対青学戦での敗北。そして、推薦枠での氷帝全国大会出場。

果たして、その通りになるのか。

それとも、違った未来を歩むのか。

どこまで原作どおりに進むのか。

もしも対青学戦で敗北後―――推薦枠での出場がなくなったら。

すべてがあやふやで信じられない。








たまたまやったんや。

たまたま俺のテストが早う終わって、部活までの時間を屋上で過ごそうと思たこと。
たまたま先にテストが終わってたちゃんも、屋上にいたこと。
たまたま跡部が、生徒会長として校長に呼ばれて、その場にいなかったこと。

そう、全てが偶然やったんや。


テスト最終日。選択者だけ取っている科目のテストを終えた俺は、大きく伸びをして、体をほぐした。
テスト用紙を回収し終えたら、後は自由解散。
選択科目を取っていない生徒は、一足先に解放感を味わっとる。ようやく、俺らも仲間入り、っちゅーわけや。

テスト最終日やけど、関東大会も近いし、今日から部活がある。
テニスバッグを肩に引っ掛け、いつものように部室に行こうとした。

せやけど、まだ部活開始時刻に、たっぷり1時間半あるのに気付いて、足を止めた。
……1時間半、ちゃんもおらんところで、岳人やジローの相手せなあかんっちゅーのは、テスト後の体には、ちょおしんどい話や。
ちゃんは、終業式前に行われる、生徒総会の準備で生徒会室に行っとるから、部活に来るのはギリギリになるんやろう。

―――せやったら、俺も屋上かなんかで、開始時間ギリギリまで寝とるかな。一応試験勉強なんちゅーもんもやっとったから、睡眠時間は足りてへんし。

そうや、そうしよ、とスパッと決断し、俺は踵を返して部室へ向かいかけた足を、屋上へ続く階段へと向けなおした。
ガチャ、とドアを開けて、日陰である建物の裏側へ行こうとしたら。

先客が、ぼーっと空を見つめてるのを、発見した。

「…………はぁ」

小さくため息を吐いては、慌てて吸っている。
なんとはなしに声が掛けづらい。

「…………はぁ」

あ、またや。

どうやって声を掛けようか悩んどったら、またため息を吐いた。
そしてまた、慌てたように吸っている。

………………あぁ、もう最初の一言なんか、どーでもえぇわ。

ちゃん」

俺の声に、ハッと振り返る先客、ちゃん。
なんや気の利いた一言でも言えたらよかったんやけど、生憎そんな言葉は浮かんでけぇへんかった。

「あ、侑士ー」

いつものように笑顔を向けてくれるんやけど、やっぱりどことなく元気がない……気がする。

「どないしたん?さっきからため息ばっかついとるやろ?」

「うっ……み、見てたの?いつから?」

「ついさっき。でもその間に、2回もため息ついとった。そんで、吸っとった」

「…………いや、あはは……ため息ってついたら幸せ逃げちゃうっていうから、慌てて吸ってみたんだけど……恥ずー……そこまで見られてたのか……早く声かけてくれればよかったのに」

「ちょおおもろいから見とった。……1人か?いつものあの邪魔なヤツはおらんな?」

「邪魔なヤツって……もしかして、景吾のこと?」

「そや。世界は俺様の為に作られたと信じて疑っとらん俺様のことや」

「…………あー……なんだか、微妙に思ってそうでちょっと否定できない」

クスクス、とちゃんが笑おてくれた。
少しだけ戻った、ちゃんのいつもの笑顔に、ドキリ、と心臓が高鳴る。

「景吾、校長先生に呼ばれて、ついさっき校長室に行ったよ。私は行かなくてもいいみたいだし、生徒会のお仕事も一段落したから、お留守番」

ラッキ。
校長との話っちゅーことは、しばらくかかるってことや。あのオッサン、顔は地味なくせして、話は妙に長引かせるからな。
つまり、それまでは俺とちゃんは2人きり。
…………ホンマ、屋上来てよかった……!(心の中でガッツポーズ)

と、神さんに感謝しとる場合やない。
まだ、さっきの質問に答えてもろてないやん。

「……で?どないしたん?」

「え?」

「ため息の理由。悩みあんなら、俺、聞くで?」

さりげなく近づいて、ちゃんの隣にドサッと腰を下ろす。
教室ではいつも、隣の席やけど……さらに今日は距離が近い。

「えーと……んー……」

「……無理して聞ことは思わんけど。話してラクになることもあるで?」

「んー…………」

しばらくちゃんは迷ってたみたいやったけど、決意したのか、きゅっと少し唇を噛んだ。
風がちゃんの髪の毛を、少し揺らす。

「んー……ちょっとたとえが難しいなー……」

決意はしたものの、言葉が出てけぇへんみたいや。俯いて考え込んでしもた。
それでもじっと待っとったら、ちゃんがぱっと顔を上げた。

「あぁ、そうだ。……たとえばさ、この世界は神様の手で物語が作られてるとするの」

「うん?」

「この世界にいる人は、全部神様の作った物語の登場人物で―――神様がすでに、登場人物達の未来まで……そう、例えば侑士の物語を、関東大会を終えて、全国大会を終えて、中学卒業して、高校に行って―――そんな先まで、作ってるとする」

「……ちゃん?」

「例えばの話だよ。…………もし、そう作られてるとしたら、侑士は、その神様が作り出した『物語』を変えられる、と思う?」

ちゃんの言ってることは、あまりにも非現実的で、想像しづらいことやった。
せやけど、ちゃんの目がめちゃくちゃ真剣やったから……俺も、真剣に考えた。
何度も何度も頭の中で質問の意味を咀嚼して―――答えを導き出す。

「変えられるんとちゃう?」

そう言うと、ちゃんはホンの少し、驚いたように目を見開いた。

「…………私、侑士はそーゆーの否定派かと思ってた。……っていうか、こんな話、真面目に答えてくれてありがと」

ちゃん、真剣やし。……ま、結構流されるままに生きとるからな、俺は。……でも……んー……前の俺やったら、変えられへん、とは思てたかもしれんけど」

ポリ、と1つ頭を掻いた。
……俺らしゅうないな。

「……神さんやって、ミスくらいするし……気まぐれで、物語変えたりするかもしれん。そやな……たとえば、俺らの世界に、ちゃんがやってきたみたいに。この世界の人間が登場人物なら、異世界からのちゃんは、神さんの範疇外やろ?俺らの世界での物語は、異世界から来たちゃんによって、少なからず影響があると思うんや。……少なくとも俺は、ちゃん、ちゅー存在で、変わったコトが大分ある。せやから、俺の物語やって、変わってると思うんや」

きょとん、とした顔のちゃん。
…………こないにこの俺が、1人の女の子に執着するなんてこと、神さんでさえ予測せぇへんかったとちゃうかな。
異世界から来た女の子。
この子が関わったことで、この世界の物語は少なからず、変わっている気ィする。……ただの勘やけど。

「せやから、変えられると思うで?というか、大体気にいらへんねん、誰かに決められた物語やなんて。俺の人生は俺のもんや。誰かに決められてんなら、基本的人権侵害で訴えて勝つわ。ほんでガッポリ金貰って、新たな人生を歩む」

「…………侑士ってば、もう……」

またクスクス笑い出したちゃん。
その笑顔が、なにやら吹っ切れたものやったから、俺も安心して笑った。

「……考えすぎやねん。もーちょい気楽に行き。決められた未来だろうと、たどり着いてみんとわからんて」

「…………そーだね。たどり着いてみないと、わかんないよね」

「そや。……ま、1番いい未来にたどり着けるように、頑張ればえぇんとちゃう?頑張れば、少しは神さんだって考慮してくれるやろ」

「………………(そうか、そうやって頑張ったから、あぁいう風に推薦枠という形ででも出場できるようになったのかもしれない。もしかしたら関東も……)……そだね!頑張ってみなきゃ、だね!……ありがと、侑士!」

ニッコリ笑ったちゃんが、可愛いすぎる。
ドキン、と心臓が跳ねて、自然と右手がちゃんに伸びて―――

「うぁ〜……なんだかスッキリしたら、眠くなってきちゃった……」

…………止まった(泣)

ちゃんの無邪気な笑みに、邪な思いでいっぱいの右手は、止まらざるをえなかったんや。

ちゃんが、ぱか、と携帯を開けて時間を確認する。

「…………まだ1時間あるね……んー、ちょっと寝ようかなー。テスト勉強で、睡眠不足なんだよねー……」

建物の壁に身を預け、ちゃんがぱしぱし、と2、3度瞬きをする。
…………この子は、ホンマ、無防備っちゅーかなんちゅーか……。

ちゃんにばれんように、小さく息を吐きだし―――ぽん、とその頭の上に手を乗せた。
さらさらの髪の毛が、俺の手に絡まる。

「ほなら、寝とき。時間あるし。俺も勉強しとったから、眠いし、寝ることにするわ」

「んー。……じゃ、そゆことで」

「おー」

ちゃんが、ニコ、と笑って、目を瞑る。
しばらくそれを見つめ―――本格的に力が抜け、深い寝息になったのを見届けて。

「…………コレくらいは、えーやろ」

風で露になった額の上に。

…………ちゅ。

軽く、口付けを。

「……お礼っちゅーことで」

それは、相談を聞いた自身への『ちゃん』からのお礼か。
それとも、いつも元気なちゃんへの『俺の』お礼か。

そんなんは、どーでもよかった。

「……ほな、オヤスミ」







その後、用事を終えた跡部に起こされた俺は、跡部にぎょーさん文句言われたけど。

今日だけは、勘弁したるわ。