。

「…………だから1人でくんなっつったろ」

「う…………でも、結局バノッサが助けてくれたじゃん」

「たまたま居合わせただけだ。次は喰われちまってもしらねぇぞ」

オレ様の言葉に、あっという間に真っ赤に染まる顔。
…………ガキだな。

「喰われ………っ!なんっつーことを言うのさ!!」

「あぁ?……喰われたかったのか?」

「んなわけないだろ、美白バカノッサ!!」

「変な名前つけんのヤメロ!喰うぞテメェ!」

「ぎゃあ!そっちこそ変なこと言うな!!」

カタカタ、と軽く体が震えてるのが見えた。
……ったく、強がりやがって。
手に荷物があるのを見て、話しかけた。

「……釣れたのかよ?」

オレ様の言葉に、待ってましたというように輝く顔。

「バッチリ!!4匹釣れた!!」

「なんだ、1日いて4匹かよ」

「うっ………でも、一食分はね?」

「まぁな。さっさと帰ってメシ食うぞ」

「は〜いっっ」

にこにことアイツが後ろをついてくるのを見たら、なぜかちょっとだけ満足した。
いつの間にかイライラがとれた。
ふと後ろを振り返れば、あいつはしっかりと目を見て笑う。
ほんの少し、鼓動が速くなったのを感じた。

もしかして…………
オレはアイツのこと――――――

「……んなワケねぇか、バカバカしい」

つぶやいた言葉は、風に消えた。





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