いつものように、釣りへ行く途中のこと。

顔見知りになった定食屋のおっちゃんから声をかけられた。

今日、一日だけ手伝って欲しいらしい。もちろんバイト代つき。

…………チャーンス(キラリ)





Scene.12  はじめてのアルバイト。



ちゃ〜ん!!!これ、一番奥のお客様に〜!!!」

「はいはいはい〜!!!」

あつあつの料理を受け取って、こぼさないようにしながら、なおかつ、迅速に運ぶ。

「おまたせしました〜!!!」

「おぅ、姉ちゃん!水くれ!」

「は〜い!」

ポットを持って、反対側の端へ。
…………あぁ、忙しい。
なんか、今日は団体さんがくる、というから手伝っているのだけれど。

団体来るもなにも、それ以前に忙しいよ(汗)

「注文したいんですけど〜」

「は〜い!今行きます〜」

メモを持って、そちらへ行く。
文字はまだあやふやなので、日本語でとるのだが。

「え〜っと…………魚の揚げ物と、スープですね。…………魚の揚げ物とスープ入りまっす!!!」

「おぅよ!!」

「少々お待ちください」

ジャッという、揚げ物の音がする。
それを悠長に聞くまもなく、私は、この店の中を走ることになった。


なにかお返しをしたいと、前々から思っていた。
結局は、生活費も稼がないで、ただ食べさせてもらっている。
時々、魚を釣ってきたりはするが、それもちょっとの足しにしかなっていない。
あまつさえ、生活必需品まで買ってもらった。
それでも、私は何もすることが出来なかった。

だから、おっちゃんの声は嬉しかった。
ここでお金を稼げば、少しでもお返しが出来るから。
…………本当は、そのお金を生活費にしてもらえばいいんだけど、まず、なにかお礼を『形』として示したかった。
だから、何かプレゼントしよう。
そう思った。



お昼休憩を挟んで、私はまた走り回った。
私が取るメモは日本語で読めないから、ただそれを大声で叫ぶだけなんだけど、おっちゃんはそれを正確に覚えている。……スゴイヒトだ。

「野菜炒めとごはん!それに焼き魚二枚お願いします!!」

叫びながら、メモをポケットにねじ込む。後で運ぶときに困らないように。
この定食屋は人気があるらしく、客足が途絶えることがなかった。
さすがにお昼のピークは過ぎて、客足は少しずつ減ってきてはいるが、それでも席の半数以上は埋まっている。

「団体さんって、いつ来るんですか?」

「夕飯だっつってたから、もうすぐだろ。ちゃん、平気か?」

ちょこっと怒るバノッサの顔が浮かぶが、それでもバイト代には変えられない。

「…………平気です!!どんとこ〜い!!」

にっ、とおっちゃんが笑う。
よし、と私は腕まくりをした。



「…………っふぅ〜…………」

「お疲れさん。……これ、お給金」

渡された小さな袋は、ずっしりと重たく。
覗いてみれば、金色の輝きが。
わたわたと私は慌ててしまった。

「い、いいんですか?こ、こんなに貰っちゃって」

「しっかり働いてくれたしな。…………もしよかったら、また働いてくれや」

「は、はい!喜んで!!!」

「なんか、食ってくか?」

「…………せっかくですけど、遠慮しときます。あの美白帝王が怒り出すんで」

「あぁ…………なんか言われたら、俺に言いに来いよ」

「(おっちゃん、バノッサと何かあったのかな?)は〜い♪……じゃ、ありがとうございました!」

「おぅ!またな」

ドアを開けて外へ出る。
すっかり暗くなった街。
急ぎ足で、繁華街に向かった。
極力危ない方々とは会わないように。
ただ、目指す店に向かって走った。

釣りでここを通るたび、いいなぁ、と思っていたもの。
バノッサには、銀のチョーカーを。
カノンには、銀の腕輪を。
そう思っていた。

何度か足を運ぶうちに顔なじみになった、店の主。

「おっちゃん!この腕輪いくらだっけ?」

「あぁ………2500b……金貨5枚ってとこだな」

「こっちのチョーカーは?」

「そいつは3000bだ」

袋の中の金貨を数える。…………よし、12枚はあるな。

「じゃ、その腕輪とチョーカー、ください!!そんでもって、1つずつバラバラにつつんでくださいな」

「まいど!!……プレゼントか?金貨11枚だぜ」

「うん!お世話になってる人へのお礼vv」

「そいつぁいい!じゃ、買ってくれた嬢ちゃんに、俺からのお礼だ!金貨10枚に負けてやる!」

「やった〜!!!ありがと!」

金貨をちょうど10枚渡して、別々に分けてもらった袋を受け取る。
手を振りながら、駆け足で北スラムへ戻った。
近づいてくる、バノッサの家。
……あぁ〜……怒られるかな?
そんなことを思いながら、ちょっと走るスピードを上げる。

「……あれ?」

家の前で、座ってたばこを吸ってる人影は…………。

「…………バノッサ?」

はっとこちらを見るバノッサ。
立ち上がって近寄ってくる。

「…………遅ぇ!!!」

「うぁ!!!」

「女が、こんな遅くまで1人でフラフラすんな!!心配すんだろうが、このバカ!!!」

「す、すいませんすいませんすいません!!!」

あまりの迫力に平謝り。

バノッサはためていた息を盛大に吐き出した。

「……ただ釣りに行っただけだろ?なんでこんな遅ぇんだ」

「え〜…………と、いや、その…………ね」

こっそり後ろにプレゼントを隠したのは見えなかったらしい。
ごまかすように笑った私に、バノッサはデコピンをする(痛)

「…………ったく…………オラ、入るぞ」

「は〜い…………」

ドアを開けて、広間へ向かう。
台所からカノンが走ってきた。

「……さん!!!」

「カノン…………」

「遅くなるときは、連絡してくださいね?…………バノッサさん、手がつけられなかったんですから」

分が悪くなったのか、さっさと自分の部屋に帰るバノッサ。
へ?という私に、カノンが続ける。

「あっちへいったり、こっちへいったり…………ついには、家の前で待ってるなんて言い出して…………」

「あはは…………そんな心配させたんだ、私…………後でもう1回謝っとこう…………そだ、カノン、あのね…………」

ごそごそと、ポケットの中から、腕輪を取り出す。

「これ、いつもご飯とか作ってくれるお礼」

たいしたものじゃないけど、と笑いながら、カノンへ渡す。
ポカンと口を開けたまま、カノンは腕輪の袋を受けとった。

「…………え?」

カサリ、と袋を開ければ、先ほど買ったばかりの、透かし彫りの銀で作られた腕輪が出てくる。

「ど、どうしたんですか?これ」

「うん、ちょっとアルバイト見つけてね。買ってきた。あ、怪しいものじゃないから」

「…………あ、ありがとうございます!すっごく嬉しいです!!…………あ、もしかして、今日遅くなったのって……」

「うん、アルバイトが長引いてね。でも良かった。喜んでもらえて」

笑うと、カノンが嬉しそうに腕輪を抱きしめた。
…………う〜ん、ぜひともカメラに収めておきたいショットなのだが……残念!

「……ふふ、そういうことなら、しょうがないですね。もう怒れないですよ。……ゆっくり休んでくださいね」

「うん!!……じゃぁ、ね。オヤスミ」

「はい。おやすみなさい」

別れて、私は2階へ上がる。
そのままバノッサの部屋へ行こうと思ったが、なんとなーく恥ずかしくなってしまって、結局屋根の上に上ってしまった。
屋根の上に上るのは初めてじゃなくて。
何度か上ったことがある。

たとえば、母さんたちに会いたくてたまらなくなったとき。
たとえば、友達の声が懐かしくなったとき。
たとえば、日本の音楽が聞きたくなったとき。

ここに上った。

地球ではないと示すような、大きな月。
まるで太陽のようにあたりを照らす。
クレーターもはっきり見える月を、ぼんやりと眺める。

「なんていって、渡そうかなぁ…………」

『日ごろのお礼です』
…………普通だよなぁ。
『プレゼントだよ〜ん』
…………アホらしすぎる。

「おい、居候。なにやってんだ、こんなとこで」

「…………はい?」

振り返れば、悩みの原因である美白キング様が(汗)

「な、なななな、なんでバノッサがここに!?」

「…………オレ様の家だ。オレ様がどこにいようと勝手だろう」

「あ。そりゃそーですが……」

どっかりと私の隣に腰を下ろす。
同じように月を見上げた。
大きな。

大きな、月。

「……ちっ、酒でも持ってくるんだったな」

「コラコラ…………あのさー、バノッサ」

「あぁ?」

「これ、あげる」

そう言って、袋を差し出す。
結局私が選んだのは、『普通』の言葉だった。

「日ごろの、お礼。受け取って。……あっ、怪しいものじゃないから」

袋を押し付けた。
バノッサが訝しげに袋を開ける。

「…………センスなくてゴメン、だけどね。…………あ、大丈夫だよ!?怪しい仕事とかじゃないから!ちゃんとアルバイトしてきたんだからね!?」

ちゃらり、とチョーカーが出た。
シンプルな羽根がついたチョーカー。
強さと優しさを表しているようで、バノッサにぴったりだと思った。だから買った。
剣のチョーカーをつけたバノッサも好きだけど、きっと羽根も似合う。

「オマエ、もしかして、それで今日遅かったのか?」

「あ…………その件については、本当にすみません」

深く深く頭を下げる。
チャラリ、ともう1度、銀が触れ合う音がした。
目を上げれば、いつものチョーカーをはずして、私があげたチョーカーをつけてくれているバノッサが。
ぽーっとそれを見ていると、バノッサが、ふ、と笑ってくれた。

「…………ありがと、な。居候」

いつもと違う、優しい笑顔。
……送ったチョーカーの羽根のような、柔らかい笑顔。

一気に顔に血が上った。
元々顔は端整なのだ、この男。
その後私は、どうやって部屋に戻ったのか覚えていない。



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