、今日は部活がないから、ストリートテニス場に行くぞ。暇つぶしにはなんだろ」

HRが終わってすぐに、俺はにそう告げた。
は、嬉しそうに一瞬顔を輝かせた後―――はっ、と目を見開いて、うなだれた。

「?どうした?」

「…………今日、マネージャー会議だった…………」

マネージャー会議。
月に1度、各運動部マネージャーが集まって、練習場所や、使用時間などを決め、連絡を取り合う会議だ。
マネージャーは、それに出ることが義務付けられている。

「……仕方ねぇな。じゃあ、俺も待って―――」

「ううん、行ってきて。もうすぐ都大会だし。景吾も出場メンバーに入ってるしね。……う〜、今度は絶対行くから!」

意気込むの頭を、苦笑しながらぽん、と撫でる。

「じゃ、マネージャー会議終わったらメールしろ。迎えに来るから」

うん、と頷いたが可愛くて、思わず抱きしめたくなったが、まだクラスメイトは残っている。そんな中で抱きしめたら―――はきっと真っ赤になって照れる。照れるは可愛いが、それをわざわざ他の奴らに見せる必要はない。

俺は、扉の外で待っていた樺地を引き連れて、ストリートテニス場へ向かった。





テニス場に入ると、すでに試合が始まっていた。
このテニス場には、時々いいプレイヤーがいるんだが……今日は、はずれだったようだな。

「……ちっ……つまんねぇな。おい、樺地。暇だから、お前1人でここにいる弱者どもを潰して来い」

「ウス」

樺地がのそのそと1人でコートに向かって行く。

「ちょっ、なんなのよ、あんたたちっ!」

コートの外にいた女が、高い声を上げた。

「あーん?なんだ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんが来るには、まだちょっと早いんじゃねぇのか?ここは」

「はぁ!?甘くみないでよ、私は不動峰中2年の……!」

「樺地、弱者ばかりだが、が来るまでの暇つぶしにはなんだろ」

「ウス」

「じゃ、弱者って何よ!」

「弱者は弱者だろ?コイツら、よりも弱いぜ、きっと。なぁ、樺地?」

「ウス。……さんは、強い、です……」

4月に入ってから、はみるみる上達していった。
面白がって、レギュラーの奴らがなんでも教えるから、技の幅も広がった。女テニのヤツと試合をさせても、おそらく負けることはないだろう。
だが、を女テニにやろうとは思わない。もう少し時間はかかるだろうが―――高校ででも、ミックスダブルスで出場できればいい。

「―――それほどまでに言うんなら、ここにいる全員倒してみなさいよッ」

「倒して、何になるって言うんだ?…………ま、暇つぶしにはちょうどいいかもしれねぇな。樺地、やれ」

「ウス」

「オイオイ、ここはダブルス専用だぜ?」

樺地だけがコートに入ろうとしたら、髪を後ろで縛っている男が声をかけてきた。
……ちっ、面倒くせぇ。

「……仕方ねぇな、俺様はコートにいるだけだ。樺地、お前1人で全部やれ」

「ウス」

どかっ、とコートに座り込み、携帯を手にする。
…………からのメールはまだ入ってねェな。

ったく、これだったら、を待っていればよかった。






あっという間に、樺地が全員を倒した。当たり前だ、パワーと敏捷性を兼ね備えた樺地が、そこらの奴らに負けるわけがねぇ。

「さて、と……終わったな。から連絡は来てねぇが、もうそろそろ迎えに行ってもいいだろ。ここから氷帝まで距離もあるしな」

「ウス」

「氷帝で……って……もしかして、男テニマネの先輩のコトッスか?」

コート入り口から聞こえてきた声に、振り返る。
入り口に立っている、学ランの男……どこの学校だ?見覚えがある気もするが―――。

「神尾君!……に、モモシロ君!」

「杏ちゃん!……なにやってんの?」

「こいつらが、いきなりやってきて……!」

「いきなりとは心外だな。俺たち、たまにここに来てたよなァ、樺地」

「ウス」

たまたま出会わなかっただけで、の試合相手を探しに、時々ここに訪れていた。もっとも、俺たちはプレイしないことの方が多かったが。

それよりも気になるのは―――。

「おい、お前。なぜのことを知っている?」

「おっと、それを答えるのは……」

そいつは、ニヤリ、と食えない笑みを浮かべた。

「……ちっ……仕方ねぇな。面倒くせぇから、1球勝負だ。樺地」

「ウス」

その辺の男にラケットを借りて、そいつがコートに入る。
俺たちもコートに入ったところで―――ブブブ、と携帯が振動した。

「……樺地、お前1人でやってろ」

「ウス」

携帯を開いて、コートに座りながら樺地に指示を出す。
思ったとおり、振動の原因はからのメール。こんな試合に参加するより、に返信を打つほうが先だ。

「ふざけやがって!」

中々速いサーブを、視界の端に映しながら、俺はのメールに目を走らせる。

From:
Subject:終わったよ。

本文
会議、今終わりました。
こっちから向かおうか?電車ですぐだし。景吾が試合してるとこ、見たいしね〜(^ ^)



……早く返信打たねぇと、なら電車でやってきてしまうだろう。
こんな試合は、別に見る価値もない。

To:
Subject:Re:終わったよ。

本文
迎えに行くから、学校で待ってろ
試合なんて、いつでも見せてやるから



送信ボタンを押して、パチン、と携帯を閉じる。
ふっと前を見たら、顔の脇スレスレを通って行く、ダンクスマッシュ。

「よそ見してると、当たっちまうぜ?」

コイツ……一丁前にこの俺を挑発してやがる。

「……行け樺地。さっさと終わらせて、迎えに行くぞ」

「ウス」

ドッと強い音が鳴って、打球が前衛の男に直撃をする。体の真正面に来るボールは、取ろうと思ってもそう簡単に取れるものではない。
これで終わりだ―――と思ったら。

ふわっ、とボールが浮いて、コートに入ってきた。
樺地がそれに反応して取ろうとする。

「……やめろ、もういい樺地」

終わりを告げると、樺地がピタリと動きを止める。
ジャージについた埃を払いながら、ゆっくり立ち上がった。

「今日は負けておいてやるよ。を迎えに行かなきゃいけねぇしな。……貴様、名前は?」

「青学2年、桃城武、ヨロシク!そういうアンタは?」

「氷帝学園3年、跡部景吾。……青学か、どーりで、会ったことがあるわけだぜ」

が青学に偵察に行った時に、ちらりと見た顔だ。
最初に名前を聞いておけば、こんなくだらない勝負をする必要もなかったな……。

「あんたが跡部さんか。……先輩、うちの学校にくれませんかね?」

「ふざけたこと言うんじゃねぇよ。…………樺地、行くぞ」

「ウス」

……これからは、ストリートテニス場に来るときも、気をつけねぇとな。青学の奴らと会ったら、面倒だ。