愛してほしい、なんて言いません。
抱きしめて欲しい、なんて言いません。
出会えただけでよかったんです。
ただ。
ただその隣にどんな形でも私がいれば―――。
それでよかったんです。
WITH
私とは気がつけばいつも一緒にいた。
生まれた時からずっと一緒。
家が隣だったからね。一緒なことが当たり前だった。
一緒の身長、一緒の体格。
一緒に泣いて、笑って、遊んだ。
バスケを始めたのも一緒だし、サボる時も一緒だった。
だけど、だけど。
気がついたら、違ってた。
なにもかもが違ってた。
身長は当の昔に追い越されていたし、体格なんて、全然違う。
はあまり感情を出さなくなったけど、私はすぐ泣くし。
バスケだって。
一緒に始めたのに気づいたらは全国プレーヤーで、私はせいぜい県大会。
そして。
いつの間にか、はサボる時に私を誘わなくなった。
ぽっかりと心にあいた穴。
最初は、薄い紙に、指で開けられたような小さな穴だった。
でも、少しずつ、少しずつ、大きくなっていって。
それが、引き裂かれるのに時間はかからなかった。
そこに居合わせたのは全くの偶然だった。
たまたま焼却炉にゴミを捨てに行く係りだったからそこを通ったまでだった。
まず、目をこすって確かめた。
次に耳を疑って、耳を引っ張った。
最後に、頭を叩いて何度も整理した。
だけど、目に焼き付いているのは。
顔を真っ赤にして胸に飛び込んできた女の子を抱きしめるの姿。
耳に残っているのは。
『付き合ってください』
『あぁ』
という短い女の子との会話。
私は、耐え切れなくなってその場から走って逃げた。
もともと、にはそーゆー噂が耐えなかった。
普段、あまり話さない彼が続けざまに会話をすると、周りが勝手に騒ぎ立てたからだ。
だけど、実際に彼と付き合った人は、私は知らない。
あくまでも、私が知らないだけだけど。
影で付き合っていた人がいたかもしれないけど。
だけど、中学まで、学校内で付き合ってた子がいないのは確かだ。
やっぱり、中学では私とは一緒にいたから、自然とそーゆー風に見られていたのかもしれない。
とにかく、に好意を寄せてる子はいても、決して告白をした子はいなかった。
でも、高校では。
私とは一緒に行動することが少なくなった。
なくなったといってもいい。
クラスが初めて10組、校舎も離れたせいもあるだろうけど。
今までは、一日に嫌というほど顔をつき合わせていたのに、今では数回になった。
その間にたくさん告白されていたのかもしれない。
現に、ファンクラブだってあるし。
その中に、ぐらっとくるような子がいても、おかしくない。
でもでもでもでも!!!
私は、ずっとが好きだった。
幼稚園の時も、小学校の時も、中学校の時も、もちろん今だって。
だけど。
はあの子を選んだんだ。
私ではなく。
あの子を。
あれから一週間。
たちの噂はまだ聞いていない。
私は言おうという気すら起きなかった。
に会おうという気すら起きなかった。
全ての事に関してやる気が起きなかった。
だけど、一応学生だから。
学校に行って、授業は受ける。
とは言っても、あまりにもだるいからほとんど寝た状態でノートもあまり取らない。
とにかく、今日の授業は全部終わったから後はもう帰るだけ。
さぁ、立とうとは思うのだけど、立つのが面倒くさい。
一週間前から、ほとんど学校での同じ体勢―――机に突っ伏した格好の私を見かねたのか、友人の1人が声をかけてくる。
「?生きてるか〜、お〜い」
「生きてるよぉ〜……多分」
「多分、ってなによ」
「生きてる自覚がないから……」
ふっと顔をあげて、その声の主が友達のということを確認する。
「……あんた、どうしたの?なんかあった?」
「……べ〜つにぃ〜?なぁんもないよ〜?」
気の抜けた私の返事に、が溜め息をつく。
「それが、なんもないように見えるかい!一週間でこんなに痩せちゃって……どんなダイエット方法で痩せたのさ、教えて欲しいね、全く……」
「ダイエット……っつか、も一週間水とヨーグルト以外口にしなければやせられるよ」
「ふぅん……水とヨーグルトを一週間ね……って、あんた!!それじゃ、死ぬでしょ!もしかして、一週間それしか食べてないの!?」
ぐて、と私はもう一度机に突っ伏す。
「それしか……って、私にはそれで精一杯なんですぅ〜。体が、受け付けなくなっちゃったの、それ以外。早く直んないかなぁ〜?うどんが食べたいよぉ〜」
本当は、大食いのはずなんだけどねぇ〜、と笑ってみるけど、の顔は強張ったまま。
「、そんな深刻そうな顔しないでよ……食べたいのに食べれないんだからさ〜。きっとすぐ直ると思うし」
そう言っても、は相変わらずの顔。
やがて、椅子をどこからか持ってくると、どかっと私と面談するように座った。
「……、なにか悩み事があるんなら、私に話してみな?」
ふ、と笑って瞬きをする。
「だから、悩み事なんてなんもないって。……ほら、帰ろう?」
「部活は?一週間くらいずっと行ってないでしょ?」
ピタ、と無意識のうちに私の足が止まった。
見てたんだ、私のこと。
なんとかごまかそうと、瞬きをしながら笑う。
「う〜ん……ほら、体調がこんなだからさ……行って倒れても迷惑かけると思うし」
「見学すればいいじゃない?」
「……う〜ん……」
今の質問で、はきっと気づいただろうな、私の体がこうなっている原因に。
の質問から逃げたくて教室のドアの方を眺めた。
神様は意地悪だね。
私の視界に、あの2人が入ってくるのだもの。
なんで、こういう極限状態のときにそんな意地悪するのかな?
普通だったらさ、10組も離れているんだから校舎だって違うし、会う事なんてないのに。ましてや放課後なんて。
酷いよね、意地悪だよね。
見たくなかったよ。
見たくなかった……。
ここは、どこだろう……。
目の前に白い壁が広がる。
体が動かない。
あまりにも食べなさ過ぎて、ついに死んじゃったとか?
ってことは、ここはあの世?
あんがいあの世も味気ないんだね。
ここで、天国に行くか地獄にいくか決められるのかな?
ま、どこでもいいけどね、別に。
がいないんなら、どこでもいいや。
でも、あの世だったら、もうあの子も―――も見なくてすむから、ちょっとは楽かな?
ううん、かなり楽。
会わなくていいんだ。
会わなくていい―――
―――会えないんだ。
ぶわっ、と目が熱くなった。
一週間前からお馴染みになっていたこの感じ。
泣く、という感情。
死んでも、感情があるんだね。
涙が頬を伝って落ちる。
けど、拭うための手が動かないから、本当に流れるまま。
嗚咽を出すのだって苦しい。
……苦しい?
おかしいな、あの世に苦しい事なんてあったっけ?
考えてみれば、おかしい。
死んだのに体が動かないってどーゆーことさ。
死んだのに泣けるってどーゆーことさ。
―――死んだのに、心が苦しいってどーゆーことさ?
ガチャ、と音がした。
頭が動かないので何があったのかわかんない。
「……誰?」
掠れた声だけど、聞こえたかな?
閻魔様とかだったらやばいよね、タメ口だし。
だけど、たぶん人だからこの状況を説明して欲しいなぁ。
ってか、私死んでないから、この世にいるんなら、絶対に人だよね。
だけどさ、いくら待っても答えがないんだよね。
しゃべれないのかな?
どうしようかな?
涙の理由、聞かれるかな?
思っているうちに、目の前が真っ暗になった。
……とは言っても、気を失ったとかじゃない。
ただたんに目の前が真っ暗になったんだ。
きっと、なにか―――手かな?で目を塞がれたのだろう。
ゆっくりと、もう片方の手らしきものが、頭を行き来する。
温かい。
温かい。
忘れていた涙がまた出てきた。
誰ですか?
私に優しくしてくれるのは誰ですか?
「……極端すぎるんだ、オメーは」
聞こえてきた声に、心臓が止まりかけた。
いや、もう止まっているのかもしれない。
「……ったく、ちょっと見ない間にこんなに痩せちまって……俺が目を放すと、すぐこんなになるのか、どあほう」
低い声が、心に響く。
「……しかも、原因は俺らしいじゃねぇか……俺、なんかしたか、どあほう」
「どあほうどあほう、うるさいのよ、バカエデ……」
目をふさがれたままで、やっと声が出た。
と思ったら、無口なは珍しく会話を途切れさせずに言った。
「オメーが何にも言わねーからワリィ」
「んな……!、機嫌悪いと饒舌になるんだから!」
沈黙が訪れる。
目の前が見えないから、がどんな表情をしているのかわからない。
いつもなら、このくらいの間なら全然平気なのに。
気まずい中でどうすればいいのか、わからないよ……。
「……で、なにをした?」
「は?」
「……俺は、なにをしたって聞いてんだ、どあほう」
「……べ〜つ〜にぃ〜?なんもしてないよ?」
ぱちぱちと見えない目を瞬く。
言っても、どうにもならないだろうし。
「……どあほう、お前は嘘つくときは、瞬きするクセあるんだよ」
げっ、と私は軽く息を飲んだ。
バレてたのか……親も知らないのに。
「……の所為じゃないよ。これは、ホント」
本当だもん。
……の所為じゃないもん。
「……いいからさ、もう。ほら、気にしないでよ。ね?」
目は、見えてないけど、笑えてるかな?
ちゃんと、笑えてるかな?
ねぇ、神様?
「……俺は、お前が一番だから」
不意に、ボソリと言われた一言に時が止まった。
は?
何を言ってるの、この人は。
何を言ってるの?
一週間前に、あんなにハッキリと告白を受けてたじゃない。
ちゃんと、抱きしめてたじゃない!
「気休めは、やめてよ!」
自分の叫び声に、心が痛くなる。
馬鹿みたいだけど、自分の言葉で、傷ついてる。
こんなに自分は弱かったっけ?
だけど、酷いじゃない?
明らかにわかる嘘なんてつかないで。
まだ、キッパリ断ち切られたほうがマシだよ。
「……なんで気休めだと思う」
顔は見えないけど、絶対ムスッとしてるよ。
事実、声がムスッとしてるもん。
「……なんとなく」
こっちも、ムスッとして返してやる。
と。
目の前が明るくなった。
っていうかね。
明るくなったっていうよりも、眩しすぎて目が開けていられないから、白くて何も見れないのだけれど。
なにさ、と思って、がんばって近くにいるはずのを探す。
どこだ、と頭が動かないので目だけを動かす。
しばらくすると、のあの黒い頭が見えた。
と思ったら、また目の前が暗くなった。
目に冷たい物が当てられた。
氷かな?
なんにしても目が腫れていたと思うので気持ちがいい。
優しいね。
無口だけど優しいんだ。
「……オメーは俺の言うことが信じられないのか、どあほう」
「……そりゃ、信じたいとは思うけど」
「てことは、信じてねーんじゃねぇか」
「……そりゃ、あんな場面見たら……」
「あんな場面?」
ピクリ、と氷を持っているはずのの手が揺れた。
「どんな場面だ」
「……そんな場面」
「はぐらかすな」
ピシャリと言われて黙る。
だって、どう言えばいいの?
あなたが告白されるのを見てましたって?
あなたが抱きしめているところを見てましたって?
どう言えばいいのよ?
出てきたのは言葉じゃなくて、涙だった。
まるで体中の水分が涙にまわされているよう。
「……泣くな、どあほう」
また優しくの手が頭をなでる。
こっちは、泣きたくて泣いてるんじゃない、って言いたいけど、声が出ない。
このもどかしい気持ちがそのまま相手に伝わればいいのに。
心が通じればいいのに。
私は見たんだよ、焼却炉で。
抱きしめているあなたを。
ずっと好きだったあなたが抱きしめているところを。
なんて、わかってくれるはずないよね?
「……オメー、もしかして、焼却炉のところで……?」
ボソリ、と呟かれた一言に私の心臓はまたも止まりかけた。
わかってくれた……?
わかってくれたの……?
「な……んで……」
「……オメー、先週掃除当番だったろ」
だからって、わかるものなの?
「……なんとなく」
……そうですか。
「そ、じゃあ……彼女と……頑張ってよ?可愛い子だったでしょ?」
笑えてますか?
神様、笑えてますか、私は。
「……付き合ったけど、別れた」
またも唐突の、繋がりのない言葉に私はしばし呆然とする。
「……、私の記憶に間違いがなければ、一週間前にあなたが告白されている現場を見たんですけど?一週間前に」
「だから、一週間前に付き合って今日別れた」
「はぁっ!?」
じゃあ、校舎を歩いていたのはなんだったの?
私を絶望のどん底に叩き落したあの場面はなんだったのよっ!?
「……俺は、こいつが好きだから別れてくれ、って言うつもりだった」
「ひどっ……彼女、可哀想じゃないっ!泣いてなかったの!?」
「いや、怒ってた」
「は?なんで?」
「さっさと言えって」
「……は?」
あの、しおらしく顔を真っ赤にして胸に飛び込んでいた彼女が?
「あいつ、とんでもねぇやつだぞ」
……さいですか。
「もういいや……」
気分はサイアク。
体は動かないし。
安心したらお腹も減りました。
ろくに寝てもいないので、眠いです。
けど、……嬉しい。
「……体動かない、お腹減った、眠い」
照れ隠しで、並にボソボソと言うと、は私の目に当てていた氷を取った。
明るい。眩しい。
「もう12時過ぎてるしな」
「12時っ!?」
体が動かないなんて思っていたのが嘘みたいに、私の体は跳ね上がった。
ここはどこっ!?って問題が私の頭の中に再度浮上したからだ。
「ここ、ドコッ!?」
「俺の部屋」
淡々とした答えに、冷静になる。なるほど、落ち着いてみると、本当にの部屋だった。
好きなバスケ選手のサイン色紙があって、ベッドと机がある以外は、ほとんどなにもない、こざっぱりとした部屋。
私が以前に来た時と全然変わっていない。
「……どうやって、帰ってきたの?」
「タクシー呼んだ」
「後で、料金渡すね」
「別にいい」
「あ、そ」
は私に貸しがあるし、私もに貸しがあるから特にどうということはない。たとえお金の事でも。
急に起き上がったせいか、ふらふらとする頭を押さえる。
「う……そろそろ帰るわ、じゃ……」
立ち上がりかけた私の手をが掴む。
「今日、泊まってけば」
「冗談かますな、馬鹿者」
「冗談じゃねぇ。……このまま、帰したらオメー、また1人で悩むだろうが。あいつに悪い事した、とかなんとか言って」
「……な、悩みません〜」
「瞬きしてるぞ」
うっ、と止まる。
がドアを開ける。
「せめて、メシだけでも食ってけ」
返事を聞き終わらないうちに、は部屋を出て行ってしまった。
メシって言っても、もう12時だよね?
おばさんとかにも悪いじゃない。
やっぱ、帰ったほうがいいよね。隣だからすぐだし。
うん。そうだよ。
ベッドから降りて立つと、視界がぐるぐる回った。
「……おわっ」
どすん、と尻餅をついた。近所の皆さん、夜中なのにごめんなさいっ。
タタタタタ、と音がしたかと思うと、ドアが勢いよく開いた。
少し息を乱したの姿。
ホッという声が聞こえた気がした。
「どあほう、なにやってんだ」
「い、いやぁ……」
「寝てろ、馬鹿」
ひょいっと私の手を取って、再度ベッドに寝かせる。
「……ありがと」
「さっさと食って寝て、早く元気になれ、どあほう」
「はぁ〜い」
あなたに出会えた、それだけでよかった。
だけど。
愛されたいと願ってしまった。
叶わないと思っていたのに。
私はちゃんと。
愛されていた。
大事にされていた。
隣に、ずっといられれば、いい。
そばにいられれば、いい。
愛されていれば、もっといい。
あとがきもどきのキャラ対談
流川「……暗いな」
銀月「あんたほどでもないけどね」
流川「(ドゲシッ!)……何を言う、どあほう」
銀月「痛いなぁ……元ネタは、ポルノグラフィティの『アゲハ蝶』です〜」
流川「こんなの書く前に、連載を終わらせろ」
銀月「ギクギクッ!来週までには……ごめんなさい〜!」
流川「……フゥ〜……いくぞ、」
銀月「感想いただけると、とても嬉しいです♪」
流川(立ち去り間際に)「図々しい……」
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