言われたとおり、着替えを2分以内で終了させグラウンドへ戻った私たちを待っていたのは。 「あ、いたいたー!!跡部!弁当食おーぜ!!」 おなじみ、テニス部のメンバーたち。 この時ばかりは、組も何も関係ない。 景吾は顔をしかめたけれど、やれやれ、と言った感じで肩をすくめて笑った。 私たちはそのまま景吾が君臨されているテント横の特設スペース(と信じて疑わない)に向かい、お弁当交換会を兼ねてみんなでお昼ご飯を食べた。 そして。 残るは午後の競技。 Act.32 最後の種目は、もちろんメイン 「侑士!がんばれ〜、後1周!」 午後は団体競技と長距離走。 亮は1000m、侑士は1500mとそれぞれ出場していた。先に女子の1000mを終えていた私は、だるい足を揉みほぐしながら応援。 「任せとき……!なんぼでも頑張ったるで……!」 侑士が何かを呟いて、ラストスパートをかけた。 おぉぉ、速い速い! 予想通り、応援団で得点を稼げた私たちは、昼休み後の中間発表ではトップに立っていた。 でも…… 黒:530 赤:550 白:560 トップに立ったとは言っても、ドングリの背比べ。 1つの競技でひっくり返されることもあり得る得点差だった。 パァンッ!と終了のピストルが鳴ったことに気づいて、私はゴール付近へ目を走らせた。 侑士が体に巻きついたゴールテープをはがしている。どうやら、無事1位になったみたいだ。 ……テニス部の方々は、本当になんでもお出来になること。 この時点で、大分午後の競技も消化してきた。 残すところは、女子1500mに綱引き、大玉ころがしにラストのスウェーデンリレーだ。スウェーデンリレーってのは、ただのリレーじゃなくて、走者が変わるにつれて、走る距離が徐々に長くなっていくという競技だ。第一走者の女子と第二走者の男子が100m、第三走者の女子と第四走者の男子が200m、第五走者の女子と第六走者の男子(アンカー)が300mを走り切るというリレー。 これが運動会最後の競技かつ最大の目玉。それゆえに得点も高く、順位次第ではもちろん一発逆転も起こり得る。この接戦なら、きっと最後まで得点の行方はわからないだろうから……勝負の行方はスウェーデンリレーに持ち越される可能性が高い。本当のトリはフォークダンスだけど、それは得点に関係ないし。 「あぁぁ……ッ…やっぱ、やめとけばよかったかな……!」 亮に「お前しかいねーんだよ!頼む!」と拝み倒されて引き受けたスウェーデンリレー。こんなプレッシャーのかかる競技だなんて、思いもしなかった。 最後の最後だから、もちろん各組、最強のメンバーで臨んでくる。黒は確実にがっくんが来るだろう。若も出るかもしれない。ジローちゃんは……そろそろ、充電が切れて居眠りタイムかも。 赤はチョタ……それに、当初はリレーに出ないと予想していた景吾だけど、今日の出場具合からすると、最後は出てくるだろう。……きっと、一番の難敵だ。 対するうちの組は、私に侑士、亮というテニス部フルメンバー。運動部が少ないので、やっぱりここでも私たちは出場することになった。あ、足、持つかな……(汗) 「スウェーデンリレーに出場する生徒は、テント付近に集合してください」 アナウンスがかかった。 ゴール付近にいた亮と侑士に声をかけて合流し、3人一緒にテント付近へ集合する。 人ごみの中で、がっくんとチョタを見つけた。……やはり、出場するようだ。 他の出場選手は……とあたりを見回すと、若を発見。若もこちらに気づいたらしく、軽く頭を下げて笑ってくれた。 そして。 黄色い声とともに近づいてくる人物。 「あー……やっぱな」 隣にいた亮が呟いた。 「よぉ……やっぱり、全員出場か」 「まぁな。……跡部こそ、やっぱ出んのかよ」 「あぁ。……最後は、俺様が締めねェとな」 景吾の登場に、会場にいる生徒(というか女子生徒)が湧く。 景吾がこちらに目線を移して、ふっ…と笑った。 「手加減は、なしだぜ?」 「もちろん。むしろ、したら承知しないから」 柔らかな笑み―――余裕の笑みだろうか。それを浮かべたまま景吾は歩き出す。 すれ違い際に、ぽん、と頭に手が乗った。 ……敵同士だけれど、それはすごく温かい感触。 「……よっし!……亮!侑士!勝とうね!」 「おうよ!」 「がんばろな、ちゃん」 コツン、と3人で拳をぶつけ合う。 順番は私が第3走者、亮が第4走者、侑士がアンカーになった。 本当は第5走者を勧められたんだけど、先ほどの長距離走の影響が思ったよりもひどくて、300mを全力疾走できる自信がなかった。だから第3走者に回してもらった。 他のチームの様子を見ていると……黒の第2走者は若みたいだ。となると、男子の2番手はがっくんかな。赤はチョタが第二走者で、景吾はもちろんアンカーだ。 最初はチョタvs若の2年生対決。次は亮vsがっくんの対決で、トリは、景吾vs侑士。どの順番でも男子はテニス部同士が激突する姿が見られるみたいだ。 ギャラリーは、最後の勝負をいまかいまかと待っていた。 全ての競技を終えて、見るべき競技がこれ1つに絞られたこと。勝負の行方はおそらくこの競技によって決まること。そして、出場選手が注目すべきメンバーであること。いろんな要因がある。 緊張感が漂いながらも熱気も溢れている……不思議な空間と化していた。 「最終種目、スウェーデンリレーを開始します。第1走者は各コースに入ってください」 第1走者の女の子がコースに入った。 「位置について……よーい」 パンッ!というピストル音に合わせて、一斉にスタート。 100mはわりとあっという間なので、すぐに第2走者にバトンがわたる。最初にバトンを受け取ったのは黒の若だった。 「いっけー!日吉!」 がっくんの声が聞こえた。 若は声が聞こえていないのか、それとも聞こえているけど無視しているのか、どちらかわからないけれど……とにかく反応せずに、黙々と走る。 私はそれを見ながら、バトンゾーンへと入った。 第二走者になった時点での2位はうちの組だったんけど、3位のチョタにコーナーのところで抜かされた。 これ以上離されたら、1位を追いかけるどころじゃない。 2番手の子がなんとかくらいついて、チョタより1m遅れぐらいで私にバトンが渡った。 最初のコーナーにかかる前に、赤の子を捉える。 外側から入り込み、一歩前に出るとそのままインコースを奪い取った。 「ちゃん!気張りや!」 「……なかなかやるじゃねぇか」 「、負けんじゃねぇぞ、コラ!」 いろんな人の声が聞こえる。 レギュラー陣に混じって、テニス部平部員の子たちからもちらほら声が聞こえていた。 さすがに200mを無酸素運動で走るのは、特別な訓練を受けていない私では難しく、途中で呼吸をしてしまった。 呼吸を始めたら今度はやたら自分の呼吸が大きく聞こえる。耳の中に水が入ったみたいだ。 最後のコーナーで、黒の子の背中を捉えたけれど、なかなか距離が縮まらない。加速しようとしたけれどもうそんな気力はなかった。 「、あとちょい!」 バトンゾーンで叫んでいる亮が見える。待ち構えていた亮にバトンを押し付けるように渡すと、私はそのままなだれ込むようにトラック内部へと尻もちをついた。 「ちゃん、よぉ頑張った!」 控えている侑士が声をかけてきてくれた。 ぜはー、ぜはー、とかっこ悪い呼吸をしながら、私は答える。 「ご、め……もう1人追いつけ、なかった……」 「1人抜いて、トップと距離詰めただけで十分やで。後は引き受けたから、ちょお休んどき」 「うん……」 数回深呼吸をして、なんとか息を整える。 少し落ち着いた私は、改めてリレーの行く末を見届けようとした。 ちょうど、侑士と同じく控えにいた景吾と目が合った。 景吾は侑士みたいに何か言うわけではなかったけれど、いつもの笑みを浮かべてくれた。 そこでワァァ!と歓声が上がった。 亮とがっくんがデッドヒートを繰り広げていた。 抜きつ抜かれつの勝負。……2人とも、相当むきになっているらしく、めちゃくちゃ歯をくいしばって走っている。 ほぼ同時にバトンゾーンへ入った白と黒は、女子の最終走者へとバトンを繋げた。少し遅れて赤もバトンが繋がる。 いよいよ、ラストスパートだ。 「おー、結構頑張ってくれてるやん」 隣にいる忍足が、今の状況を見て聞えよがしに言ってきた。 最初は出遅れた白が、の頑張りで2位に浮上した。それは認めてやろう。その後、宍戸と岳人がトップ争いをして、俺らの赤が一歩出遅れた形になった。 「……フン。ちょうどいいハンデだぜ」 「……言ってくれるやん、跡部」 忍足の眼鏡が、無意味に光る。 「言うとくけど、結構この差はデカイで?」 「ほざけ、バーカ。これくらいの差、どうってことねぇよ。どちらにせよ……テメェには負けてやらねぇから、覚悟しな」 「それはこっちのセリフや」 無言でしばし睨みあう。 静かな対決は、委員の「アンカー、準備してください」の声で打ち切られた。 アンカーの証拠であるタスキをかけ、バトンゾーンへ入る。 「……負けへんで」 小さくつぶやいた忍足が、先にバトンを受け取り、スタートした。 遅れて俺もバトンを受け取って走りだす。 まず、黒の走者を捉えた。 すでに、バトンゾーンの時点で忍足に置き去りにされていた黒のアンカーは、ほどなく俺も追い付く。そいつは、なんなく抜かした。 ……後はアイツだけ。 この俺様が誰かの背中を見て走るなんて、あってたまるか。 グンッ、と足に力を込め、地面を蹴る。 2つめのコーナーに差し掛かったところで、忍足の走力がガクンと落ちたのが見えた。 ……ほら見ろ。 俺はその機会を逃さず、一気に距離を詰めていく。 コーナーを曲がり切ったころには、忍足との距離はおよそ2メートルになっていた。 ちらり、と忍足が後ろを振り返った。 そして、俺があまりにも近くにいたので、驚いたように前を向く。 だが……もう遅い。 直線コースで忍足との距離を0にすると、最後のコーナーで隣に並んだ。 隣を走っていても、忍足の呼吸が聞こえる。 もちろん俺も自分の呼吸が乱れているのはわかっていたが、後はこのコーナーを駆け抜ければ勝負は終わりだ。 全身全霊の力をこめて、地面を蹴った。 グンッ、という加速で忍足より半歩分前に出る。 コーナーが終わり、残り20mほどのところで、さらにラストスパートをかけた。 完全に、視界から忍足が消えた。 そのまま、俺は真っ白なゴールテープを切った。 「ワァァァァァァア!!!」 大きな歓声があたりを包む。それぞれがハイタッチをしたり、肩をたたき合ったりしているみたいだが、さすがの俺も300m全力疾走の余韻で、息を乱していた。 すぐに忍足がゴールして、俺に体当たりを仕掛けてきた。 それをヒラリとかわすと、勢いのまま忍足はドサッと地面に座り込んだ。 「…ど、どーゆー、ことやねん、自分……!絶対、勝った、思たのに……」 「バーカ。……テメェ、オーバーワークなんだよ。午前から午後までいろんな種目出て……このリレーの直前に1500mも走ったら、そりゃ足に来るのは当たり前だ」 「自分かて、色々出てたやろ……!」 「このリレーを見越して、長距離は1000mにしか出ていない。テメーの敗因は、配分ミスだ」 「……!」 「だから、いつも言ってるだろうが、忍足」 俺は、座り込んだままの忍足を見ながら歩き始めた。 大勢の人間の中に埋もれている、たった一人の人間の腕を掴む。 「ひゃっ!?」 人垣の中から俺が連れ出した人間は、もちろん。 忍足の目が、少し見開かれた。 「……テメェは最後の詰めが甘ぇんだよ」 言いながら、の肩に腕を回した。 そしてそのまま、連れ去る。 ―――最後のフォークダンスを一緒に踊ることができるように。 『総合優勝は、赤組!―――』 こうして長いようで短かった運動会は、終わりを告げた。 NEXT |