気がついたら、自分の部屋だった。 悪い夢だと思いたかった。 だけど、『夢だったのなら、いないはず』のアシュタルがいること。 いつもとは違う服装。 そして、かすかに残る、体中の痛み、違和感。 それが、起こったことは、すべて真実だと私に語っていた。 Scene.18 理解、そして罪の意識。 「…………目覚めたか。もう、夕方だ、気分はどうだ?」 「…………」 「……多少は手当てはしたが、しばらくは痛むかもしれん」 沈みかけた太陽が、寂しげな光を出していた。 「…………今日は、珍しい服を着ていたんだな。たまにはそういう服も着てみたらどうだ?」 なんとか、彼がその話題を出さないようにしているのがわかった。 「…………アシュタル、あのさ……」 なるべく、冷静に。 感情的にならないように。 ……泣かないように。 ゆっくりと言葉をつむいだ。 「………………オルドレイクが言ってたことって、本当、なのかな?」 「………………」 「私……いつか、バノッサたちを殺しちゃうのかな?」 「………………」 「それが、私の呼ばれた理由だったのかなぁ……ッ!?」 今まで、あんなに悩んでいた答えが、こんなものだったなんて。 …………大切な人を、殺すためだったなんて。 なんてことだろう。 …………そんな存在だったなんて。 今更、どんな顔で、会えばいいのだろう。 この世界で私を助けてくれた人たちに。 会って、笑いかけて、たわいのない話をして。 ―――同じ顔で、私は彼らを殺すのだろうか。 「………………」 「…………ごめんね、アシュタル。やっかいなことに巻き込んで」 私が召喚しなければ、こんなことに巻き込むこともなかったのに。 「ごめんなさい。……ごめんなさい。言い訳も、できないよ」 あまりに大きな衝撃で、涙さえ、今は出てこない。 だから、ごめん。 そう、口で言うことしか出来なかった。 「ごめん、ね…………」 「……ッ……おいっ……」 「戻って……いいから。……今まで、ありがとう。…………さよなら」 「待てっ!おいっ………」 小さくなるアシュタルの声。そして、消えた姿。 アシュタルの気配がなくなって。 ぼんやりと痛みが残る手を動かす。 掌を見つめているうちにぼんやりと視界がゆがんで。 ようやく涙が出てきたことに、気づいた。 泣きつかれて、起きたのは夜中だった。 食事の時に呼ばれたが、もぞもぞと返事をしていらないことを告げると、カノンが心配そうに声をかけてきてくれた。スカートのお礼を言って、歩き回って疲れたから眠る、と言うと部屋に入ってきて、布団までかけてくれた。 今は、その優しさが、怖かった。 いつ、その優しさを私が壊してしまうのか。 ―――オルドレイクは、私を召喚したことに気づいた。 誓約の力で、無理やり従わさせられるのも、時間の問題だろう。 じわりと残る、体中の違和感。 あの時の―――。 手をゆっくりと握り締める。 あの時の、圧倒的な力。抗うことができなかった。 とても、痛くて、怖くて。 自分の頭が何か違うものに支配されているような。 そんな感じで。 暗い闇の中にいる、自分が、今、一体何者なのか。 自分が、誰なのか、わからなくなりそうだった。 「――――――ッ」 ―――今、私は『私』なのだろうか。 そんな恐怖が心を埋め尽くしていって。 恐怖のあまり、私は、部屋を飛び出した。 ………怖い。 怖い……怖い、怖い怖イコワイ!!! 私は誰?何のために、ここにいるの? 無我夢中で走った先は、この世界で一番来ている場所。 アルク川。 私は、今ここにいるのだろうか。 私は、『私』だろうか。 存在を証明するものは、ない。 だから、とにかく、夢中でアルク川の水に手を伸ばした。 当然、水だから、冷たくて。 濡れた感触が手を、皮膚を通して伝わってくる。 ただそれだけで。 それだけで、私は今、水を『感じてる』と認識できた。 まだ、私は『私』なのだと。 『私』が水を感じているのだと。 『私』が存在しているのだと。 認識と同時に溢れてくる涙。 濡れたままの手で、自分の顔を覆う。 これから、この恐怖と戦っていくのだろうか。 いつ、私じゃない誰かになるのかと、怯えて。 …………いつ、大切な人を殺すのかと、罪の意識に悩まされて。 「う、ぁぁぁ……………」 なぜ、私なのだろう。 なぜ、私がよりにもよって、オルドレイクに呼び出されなければならなかった? ―――なぜ私が、バノッサたちを殺さなければならない? 「うあぁぁぁぁぁっっっ…………」 「居候!!」 背後からの声に、私の体は過剰に反応する。 闇の中を、荒い息で走ってくる、人影。 「やっぱり、ここだったか…………馬鹿野郎ッ、夜中にイキナリ出て行くな!」 「バノ……ッサ……」 近づいて、ようやく、私が泣いていることに気づいたのか。 そっと手を伸ばしてきた。 「……居候?」 その、優しさが…………怖くて。 臆病な心が、逃げることを選んだ。 「……ッ、待てッ!」 「うぇっ………うぁぁっ……」 泣きながら、走ることしか出来ない。 これ以上、優しさに触れるのが怖かった。 でも、バノッサは、簡単に私を捕まえて。 ひっぱられて体勢を崩した私は、バノッサとともに、地面に盛大に転んだ。 「うっ……うぅっ……っ」 「…………居候?」 「うっ……ひぃっく……ぅくっ……」 息が、出来ない。 ぽんぽん、とバノッサがあやすように体をたたいてくれた。 「落ち着け。……大丈夫だ、落ち着け」 バノッサの言葉で、少しずつ、息が吸えるようになった。 呼吸ができる。 体の苦しさは和らいだけれど―――心は、苦しさを増す。 「……なにが、あったんだ?」 私の腕を握ったまま、バノッサはそう問う。 怖くて、後ろを向けない。バノッサの顔が見れない。 「…………居候?」 なんで、なんで。 なんでこんなときは、優しいの。 すべて―――吐き出してしまう。 「…………私、はっ…………誰です、か……っ?」 「…………あ?」 「私がっ……ここに、いる……っ、理由は、なんですかっ……?」 誰か、教えてください。 誰か、オルドレイクが言ってることは、間違ってると。 私がここにいる理由は、別にあると。 ―――言ってください。 「怖くて、……怖くてっ!!……私が『私』じゃ、なくなるのが怖くてっ……」 バノッサたちを、殺すときが来るなんて、思いたくなくて。 「みんなが離れていくのが、怖くてっ……」 一緒に居られなくなるなんて、考えられなくて。 「怖くて、たまんな―――「なにがあったのかは、知らねェが」 ふわ、と暖かい、ものが。 私の、体を包んでいて。 「オマエは、オマエだ。他の誰でもない、オマエだ。……理由?んなもん、あとからとってつけりゃいいんだよ」 「……………ッ……!」 「怖ぇんなら、怖くなくなるまで、一緒にいてやる。オレも、カノンも、離れていかねぇ……オマエがオマエであるかぎり」 「………………ッ……バノッサぁ………………!!」 ぽんぽん、と子供をあやすように叩いてくれる背中の手が、とても、暖かかった。 「………………やっと落ち着きやがったか……」 「ん…………ありがと…………」 鼻をすすって、涙を拭いた。 「……で?何があったんだ」 「…………疑問系じゃないの?」 「当たり前だ。いまさら、何でもないなんていう気か、オマエ」 「う…………でも、私1人が話すには、曖昧なところも………」 「…………あいつはどうした。オマエの守り手は」 ギクリ、と背筋がこわばる。 アシュタルと、別れたことを、どういったらいいのか、わからなかった。 「えっと……家に、置いてきて…………」 「ここにあるぜ。…………光ってたからな。一応持ってきた」 バノッサが、右の手を開くと、そこにはかすかな光を出す、紫の石が。 その光は、まるで訴えかけるような。 私は、おそるおそる、呟いてみた。 「………………アシュタル?」 紫の光が、凝縮され、人型を作る。 現れた人型は、大層不機嫌そうで。 「…………この、バカッ!!!」 「…………ごもっともです……」 「歴代、いろいろな召喚師を見てきたが、お前ほどのバカを見たことはない!」 「あっ……そこまで言わなくても……」 「言いたくもなる!…………本当に、この、バカが……ッ」 「………………ごめんなさい」 バノッサが、ぬっと私とアシュタルの間に入った。 「…………ということで、さっさと話してもらおうか」 「…………その必要はない」 突然聞こえてきた第3者の声に、私たち3人は身構えた。 NEXT |