いつかは来るかな、と思ってた

ここに私がいることが

ばれるのは時間の問題だと思っていた

…………まさかこんなに早いなんて



Side Scene.1 事件の連鎖反応。



コンコンコン。

律儀なノックにまず反応したのは、バノッサだった。
カノンはキッチンで食事の片づけをしていて、居間で私はバノッサと取っ組み合い仲良く団欒をしていた。
一応、北スラム。まだまだ治安は悪く、特にオプテュスのリーダーであるバノッサの家に訪ねてくるのは、まぁ、良い人間とは言えない。(もちろん、一概に悪い人間とも言えないが。話せば面白い奴らだっている)
とりあえず、バノッサやカノンが家にいるときは、私は応対することはめったにない。
この時も、バノッサがドアの方へ向かっていき、ドア越しに(まずは開けない)聞いた。

「誰だ?」

たいていは、バノッサのこの一言で、恐縮した声が聞こえてくるか、ドアが乱暴に開けられるか―――後者は、バノッサにケンカをふっかける連中だ―――どちらか二通りの行動が見られる。

のだが。

「蒼の派閥のものだ。こちらに、と言う少女がいると聞いてきた」

臆するでもなく、激情に任せた声でもない、冷徹な声。
ピンと張りつめた空気に、ゾクリと背筋が凍る。
―――ついに来た。

私がこの世界で魔王と呼ばれるものに乗り移られたのは―――今から、2ヶ月ほど前のことだ。
その後、魔王を乗り移らせたまま、私は元の世界へ帰り、このバノッサの召喚によって、再びこの世界へやって来た。そして、今も、魔王は私の中にいるのかいないのかわからない状態が続いている。
そんな危険なものが乗り移っているかもしれない私を、放っておくはずがない。
特に蒼の派閥は、魔王の力を持っているかもしれないと言われていたハヤトたちを連れて行こうとしていたし。

「………………居候、2階に行ってろ。カノン、居候を連れてけ」

バノッサの小さい声。いつの間に来たのか、カノンが隣に立っていて1つ頷いた。カノンが手を引っ張って私を2階へ連れて行ってくれる。
2人してこっそりと階段の上で、聞こえる会話に耳を傾けた。

「…………知らねェな。ここをどこだと思ってるんだ?」

「オプテュスのリーダー、バノッサの家…………バノッサと義弟のカノンの2人暮らしだったはずだが、最近もう1人住人が加わったことは、すでに調べがついている」

……………なんか、警察官みたい。
バノッサは、はん、と笑った。

「さぁ?…………仮にそうであっても、オマエら召喚師にいう義理はねェだろうが?」

「…………隠すと身のためにならないぞ」

「脅しか?……その手には乗らねェぜ?」

「明日、もう1度来る。その時に、差し出さぬとこちらもそれ相応の手段をとる。…………失礼した」

ドアが閉められる音。

私ははぁ〜…………と大きなため息をついた。

「ついに来たかぁ…………結構早かったなぁ」

さん!のん気にそんなこと言ってる場合ですか!あぁ、どうしよう……」

「カノン、落ち着いて。そんな、包丁出さなくても大丈夫だから(汗)

背後で包丁を持っておろおろするカノンは、果てしなく怖い。
どうどう、と私はカノンの気を静めるように努力する。万が一にでのあの包丁のえじきにはなりたくないもの!!

「おい、2人とも。ちょっと来やがれ」

なだめていると、階段の下から静かな声が響いた。

「うわー……オレ様的口調〜……」

「……居候、オマエ、階段から引き摺り下ろすぞ」

「………………自分の足で降ろさせてください」

調子に乗ったことを後悔する。
階段を下りて、居間のソファに座った。

「…………チッ、とうとう来やがったな」

「いつかは来ると思ってたんだけどね…………」

本当ならもっと早くてもおかしくはなかった。
この中途半端に空いた期間は……派閥自体の混乱か、このリィンバウム全体の混乱のせいか、どちらかだろう。

「………………おい、居候。オマエ、明日は南に行ってろ」

「え?」

沈黙の後に発せられたバノッサの珍しい言葉に、耳を疑う。
いつもはフラットを訪問するの、あんまりいい顔しないのに。

「南に行ってりゃ、最悪、家の中に踏み込まれても平気だろうが?どこかをフラフラするよか、あそこにいたほうがよっぽどマシだ」

「そんなの、ダメだよ!バノッサたちが危ないじゃん!」

「いいから、行ってろって。俺様とカノンなら最悪戦うこともできる」

「イヤ!それだけは絶対イヤ!だったら私もいる!!」

「馬鹿野郎!それじゃ意味ねェだろうが!オマエは行ってろ!」

「イヤ!!!絶対イヤだからね!!」

私のことで、バノッサたちに迷惑かけることなんて出来ない。
本来はなんら関係ないのだから。

数十秒の睨みあい。

互いにじっと瞳の奥を見つめ―――先に目をそらしたのは、バノッサだった。

「………………………絶対出てくるなよ?」

「………………………努力はする」

もしも、本当に危なくなったら、私が出て行けばすむから。

「『は』じゃねェんだよ」

コツン、と頭を小突かれた。
その軽い衝撃に温かみを感じて。

私は微かにバノッサにむかって笑った。

でも、拭いきれない不安を抱えたまま、私は夜を過ごすことになる。





一夜明け。


コンコンコン。

昨日と同じように、律儀なノック。
すぐにバノッサは私に目で上に行けと、合図をした。
コクリ、と頷いて2階へ行く。

「………………よぉ、今回は、また人数が多いじゃねェか」

「今日は、少女を連れに来たのだ。危険な力を持つ人間に対して、この人数は妥当だ」

「うるせェな。…………そんなヤツはここにはいねェよ。さっさと消えろ」

「……あくまで、シラを切るつもりか」

「あぁ?」

ドックン、と心臓が鳴った。
嫌な予感がする。
1階に紫の微かな光が見えたと同時に、私は転がるように階段を降りた。

「ちょっと待って!!!」

私の声で、召喚術を発動するための光が消えた。
バッと視線が私に突き刺さる。

「馬鹿野郎、居候…………ッ」

は私。この人たちには、危害は加えないで!」

「…………ようやく現れたか。…………。君の身柄を拘束させてもらう。蒼の派閥本部の決定だ」

「…………どうしても、行かなければなりませんか」

「派閥の決定は絶対だ。君が協力してくれない場合……少々手荒な方法を取らなければならない」

「んなこと言っても、結局はそーいう手段をとるんだろ、テメェら召喚師は!居候、行く必要はねェ」

「バノッサ…………」

「決定に従ってもらわないと、強硬手段をとるが?」

冗談じゃない。
こんなところで召喚術なんてやられたら、家どころか、北スラム自体が吹っ飛ぶ。…………最も、そんなことをしたら、この召喚師たちも、ただじゃすまないとは思うけど。

「…………わかりました。ただし。用が終わり次第、さっさと帰すことを約束してください」

「居候!」「さん!」

「承知した。協力、感謝する。支度もあるだろうが、なるべく早く出発したい。夕方でよいだろうか?」

「……はい」

「それでは失礼する」

ドアが閉められると同時に、ガツン、とゲンコを頂いた。
目から火花が散った。

「この、馬鹿野郎!テメェ、行く必要ねェだろうが!」

「あう…………だってぇ…………北スラム壊すくらいの勢いだったし…………それに、行かなきゃ、ずぅっと付けねらわれるし」

ビクビクとおびえながら(そして、殴られた頭をさすりながら)私は、バノッサを見る。

何かを言いかけたバノッサは、口を閉じて、大きなため息をついた。

「………………すぐに帰って来いよ」

「ういっす!」




コンコンコン。

寸分違わぬノックの具合に、シン、と室内は静まり返った。

「……いいか、もしなんかあったら、相手の顔の側面思いっきり蹴ってやれ。殴るんじゃねェぞ。テメェの手じゃ、自分の手も痛めんのがオチだ。蹴っ飛ばせ」

「ういっす。頑張りまっす」

「開け、ますね」

カノンがドアを開けた。

「…………用意は出来たか?」

「はい。今、行きます」

リュックを背負って、ドアへ向かう。

「そうだ、言うのを忘れていたが。…………全ての召喚に関するものは、申し訳ないが、置いていってもらう。なにが起こるかわからないのでな」

うげ。
…………アシュタル持って行こうと思っていたのに。

しょうがないので、リュックに入れていたアシュタルの石を出して、ついでにリプシーも出す。

「これで全部か?」

「それ以外に召喚はしてないですし。…………んじゃ、行ってきます」

さん………」

「カノン〜。そんな顔しないでよ〜。大丈夫だから。……帰ってくるよ」

「………………居候、気をつけろよ」

「バノッサが優しいなんて気持ち悪い〜」

「んなこと言ってる場合か!」

「は〜い。……んじゃね」


私は、こうして、蒼の派閥へと連れて行かれることになった。


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