どんなに努力しても、背や体格などは変えられない。 どんなに努力しても、テニスをやってきた年数を誤魔化すことは出来ない。 だが。 努力をすれば、自分の持つものを少しでも向上することが出来る。 それが、パワーと瞬発力―――そして、体力だ。 今日は、生憎の雨だった。 朝は晴れていたのに、午後になっての霧雨。テニス部のヤツらは全員『ついてねぇ〜』と呟いていた。 当然部活は中止、だが俺は、部室のトレーニングルームへと足を運んだ。 軽いストレッチをして、ランニングマシーンへ。 走力というのは、1日休んだら、取り戻すのに3日掛かるという。 つまり―――成長し続けるには、休みなど許されない。 足に500グラムのパワーアンクルをつけて、ペースを上げる。 15分ほど経ったときだろうか。 部室の扉が開く音が、微かに聞こえた。 …………誰だ? 部活が中止だということは、もちろんレギュラーにも伝わっているはず。 今日は俺が鍵当番だから、誰も部室に用があるヤツはいないはずだ。 一旦マシーンを離れ、トレーニングルームの扉を開ける。 「……あ?……なんだ、か」 扉を開ければそこには、俺らテニス部のマネージャー―――がいた。 がこちらを向き、いつもより少しだけ大きく、目を見開いた。 「あれ、亮。……自主練?」 「おぉ。ちょうど鍵当番だったしな。お前は?」 「ノート忘れちゃって」 ノート……あぁ、がいつも部活のことを書いているノートか。なるほど、の手にはそれらしきノートがある。 1度、中身を見たことがあるが、練習メニューや部員の細かい状態まで毎日記入してあった。 それをカバンにしまいながら、が呆れたような視線を向けてきた。 「…………しかし、ホントに亮も自主練好きだね……」 「ま、俺はこうしてトレーニングしてねぇと、すぐに他の奴らと離されちまうからな。瞬発力とかダッシュ力っつーのは、維持すんのが大事なんだ」 「……その維持が大変だから、みんな誰も亮の早さについてこれないんだよ……ホント、頑張るね……でも、頑張りすぎて、逆に筋肉痛めないでよ?」 頑張りすぎてんのはお前じゃねぇか、と心の中で思いつつ、一応頷いておく。 ……実は、頑張っているコイツを見るのは、嫌いじゃない。 「おう。じゃあな、気ィつけて帰れよ……っつっても、心配ねぇな」 「あはは、車だからね。……あ、そうだ」 ゴソゴソ、とがカバンを探り始めた。 なんだ?と思ったら、ひょい、と目の前に小さな物体が差し出された。 「これ、いらない?」 「?……これ、新発売のミントガムじゃねーか」 差し出したのは、最近発売されたばかりのミントガム。 1つだけ食べたのか、中途半端に包みが開けられている。 「どうしたんだ、これ?」 「買ってみたはいいんだけど……辛すぎて、食べられなかった」 ガムを差し出してくるは、苦笑している。 新しいガムというわけで買ってみたはいいが、辛すぎて食えない……なんとも、コイツらしいぜ。 あまりの『らしさ』に、思わず笑いがこみ上げてきた。 「ぷっ……お前なぁ……」 「だって、亮がくれるガムはおいしいから、そんなに辛いと思ってなくてさ……」 「あれは結構甘い方なんだよ。……だけど、いいのか?跡部とか食うんじゃねーの?」 「ミントガムっていったら亮じゃん!食べかけですが、よろしければどうぞお納めください」 深々と頭を下げて、ガムを両手で差し出してくる。 掌に乗ったそれを―――ひょい、と受け取った。 「……おぅ、そんなら遠慮なく貰っとくぜ。サンキュな」 「いえいえ……じゃ、そろそろ行きますね。お邪魔しました〜」 「おー、じゃあまたなー」 軽く手を振ってが部室から出て行く。 シン、とした部室に、のいた気配だけが微かに残っていた。 掌に残る、小さな物体。 包みを1つ開けて緑色の固形物を出し、口の中に放り込んだ。 「…………うし、やるか」 口の中のガムは、アイツが言っていたほど辛くもなく。 後味の爽やかな甘さが心地よかった。 |