「……うー、眠い……景吾のせいだー……」

5時間目が終わった後、私は前の席の景吾に小さな声で愚痴を言った。
景吾がくるり、と振り返って、同じく小さな声で言い返してくる。

「バカヤロウ、お前があんな顔見せるから、1回多くなったんじゃねぇか」

「なっ……なななな…………はぁ、ダメだ、怒る気力も起きないほど、眠い」

「…………確かに、眠いな……そういや、6時間目の情報、自習だってよ。先生が出張らしい」

「えっ、ホント!?……じゃ、お昼寝タイムにしよーっと……あふ……」

さっそく机に顔をくっつけたところで、景吾がくしゃりと頭を撫でてくる。

「それなら、教室じゃなくて屋上でも行くか?……どーせ、自習だ。いなくなったって誰も文句は言わねぇだろ」

「…………賛成っ」

こうして、私たちは2人、屋上でお昼寝タイムに突入することにした。
休み時間中に屋上へ移動して、ちょうど日陰の壁に寄りかかって座り込む。
風が通って適度に涼しい、いい感じの場所。
すぐに眠気がまた襲ってきた。

「……景吾、おやすみ……」

「……あぁ……」

眠そうな景吾の声が、聞こえて。
少しだけ、私の頭が引き寄せられて、景吾の頭とぶつかった気がした。





「………………いないと思ったら、こんなとこにおったんか」

休み時間、ちょお席を外しとったら、いつの間にかちゃんと跡部のヤツが消えとった。
その後、6時間目が自習やっちゅーことを知って、2人がどこかにサボりに行ったんやな、と言う結論に達した。……以前のこともあるし、学校といえど、あの狼はいつどこでちゃんに何をしとるかわからん。ちゃんを探しに、俺は教室を抜け出して、校舎内を歩き回っとった。
2人が行きそうな、保健室、特別教室、生徒会室も覗いたが、姿は見えへん。……となると、最後は屋上やな、と目星をつけて来たら、これがビンゴ。ちゃんと跡部は、屋上入り口から少し離れた日陰のところで、お互いの頭を預けあうようにして、2人寝こけとった。

「…………跡部め……」

小さく呟いて、俺もちゃんの隣に腰を下ろす。
跡部の頭はもうどうでもえーから、とりあえず、ちゃんの頭を俺の方に引き寄せた。
コツン、とちゃんの頭と、俺の頭がぶつかり合う。

そっと視線を下ろせば、ちゃんの閉じられた目。綺麗な睫毛が、すっと伸びとった。

…………可愛ぇなぁ。

背が高いのを気にしとるみたいやけど、俺よりも小さいし、そんなん大したことやない。俺にとってちゃんは、そこらにいる女の子と変わらない―――いや、そこらにいる女の子よりも、大事な子や。
今のこの世の中、他人のために、全力で何かをやってやれる、っていう人間は少ないと思う。その稀に見る人間が、ちゃんや。
常に、俺ら部員のことを考えて、全力で俺らに尽くしてくれる。
俺らが望む『頂点』のために、ちゃんは必要なんや。

いっつも四苦八苦して作っている練習メニュー。監督や跡部と話し合ったり、インターネットで他の強豪校やプロの練習メニューを参考にして、作り上げているらしい。その1つ1つが、個人の能力を上げる最適の練習や。

気候が変化してきて、暑うなってきたこの頃では、水の消費量も多い。何度も何度も、コートと水場を、どでかいタンクを持って走っているのも見かける。あれ、総重量10キロ超えとるらしい……ホンマ、キッツイ仕事なハズ。それでも、ちゃんの笑顔は変わらへん。

200人の部員を、跡部のカリスマ性以外でまとめることが出来るのは、ちゃんの、この『全力で俺らを支えてくれる』という力だけやないかな。

すー、と小さな寝息が近くで聞こえる。

「…………ホンマ、俺らは恵まれてるんやなぁ……」

サラサラの髪の毛を、少しだけ梳いて、俺も目を閉じる。ちゃんの寝顔見とったら、だんだん俺まで眠うなってきた。
眼鏡は……外さなくてもえーか。

うとうと、と眠りの世界を彷徨っとったら、不意にちゃんの頭の感触がのうなって、俺は目を開けた。

跡部が目を開けて、ちゃんの肩を抱いてこちらを睨んでいた。

「……なんやねん、跡部、起きたんか」

「……んでテメェがここにいるんだよ。しかも、と頭並べて寝やがって……」

「自分ら2人がいないから、探しに来てやったんやないか」

「誰も頼んでねぇよ、んなこと」

ポンポン言い合っとる俺らやけど、実際はかなりの小声。
ヒソヒソと、ちゃんが起きないように注意を払って言い合うとる。

「俺が探さんと、自分がちゃんに何するかわかったもんやないから、探しとったんやん」

「別に、俺がと何しようが、テメェにゃ関係ねぇだろうが。……さっさとどっかに行けよ。俺たちは、昨夜のことで疲れてるんだ」

「………………跡部、自分いっぺん、閻魔さんに舌引っこ抜いてもらった方が、えぇんちゃう?」

「テメェこそ、馬に蹴られて、いっぺん死んで来い」

ギロ、と睨み合うとると、ん、と小さく息を吐いて、ちゃんが目を開けた。
ゆっくりと目が開いて、ぼーっとあたりを見回すちゃん。
……ホンマ、跡部が羨ましい……!こんな可愛ぇところを、いつも見とるなんて……!

「……起こしたか?悪い、邪魔な虫がうるさくてな」

「虫って言うなや。……ごめんな、ちゃん、起こしたって」

「……あ、れ……?……えっ!?な、なんで侑士がココに!?……って、ギャー!け、景吾さん、お、お放しください……!」

「跡部、ちゃんがそう言っとるんやで?放したったらどうや?」

「ふざけんな。……テメェがいるから、が照れるんだよ。さっさとどっかに消えろ。俺様たちを寝かせろ」

「いやや。俺かて、ちゃんと一緒にお昼寝したいわ」

あふ、と俺の口から欠伸が漏れる。
……ここ、ちょうどいい場所やんなー……眠気が誘ってくるわ。

ちゃんの肩に、カツン、と頭を預ける。

「えっ、ゆ、侑士……!?」

「眠いねん……もうちょっと、寝かせてぇな……これくらい、許せや跡部。独占欲強い男は、嫌われるで」

「お前は……ッ」

「ケチケチすんなや。……ちゃん、俺、疲れてんねん……ほんの少しでえぇねん、肩貸してくれへん……?」

小さく呟けば、ちゃんが顔を真っ赤にさせる。
……どうも、ちゃんは耳元で囁かれるのに弱いみたいやな。……以前跡部も言うてた気がするけど、これは、おもろい。

「……えぇか?」

さらに耳元に近づけば、慌ててちゃんがガクガクと首を振った。

「あー、ちゃん、ホンマ、えぇ子やな……」

「…………バカ。……ったく……仕方ねぇな、今回だけだぞ」

跡部がそう呟いて、俺と逆の肩に、同じように頭を預けた。

「え、えぇっと…………お、お2人とも……?」

「おやすみな、ちゃん」「……お前も、寝ろ」

俺たちの声が被った。
チラッ、と跡部と目線を交わして睨みあった後、目を閉じる。

「…………こ、この状態でなんて、寝れないよ……っ……」

ちゃんが小さく呟いた声を子守唄に、俺は眠りに落ちていった。

その後、結局3人でずっと寝こけて、HRまでサボってしまったのは……ちょっと、予想外やったな。……ちゃんの肩、寝心地よすぎたからなぁ。