……コンコン。 控えめに叩かれた、ドア。 こんなノックの仕方をするのは、1人しかいないし―――それ以前に。 俺様の部屋をこうして訪ねてくる人間なんて、1人しか知らない。 「…………どうした、?」 寝耳に水、とはまさにこのこと。 俺たち氷帝の、全国大会進出。それは、万に一つとして可能性のないことだった。 ―――正直言って、この出場の仕方にはあまり納得いっていない。 試合に負けたのに、推薦枠での出場なんて……俺様にとっては、屈辱以外の何物でもない。 ……それでも。 それでも、与えられたこの機会。 これがいかに屈辱的だろうと。いかに恥だろうと。 そんなもの、関東でコートに残した悔恨以上のものであるはずがない。 ―――勝たなければならない。 『所詮推薦枠』、その言葉以上の屈辱はないからだ。 1つでも上に行って、俺たちが選ばれた理由を、俺たちが全国で通用するだけの実力があるということを、他のヤツらに見せ付けなければ。 ふと、顔を上げる。 窓ガラスから覗く夜空には、天の川がその名のとおりミルク色の痕跡を残していた。 それを見ながら、自室で1人、紅茶を飲んでいると。 ……コンコン。 控えめなノックの音が聞こえた。 ぼんやりと夜空を見たまま、焦点の合っていなかった視界が、その音で鮮やかさを取り戻す。 だがその前に、俺は反射的に立ち上がっていた。 夕食が終わった後の時間、俺の部屋を訪ねてくるなんて、あいつ以外に知らない。 ドアにつくまでに、ちらり、と時計を見れば、中心より1つだけ前に短針があった。 11:00―――。 が風呂に入るから、といって部屋を出るのと同時に、俺もの部屋を出た。それがちょうど9:30ごろだった。 ……ずいぶんと長いこと、俺は物思いにふけっていたようだ。 カチャ、とドアを開けてやると、俺とそう変わらないような身長を、小さく縮こまらせるようにして立っているがそこにいた。 「…………どうした、?」 「あ……ごめん、もう寝てた、かとも思ったんだけど……」 「……バーカ。んなはずねぇだろ」 ここ最近は、ずっとと一緒に寝ているのだから。を置いて、1人で寝るはずもない。 ……そういえばお互い、1人で寝るなんて、何週間していない?まぁ、数えるのも面倒だが。 「入れよ」 「……ありがと」 キィ、と大きくドアを開ければ、が一瞬俺を見上げ、そろそろと入ってきた。 「……別に、取って食うわけじゃねぇんだから、そんなにビクビクすんな」 ピク、とが足を止めたので、すぐにドアを閉めて、そのまま腕に閉じ込めた。 風呂上りの、シャンプーのいい香りがする髪の毛にキスをする。 「…っ……景吾さん、言ってることとやってることが違う!」 「あーん?まだ食ってねぇだろーが。それとも、今から食って欲しいか?」 「うーわー!違う!違うー!!!」 「夜に部屋を訪ねてくるなんて、それくらいしか理由ねぇだろうが」 「そんなことないってば!(滝汗)私は!ちょっ、ちょっと景吾と話したかったの!それからパソコン貸して欲しかったんだってばー!」 「…………パソコン?」 がパッ、と離れて少し下がり、距離を取る。 顔が真っ赤なのは、暑さの所為だけじゃないだろう。 「全国に出る学校、調べられるだけ調べとこう、って思って!関東は出るとこわかってるけど、他の地区のは知らないから……どこと当たるかわからないけど、調べられるだけ、調べときたいんだ……!ネットでさ、全国出場校とか、調べられるじゃん?最低でも、出場校名と、調べられたらその学校の特徴とか、さ……あの……だから、パソコン、貸して?」 ―――この瞬間俺は、はたから見たら間抜けとも思えるくらい驚愕の表情で、おずおずと話すを凝視してたのではないだろうか。 …………ったく、コイツは……! 俺は、自身の髪に手をやった。 の口から出た言葉で驚くのは、何度目だろう。 いつだって、俺たちのことを考えて、俺たちのためになることを探してる。 当たり前のように、その場で出来る最大限のサポートをする。 全国までは残り1週間。今から調べられる情報というのは、そう多くない。実際に偵察を出してる余裕も、あまりないだろう。 だからこそ、1日1日が大切になる。時間の使い方が、大事になる。 「……なら、一緒に見ようぜ。俺も、大体の学校のことは、頭の中に入れておく」 が、嬉しそうに『うん』と頷いた。 椅子を引き寄せ、パソコンデスクに2人で並ぶ。 がカタカタと調べている横で、俺も覗き込むように画面を見つめた。 いざネットで調べてみると、思いのほか、情報は多かった。 まずは全国出場校の学校名をプリントアウト。 それから、ネット上で集められる限りの、各校の情報をまとめた。さすがに、全国区ともなれば、多少なりとも情報が載っているところが多い。 「……ふぅ……結構あるね……」 「まぁ、まがりなりとも全国出場校だからな。去年当たった学校もあるし、Jr選抜で一緒だったヤツのデータなんかを加えてまとめれば、結構なもんになんだろ」 「……だね。でも、やっぱり載ってない学校なんてのもあるねー。北海道の椿川学園に愛知の六里ヶ丘中……」 「ここら辺の学校は、偵察校として知られてるからな。自分の学校の情報もキッチリ管理してんだろ」 「そっかー……うーん……でも、そしたら絶対ウチの偵察にも来るよね……ちょっと絡んでみようかな。あぁぁ、乾くんか柳くんのデータが欲しい……!あ、偵察がてら、青学行って来ようかな……!」 「却下(スパッ)」 「…………コンマ何秒で切り返してきたね、景吾さん……」 「当たり前だ。許すわけねぇだろうが。…………ま、どこと当たろうが、勝てばいいんだよ、勝てば。……今度こそ、うちが勝つ」 「………………うん」 急におとなしくなったの頭を、ぽん、と引き寄せれば、俺の肩に微かにかかる重み。 普段なら、即座に離れるが、少し悩むそぶりを見せた後―――きゅ、と抱きついてきた。 …………不意打ちだ。なんだ、コイツ……可愛すぎるじゃねーか……っ! 「……ねぇ、景吾」 俺に抱きつき、肩に顔をうずめたままのが、小さく呟く。 「……あん?」 「…………全国、出られるんだよね」 注意して聞かないと、わからないくらいの微妙な変化だが―――かすかに震えた声が、細かい吐息と共に聞こえた。 俺は、そっとの頭に手をやる。 さらさらと指通りのいい髪の毛を撫でながら、ゆっくりと体をずらす。俺の肩から頭が離れてもうつむいたままのの頭を、すっぽりと抱えるようにして抱きしめた。 ふわり、とまたシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。 「……あぁ。全国、行けるぞ」 「…………夢じゃ、ないんだよね」 「夢じゃねぇよ」 「だよね。夢じゃないんだよね……。…………よかっ―――」 とうとう、言葉が途切れる。 と同時に、俺の服をやわらかく掴んでいた手の力が、ほんの少し強まった。 俺は、それよりもさらに強い力で、を抱きしめる。 「………………勝つからな」 「……うん……」 「残り1週間、死ぬ気でやるぞ」 「…………うん……っ!」 身をかがめて、うつむいているの顔を下から覗き込むようにして、軽いキスをする。 ゆっくりと離れると、ようやく、が顔を上げて。 涙混じりの、笑顔を見せた。 |