…………戦えれば。

私に戦う力があれば。

今ほど、そう願ったことはない。





Scene.14  戦える力。



人の話し声と腹部に走る鈍い痛み。
それによって、ゆるゆるとうごめいていた意識が覚醒した。

目を開ければ…………

………………………………………

…………誰???

「…………目が覚めたようだな」

「…………どなたで…………って、なにこれッ!」

後ろに回された手は、ロープで縛られていて、使えない。
ロープの端を、男の仲間が持っているのが見えた。

「状況を理解したようだな。…………くっくっく、恨むんなら、アイツの女になったおまえ自身を恨むんだな」

「はぁっ!?誰が誰の女だってぇ!?」

「…………お前がバノッサの女なんだろ?」

ノンノンノン!!私、バノッサの女なんかじゃございませんよ〜?ただの居候ですって」

「……まぁいい。人質に代わりはないからな」

「うっ…………」

けど、訂正だけはしたかったんだよ〜。
…………バノッサが迷惑じゃん?かわいそうじゃん?あらぬ疑いをかけられて。
とりあえず、言いたい事はいったので、改めて逃げ出す手段を考える。
腕……は使えないね。前に縛られてるならまだしも、後ろじゃなす術がない。
足は縛られてないから、いざとなれば走ることも出来る。蹴りくらいなら、なんとか……。

…………あっっっ!!!

っていうか、私、別に蹴りとかしなくても、召喚術使えるじゃん〜?ちょこっと呼び出して、ロープ切ってもらって逃げ出せばいいだけじゃん。サモナイト石なら、ポケットに入ってたはずだから、取り出せば…………。

NOぅ!!!

と、取り出せない!!!

そうだよ、手が縛られてるから召喚術使おうとしてたんだ!
没か!?召喚術で大脱出☆は、没なのか〜!?

…………いやいや、私には霊界サプレス最強のアシュタルさまが……それに、アシュタルなら、手じゃなくても、胸にあるから意識が集中でき…………

NOぅ!!!!!

い、いいいいい……

「石がない!!!」

「石ってこれのことか?」

チャラリ、と近くにいた男が、やな感じに離れた場所から石を拾い上げ、見せ付ける。

「か、返してよ!」

「こんな金になりそうなもの、ただで返すやつがどこにいるんだよ」

「普通の人は返してくれるんだよ!!」

「あぁ!?なんか言ったか、テメェ!?」

ギラリと見えたのは、ダガーナイフ。

「………………!!」

ダメだ。逆らったら、コイツらに何されるかわからん。
戦闘経験も皆無。武器もない。あまつさえ拘束中。
200%の確立で勝ち目はない。
ここは、あんまり刺激しないほうがいい。
私は、おとなしくすることにした。



「…………私は、いつまでここで囚われてなきゃいけないのかしら?」

もう囚われているのにも飽きて(飽きるな)、ぽそりと呟いた。
……無視ですか(怒)
っていうか、誰か助けに来てくれる……とかないの???

「……っく…………くく……今頃、アイツら、やりあってるでしょうねぇ」

声が聞こえてきた。
イヤンな感じに無精ひげの生えた、もうそろそろ結婚しなきゃ、って年齢の男。
…………お仕事しなくていいのかな。
ってか、アイツらってなんのことさ!

「これで、フラットとオプテュスがつぶしあってくれれば……俺たちは万々歳だぜ」

……あー、なんか理解できた
つまり、人質(つーか自分)のことを、全部フラットに押し付けたのね。そして、オプテュスに攻めさせて、あわよくば潰しあってくれれば……っていう、ベタベタな構造なのね。

でも、残念ながら……

「フラットは、私の友達なんだなぁ……ちなみにバノッサ公認だから、そんなベタベタな設定に引っかかるわけないよ……」

やっぱり、ぽそりと呟いたはずなのに、バッとこちらに目が向く。
な、なんだよ!さっきは無視したくせに!(汗)

「あぁ!?……テメェ、何モンだ?」

「な、何者でしょう?(汗)」

「…………お前、俺たちのこと、馬鹿にしてんのか?」

「し、してません……ッ(軽蔑はしてるけど)」

ズカズカと近寄ってくる、イヤンな感じに無精ひげ(以下略)
顔が近づいてくる。……わぁ、見たくない
あごを掴まれた。

「…………顔自体は、悪くねぇんだよな…………売れるかもな……おい、顔に傷はつけんなよ、後で売るからな」

「う、売る!?や、ヤダ!!!」

人身売買は犯罪なんだぞ〜〜〜!!!(当たり前)
っていうか、やめてよね、そういうリアルに怖い話するの!

「うるせぇ!騒ぐな!!」

売ると言われて騒がないヤツがいるか!!帰せ!帰せぇぇぇぇ!!」

「…………うるせぇッ!!」

パンッ!

頬に衝撃が走った。
口の中に、鉄の味が広がる。
痛さに涙が浮かんだ。でも、必死で抑える。

「顔は殴っちゃいけないんじゃ……」

「うるせぇ!この女、我慢ならねぇ!おい、お前ら!外見てこい!」

プッツンと、頭の中で何かが切れた。
我慢ならないのは…………こっちの方だ!!!

「ふざけんな!!我慢なんないのは、こっちだ!!…………私を……私を、ただの足手まといにすんな!この……この脳みそマリンゼリー野郎!」

「この野郎…ッ!!」

胸倉を掴まれて、引き寄せられた。
買ってもらったばかりの服。振り払うように、抵抗するが、手は外れない。
ふとした拍子に、手が素肌に触れた。その瞬間、ゾワリ、と鳥肌が立つ。
動きの止まった私を見て、ニヤリと男が笑った。

「……く、くくく…………そーだなぁ、バノッサの野郎も、自分の女が犯された、ってわかったらどうするかな?……ヤツのことだ、捨てるだろうなぁ?ヒドイ方法で」

「…………ッ!なに、す……ッ!」

シャツをひっぱられて、無理やり手を服の中に入れられる。
鳥肌が一気に立つ。
―――涙も、出そうになった。

「…………ヤメ……ッ!!!」

居候!!!

男の動きが止まる。
ゆっくりと、服の中から手を出す。

「バノッサか……俺の部下は……」

「あぁ?うるせぇんだよ、さっさと退け。おい、居候」

パッと立ち上がって、バノッサの方へ行こうとするが、瞬間、ロープをひっぱられて、ひっくり返った。
しこたま尻と腰を打ちつける。

「い……ったっ……!!」

「居候!」

バノッサが近寄ろうとするところへ、四方から部下と思われる奴らが、出てきた。
そう多い数ではないが、1人で戦うにはつらい数だ。

「バノッサ……!」

私さえ、いなければ。
私がこんな奴らに掴まりさえしなければ、こんなことにならなかったのに。

「……くっ……オプテュスのバノッサも、これまでだなぁ?……女にうつつを抜かして、やられる、か……」

くくく、と笑った男。でも、バノッサは、表情を変えずに―――2本の剣を抜いた。

はじめて、見た。
バノッサが剣を抜くところ。

「バノッ―――」

名前を呼ぼうとしたら、まるで大丈夫だ、とでも言うようにバノッサは私を見てかすかに口角をあげた。
そしてバノッサは視線を私から男たちへと移す。

私の前では剣を抜かなかったバノッサ。
ヒュンッ……と見たこともない表情で、一度剣を宙に躍らせる。
その表情、その雰囲気に男たちは恐怖に襲われたのか、私を羽交い絞めにした。
人質だ、とでも言うように。

ゆっくりと、バノッサが構えた。

「…………いいのか?」

「あ?」

「これだけでいいのか?……くくっ……こんな人数でオレ様に勝とうってのか……なめられたもんだぜ」

「な……っ」

「……悪ぃが、手加減できねぇぜ?」

バノッサが無造作に1歩踏み出した。
たった数十センチ。
それだけしか近づいていないのに、すさまじい威圧感が、私にまで伝わる。

「…………オレ様は今、最っ高に不機嫌なんだからよ!!!

一瞬。
一瞬でバノッサは、男の目の前まで詰め寄ると、一気に剣を振り下ろした。
男が倒れる。そして、続けざまに、よってきた相手の斜め後ろの間合いに入ると、横なぎに一振り、槍の相手には、左手の剣で突いた。
あっという間に、倒れた男たちを見て、私は声も出なかった。
倒れた男たちに目をくれず、バノッサはこちらを向いた。

「…………居候、無事か?」

「あっ!は、はいっ!」

思わず、大声で返事した私に、バノッサは大きく大きく息を吐いた。

「……なにやってんだ。帰るぞ」

「腕にロープがありまして……」

またもため息をついて、ゆっくり近寄ってくる。
後ろを向かせて、さくり、とロープを切ってくれた。

「ふぅ〜……やっと解放された〜……ありがと、バノッサ」

ガチガチに固まっていた表情筋を無理やり動かして、笑みを形作る。

「……おい」

「ん?」

「……馬鹿が。腰抜けて立てねェくせして、強がってんじゃねェよ。腕も……こんなになるまで抵抗して……」

言われて、ロープのささくれでざくざくに切れてる腕を見る。
……うーわー、スプラッタ〜〜〜………。

「…………おい、顔も殴られたのか」

「へ?…………あぁ、1回だけね。あ……石、探さなきゃ」

アシュタルさんを奪い返さなければ!
とりあえずあたりを見回してみる。

「どいつだ」

「え?」

唐突な声とセリフに間抜けな声が漏れた。

「顔殴ったヤツ」

「1番最初に、バノッサが倒したヤツだけど?」

足元に転がっていたそいつを、バノッサは、蹴っ飛ばした。ついでに、もう1発蹴りをかまして、隅に追いやる。

「ば、ババノ……!?」

「これでチャラにしてやる」

「さよですか……あのさ……紫の石がついたペンダント見なかった?」

「あぁ?」

この様子だと、見てないんだよなぁ……。
さて、そろそろ足の震えも止まったし(さすがに、震えてたんだよね)立ち上がって、再度周りを見回す。

「う〜ん…………」

1歩歩いたところで、お腹に痛みが。
思わず立ち止まってしゃがみこむ。

「居候?」

「ん〜……そういえば、お腹殴られて起こされたんだっけ…………」

痛いなぁ……もう。
なんとか、顔だけ上げると、バノッサが寄ってくるのが見えた。

「どいつだ、それは」

「そっちの槍握って転がってるヤツ」

つかつかとバノッサはそいつによると、蹴っ飛ばした上、服を掴んで投げ捨てた(酷)
しかも、ちょっと持ち方がイヤそうだった(指先だけで持ってた)
そして、そのほかの人物も投げ捨てて、その後を追っかけていった。…………これ以上何をする気かしら(汗)

「さて、本気でヤバイぞ、と…………アシュタル〜。出て来ぉい」

すると。
ブンッ、と音が鳴ったと思うと、そこには捜し求めていた、我が召喚獣の姿が!!

「アシュタル!!」

「この…………」

「へ?」

大馬鹿者が!!!

「ぎゃっ!?」

思わずペタンと尻餅をついた私に、近寄ってきて仁王立ち。
……わーお、怖すぎるよ、その構図。

「必要となったら、すぐ名を呼べと言っただろう!!なのに、なんだお前は!ひとっことも俺の名前を口にしないで!来れるものも来れなくなるだろう!」

「あ……?でも、石がどこにあるかわからなくて……(汗)」

「俺を誰だと思ってる!霊界最強クラスの殲滅者アシュタルだ。そんなの名さえ呼ばれれば、こちらに来れる」

「すごいね、アシュタル」

「〜〜〜〜〜〜だから!!!あ〜〜〜!!!いいか!?俺は、お前に呼ばれたら、すぐにでも出てきてやる!守ってやる!だから呼べ!」

……………………は?

あまりのことに、思考回路はショート寸前(某美少女戦士)
…………なんですと?
…………なんか、愛の告白チックvv(やめれ)
…………アシュタルが!?
霊界の殲滅者アシュタルが、守ってくれるって!?

「なな、なななな、なにを言って………!!!」

立ち上がったら、お腹に痛み。
足がふらついてそのまま後ろに倒れこんだ。くるくると目が回る。

「おい、?」

なんだよ、マスターなんだから、「ご主人様vv」とか言ってよ……。

「おい?」

あぁ、視界がぼやけていく…………。
マズイマズイ、ちゃんとしなければ……。

この世界に来てから何度目かの、ブラックアウト。




ぐったりと倒れこんだを、アシュタルは片腕で支えた。

「……ったく…………」

ひょいっと抱えあげたところで、ちょうど戻ってきたバノッサと目が合った。

「…………なんだ、テメェは……居候をどうするつもりだ」

剣を構えないところを見ると、アシュタルに殺気がないことはわかっているらしい。
そして、正体に思い当たったのか、眉をひそめた。

「……テメェ、コイツの召喚獣か?」

「まぁ、な」

フン、と鼻で笑って、顔を見つめた。

「……で、どうするつもりだ、ソイツを」

アシュタルは、目線をに戻す。
少し顔色が悪い。

「…………ケガの手当てを」

「なら、いい」

どっかりと、バノッサは、その場に座る。
アシュタルは、外へ運び出そうとしていたのだが……結局、その場に座らせることにした。

魔力で回復させようとするが……もとより、サプレスの者はこちらに存在するのに、魔力を使ってしまう。アシュタルにとって、これ以上の魔力の放出は、しばらくの間戦闘ができないことを意味する。

「ちっ…………こちらに来るのに魔力を使いすぎたな……おい」

「あぁ?」

「ちょっと力、貸せ」

ぼわっと紫の光がバノッサを包む。

「なにしやが……っ」

だんだんと光が大きくなり、の体まで包んでいった。
傷がふさがったのを見て、アシュタルは、腕を1回振った。すべての光が消滅する。

「…………お前、なかなかの魔力の持ち主じゃないか……助かった」

「…………あぁ?なにいってやがる」

魔力。召喚。

バノッサが一番嫌いな言葉だった。

「……魔力があるわけないだろ。召喚術ができねェんだからよ」

「お前の全開の支配能力に合う召喚獣なんて、滅多にいねぇさ。それをコントロールできれば、強い召喚師になれるんだろうがな」

「……なにを」

「ま、いいさ。……それより、の手当てが先だ。傷はふさがったが、疲労までは治せない。……それに、精神的にも、まいってるみたいだしな」

バノッサの脳裏に、男に押さえつけられ、恐怖でいっぱいだったの目が思い浮かぶ。

(…………蹴りだけにしなくて良かったぜ)

なにをしたんだ、この男。

「…………なんで、テメェはそんなにコイツを気にかけるんだ」

アシュタルは肩をすくめると、

「…………さぁ、な…………変な、力だから、か……?」

「変、か……」

「あぁ、変だな」

「…………納得だ」

バノッサがにやりと笑うと、アシュタルもにやりと笑った。
マントを翻しながら、バノッサは立ち上がり、を抱えあげる。

「帰る。テメェは?」

「俺もそろそろ帰る……といいたいところだが、ソイツの力がないと帰れないんでな。悪いが、ついていく」

「そうか」

特に気に留める風でもなく、バノッサはゆっくりと進んでいく。
アシュタルも、その歩幅にあわせて歩いた。



家に帰って、倒れたをみてカノンが黒い笑顔で、バノッサとアシュタルに詰め寄ったのは、別の話。




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