「チッ……」

「こらこら亜久津ー、物に当たるなんて、カッコ悪いぞ〜?」

俺は、亜久津が今まさにラケットを地面に叩きつけようとしてるのを見て、亜久津にそう牽制した。

「あぁ?なんだテメェ、俺に指図すんな」

亜久津が迫ってこようとしたところで、俺は亜久津の後ろにいる人を見つけて、ブンブンと手を振る。

「おーい、ちゃーん!」

「はいはーい?」

こちらに気づいたちゃんが、たたたっと軽やかな足取りで近寄ってきてくれる。
あぁ……可愛いなぁ……ホント、こんな子が近くにいたら、いくらでも頑張れちゃうよねー。
しかもマネージャーの能力も申し分ないときた。
俺、この合宿に来れて、ラッキー♪

「どしたの?」

ちゃんが来たことで、俺に突っかかろうとしていた亜久津は気をそがれたみたいだ。再度舌打ちをしたものの、俺から目線を逸らして、ラケットを一振りするだけで叩きつけずに収めた。

「いや〜、ちゃん聞いてよ〜。亜久津がさ〜、練習の始めはなかなか調子あがらなくてイラついてんだよ〜」

「千石、テメェ……!」

「わぁぁ、落ち着いて、亜久津くん……!」

俺の胸ぐらを掴み上げた亜久津。その俺らの間に、ちゃんが滑りこんできた。
……うーん、普通の女の子だったら、ビビってケンカの仲裁なんて入れないよね……ちゃん、すごいなぁ〜……。

「(怖っ)……え、えーっと……差し出がましいかもしれないけど、亜久津くん、練習前のストレッチを少し増やしたらどう……かな?」

「あぁ?テメェ、誰に指図してんだ?」

「や、指図とかじゃなくて……えーと、えーっと……せっかくいい体格に筋力持ってるんだけどさ、やっぱ練習の最初はその力が眠ってるわけで!ストレッチして筋肉の準備を整えてあげると、身体があったまるのも早いし、怪我の防止にも繋がるし!なんだったら手伝うから!」

早口でまくしたてたちゃんの言葉に、亜久津の表情が少しだけ変わった(と思う。アイツの表情、わかりづらいんだよね〜)
でも俺は俺で、ちゃんの最後の一言で表情を変えた。

「えー、亜久津いいなー!ねぇ、ちゃん、俺も俺も!俺のストレッチも手伝って〜!」

「ん?別にいいけど……キヨはストレッチ、きっちりちゃんと自分でやってるじゃん?自分の体のケア大事にしてる感じがするから、私が手伝えることなんてほとんどないと思うよ〜?」

「え〜……クソ〜、Jr選抜の時に、みっちり教えられたのが仇になったか……!」

「あ、でも」

「ん?」

「昨日、こっそり足つってたでしょ。今日は大丈夫?なんか違和感ない?」

ちゃんの言葉に、ほんの少し、目を見開く。
……あの時は、近くにいなかったと思ってたんだけど───。

「……見てたんだ。アンラッキー……俺、カッコ悪〜」

「そんなことないよ、それだけ頑張ってた証拠だって!練習後半になったら、水分補給、こまめにね。後半は試合形式が多いから、楽しくてつい休憩取らないこともあると思うけど」

笑顔でそうアドバイスをしてくれるちゃん。……なるほど。確かに、昨日はゲーム形式の練習途中、調子がいいからって楽しくなって水分補給を怠ってしまった。そうしたら、最後の最後、足がつっちゃったんだよね〜……。

「……うん、ありがとう!」

こうして激励してくれるマネージャーさん。頑張りを見てくれる人がいる、って、いいなぁ……。

俺が感激していると、チッという舌打ちが近くで聞こえた。
ちらりと音の発信源を見たら、苦虫を噛み潰したような顔で、亜久津がボリボリと頭をかいていた。

「………………おい。そのストレッチとやらを教えやがれ、

「あー!初めて亜久津がちゃんの名前呼んでるとこ聞いた!」

「う、うるせぇ!」

今度こそ俺は亜久津に殴られた。



でも、ちゃんの手前か、あんまり痛くなくてよかった。