水曜日はいつもオフ。どんなときでも、徹底してオフ。

それは、いつの間にか決まっていたことだった。

部活はもちろん、なんとかして生徒会の仕事も無理やり終わらせ(終わらないときは持ち帰ったりして)、早々に学校を出る。

まぁ、たまにマネージャー会議とかが入ることもあるけど、それが終われば即学校を出る。
そのままストテニ場に行ったり、すぐに帰って家でのんびり過ごす、というわけなんだけど―――。

「あぁぁぁああ……!止まれ……時間よ止まれ……!」

パソコンとにらめっこをしながら唸る。

今日だけはいつもと違った。
水曜日、生徒会室で残業中。






「……よし。とりあえず、放送原稿の仮原稿は出来た。許可もらいに行ってくる」

同じくパソコンに向かっていた景吾が、稼働していたプリンターから紙を抜き取った。
心持ち早足で、扉に向かう景吾を視界の端で捉えながらも、パソコンの画面から目を離すことは出来ない。
放送担当の先生は、原稿チェックが厳しいことで有名。私も以前、球技大会の時の放送原稿を持っていったとき、3回は再提出させられた(それも全直し1回含む)

「お、OK……!頑張って、許可もぎ取ってきて……!」

「この際、文句は言わせねぇ。押し通す(キッパリ)」

「……い、今の景吾なら大丈夫だよ……」

言い知れない迫力があるもの……!
この迫力を見せられたら、いくら厳しい先生でも、何も言わずにハンコをくれるだろう。……というか、そう願いたい。許可をもぎ取って、早く帰ってきて……!

「じゃ、私は続けて映像資料の方を作ってます……!行ってらっしゃい……!」

「あぁ。すぐ戻る」

言い終わるか終わらないかのうちに、扉がパタン、と閉まる。
1人になった生徒会室で、また黙々とパソコンとにらめっこ。





事の発端は、帰宅しようとしていたときにかけられた、先生の一言だった。

「跡部くん、さん」

掃除当番だった為に、ちょっと教室を出るのが遅くなった私たち。
それでも、今日はオフだから部活があるときよりは断然早い。帰りにどこか寄ろうか、なんて話をしていたとき、生徒会顧問の1人である、ある先生が声をかけてきたのだった。

「明日のことなんだけど……どうだい?順調かい?」

言われたことに、とんと当てがなくて、思わず2人で顔を見合わせた。

「明日?なんのことでしょう?」

景吾の疑問に、同じく頷きながら先生を見たら。
先生も「え?」と疑問符を浮かべていた。

「明日のLHRで、ホールで『夏休みについて』の話があるっていうのは……」

「えぇ、聞いてますけど……」

景吾が訝しげな顔で頷いた。
確かにそれは私も聞いてる。中学3年の大事な夏休み。有意義に過ごすために、もう1度見直そう!ってヤツね……。誰も聞く気はないだろうけど(キッパリ)
でも、それが一体……?

「その資料を、生徒会が作成することになってるというのは……」

先生の言葉に、耳を疑った。
資料!?作成!?

「えぇっ!?聞いてませんよ!?先生方が説明をするんじゃ……」

思わず叫ぶと、先生が『あちゃー』という顔をした。
その顔をしたいのは、むしろこちらですよ……!

「最初はそのつもりだったんだが、校長先生が生徒会にやってもらってはどうか、とおっしゃって……先生同士での会議では決議されたんだけど、生徒会の顧問の誰からも、話がきてないかい?」

「来てません……!よね、景吾……?」

「俺も聞いてねぇな。……俺たち2人に話が来てないってことは、多分他の役員も知らないから、誰も動いてねぇだろう」

景吾の言葉に、先生が大きくため息をついた。

「誰かが伝えてあると思ったんだな、みんな……」

「えっ、ちょ……っていうか、ものすごい大変じゃないですか!(滝汗)」

景吾も先生もなんだか落ち着いてるけど、事態はすごいことなのよ!
明日行われるLHRの資料が出来てないなんて……LHR出来ないじゃん!

「……うーむ、どうかな?生徒会の話自体は、15分程度でいいんだけど……今から、出来るかい?」

先生の言葉に、今度は景吾がため息をついた。

「……何を作ればいいんですか?」

「簡単な映像資料。OHPとかだな……それに、口頭の説明で十分だと思うよ。あ、出来れば、プリントを配布してほしいけど……」

「……わかりました。生徒会役員でやれば、なんとかなるでしょう」

「すまんね。頼んだよ。放送原稿以外のものは、全て私の名前で許可を出しておくから」

「お願いします。……、仕方ねぇ。今日は生徒会室でデートだ」

「了解……私、放送委員に頼んで、役員呼んでもらうね……」

「あぁ。俺は先に行って、資料室で去年の資料がないか、探しておく」

二手に別れ、私は放送室まで行ったんだけど……。

私たちが水曜日はオフってことは、生徒会の子もそうなのよね。
んで、生徒会なんてものは結構厄介なものだから、部活に入ってる子も少ないのよね。っていうか、ぶっちゃけ私と景吾しか部活と生徒会を兼任してる人はいないのよね。
さらに、いつまでも用のない学校にいるなんてのは、よっぽど暇な子じゃないと……ね。テストも終わったばかりだから、図書館で勉強っていうのもあまりないし……。
つまり、ね。

………………役員の誰も、学校に残ってなかったのよ……!(ピシャーン)

『生徒会役員は、至急生徒会室まで来てください』って放送を、2度もかけてもらったんだけど、生徒会室には誰も来ない。

2人で、やるというのか…………明日までの資料を!
隣同士の机で、仲良く揃ってウィーン、と起動したパソコンを目にしながら、ちょっと泣きそうだった。

「景吾さん……できるのでしょうか……」

「…………やるしかねぇ。……、お前は映像資料作れ。俺は放送原稿作る」

「わかった……もうこの際、凝ったヤツとかじゃなくていいよね……!?」

「全然かまわねぇ。……ったく……折角のオフが台無しだ……!」

毒づきながら、景吾がものすごいスピードでキーボードを叩いていく。
私も画像ソフトを起動して、簡単な画像の作成を始めた。
禁止マークに文章を付け加えたりとかして、わかりやすく注意事項を書けば、なんとか形にはなるだろう。後は、口頭で補ってもらえばいい……!

こうして、私たちの、いつもとは違う水曜日の放課後が始まったのだった。






景吾は数分後に戻ってきた。どうやら本当に押し通したらしい。
許可を貰った原稿を、私の分もプリントしてくれた。

「読む部分とか細かいところは、家帰ってからでいいだろ。後は配布用のプリントか……」

「あ、それは去年のプリント、丸写しでいいでしょ……資料室から見つけてきたヤツ」

「……だな。じゃあ、俺はそれに取りかかる。……映像資料は?」

「後、2枚くらい、かな……!」

不審人物と、薬物に関する注意事項で終わるはず。
最近物騒だからね……!注意事項に加えなければならないほど。

「……なんとか、乗り切れそうだな」

「うん、なんとかなりそうだね……」

「……ったく、あの先生が偶然俺たちと会わなかったら、どうなってたんだか……」

本当だよ……あそこで会わなかったら、当日になって大混乱だ。
まったく……運が良かったんだかなんなんだか。

「あー!もう6時半だし!……うぅぅ、折角今日は早く帰れると思ってたのにー……」

家帰ってちょっとはのんびり出来ると思ったのにー……。
いつも部活があると、疲れちゃってのんびりどころじゃないから、さ……なのになのに!
返して!私の素敵なまったりタイムを返して―――!(泣)

…………まぁ、しょうがないんだけど、さ……(遠い目)

荒んだ心でパソコンに向かっていたら、景吾がぽん、と頭に手を乗せた。

「後少しだ。終わったら、飯食って帰ろうぜ。せめて、飯くらいはオフの気分を味わいてぇしな」

景吾の言葉と手に、荒んだ心が鎮火していった。

「…………うん、頑張る」

「よし」

―――2人で、カタカタとパソコンに向かうこと15分。
なんとか全ての資料を製作し終えたのだった。

映像資料は、そのままパソコンをプロジェクターに繋げて使えばいい。
配布用のプリントは、職員室の生徒会顧問の机の上に『全校生徒分、印刷お願いします』と書置きをして去ることにした。明日の授業中にでも、暇な先生が印刷してくれることだろう。っていうか、印刷なんてやってたら、本気で夜になってしまうよ……!やってられない、そんなもの!

全部の始末をつけて、ようやく荷物をまとめた。

「もう誰にも何も言わせねぇ。……帰るぞ」

配布用プリントや映像資料についての文句は、受け付けない。
というか、文句つけてきたら『じゃあ作ってください!』って言おう、そう思った。
ついでに、今日はもう先生が何か話しかけてきても、無視しよう……!

「……お疲れさまでした」

「お前も、な。…………飯は何がいい?」

「んーとね……中華がいい……エビチリ食べたい」

「わかった。じゃ、行くか」

いつもより遅い時間。
本当ならすでに家に帰っていて、テレビなんか見てたかもしれない。

疲れたけど……まぁ、無事に終わってよかった。

オフはなくなったし、疲れもしたけど。
…………あのギリギリ感はちょっと面白かった。

たまにはこんな日もあってもいいか。

いつもと違う、水曜日の出来事。