たまたま 確かに、毎日お弁当は作ってあげてるけど、日曜の朝9時にいきなり電話かけてきて「今日学校の体育館まで昼飯持ってこい」ってのはあんまりだと思う。準備もしてないし。っていうかまだベッドの中だったし。それに休み位は自分で昼用意しろって。 そう思いながらも。結局手抜きもなしにお弁当を作ってしまうあたりが、自分でもだめなのかも。甘やかしてる、よね。それに、学校から徒歩3分のところに、コンビニあるんですけど・・・。まあ、栄養士を目指す身としては、コンビニ弁当を勧められないのも確かだけど。 「あれぇ」 学校に着いて、は声をあげた。学校まで昼飯持ってこいと言うのだから、てっきりバスケの練習試合でもあるのだと思ったのに、お昼を少しまわった体育館の周りには、人のいる様子はない。あるのは、どこか別の場所での部活の声が微かに伝わってくる気配と、セミの声だけだ。 「おかしいなあ」 はとりあえず体育館の入り口へと向かった。右手に持っていた弁当の入ったカバンを、左手に持ち直す。扉は開いていて、そこからは、しんとした空気が流れてくる。 「楓―?」 首だけを突っ込んで、小さな声で呼びかける。大きな声を出すのはためらわれて。自分の声の反響に心細くなると、急にすぐ近くから声がかけられた。 「おい」 「きゃああっ」 思わず身を硬くして、勢いよく振り返る。そこには、呼び出しをかけた張本人がいた。 「楓!」 「おう」 「おう、じゃないわよ! びっくりしたんだからー」 そう言いながら流川を見ると、いつも見る練習着姿。カバンを右手に持ち替えながらは問いかけた。その手から弁当の入ったカバンを流川は取る。は重みのなくなった手を軽く振ってほぐした。 「あれ、今日ってやっぱり試合あったとか?」 「あったけど、午前中に終わって、皆帰った」 言いながら、流川はさっそく中を物色しだした。 「終わったんなら、家に帰ってご飯食べなよ・・・」 体育館の裏手の、日陰になっている方へと移動し、二人並んで段差に腰掛ける。はランチョンマットを広げて、その上に弁当箱の蓋を開けて置いた。そして、箸を流川に渡す。 「はい、どうぞ」 無言で流川は食べ始める。彩り、味、栄養バランス。の弁当は、どれも完璧といっていいような物だ。量も、運動後の空腹状態であることを考慮してある。は水筒のお茶を注いで流川に渡した。 「おいしい?」 「ん」 口に物を含んだまま、短く返事が返る。そして、弁当はものすごい勢いで消えていく。 「たまにはお母さんにもお弁当作ってもらいなよ?」 これには無言。も気にせず、ほう、と息をついて、目の前の木や空に目をやった。ふいてくる微かに秋めいた風が心地いい。しばらくすると、食べ終わったのか、弁当箱を置く音が聞こえた。 「俺、お前の飯しか食いたくねぇ」 「え?」 突然の言葉に、まじまじと流川を見る。すると、間にあった弁当箱をマットごと寄せて、流川はの膝に頭を乗せてきた。そして、そのまま目を閉じる。 「・・・え?」 自分の膝の上を凝視しても、返ってくるのは寝息だけ。 なんだか、大変なことを言われた気がする。 流川の夢はプロバスケプレーヤー。自分の夢は栄養士。この進路は、決して流川の夢を考えた結果ではなく、自分の意思で決めたものだ。けれど、たまたまこうして重なり合った二つは、なんだか同じ方向へ進みそうな気もして。それに、流川がこうと決めたら、が流川の専属栄養士になることは間違いないような。 「それに、取りようによっては、別の意味にも聞こえるじゃない・・・」 微かに赤くなりながらつぶやいて、は流川の髪をなでた。 それから一時間後。 「もう、いいかげんに起きてよ!」 膝枕に耐えられなくなったが、流川の頭を思いっきり押すと、やっと目を開けた流川が死ぬほど不機嫌そうな顔でを見た。 「これ以上は足がしびれて動けなくなっちゃうから、いいかげんどいて」 すると、素直に流川が体を起こしたので、はほっとしてしびれた足を動かそうとした。しかし、安心したのもつかのま。流川の両手が伸びて、がっしりとの頭を捕らえた。そして、そのまま流川の顔がへと近づく。 「ちょ、ちょっと」 の制止の声にも流川は無言。そして頭を押さえるのに使っていた手を片方下ろし、 の腰を引き寄せた。は足を動かせないこともあって、それ以上逃れることが出来ない。流川の顔が傾くのを見ながら、は思った。こいつ、絶対分かっててやってる。実は策士なのか? だったらさっきの言葉もやっぱりプロポーズなのかもよ? そう思った時、流川の唇が重なった。 END. |